コーエン兄弟と僕
コーエン兄弟の作品はとても好きで、ほぼ全て観ている。高校生の時、出席日数を計算してギリギリの回数しか登校しないけどテストの点数はいい、という漫画みたいな友達がいた。当時の自分は全然映画に興味がなかったが、その友人はなぜか『TAXi』(1997年)や『ミニミニ大作戦』(2003年)などのDVDを貸してくれて、観た記憶がある。
大学生の時にレンタルビデオ屋のオススメを見ていたら、そんな彼が以前熱っぽく「最高の映画」と評していた『バーバー』(2001年)があり、なんとなく借りてみたところ面白く、コーエン兄弟の他の作品も観た。そこから監督ごとに意識して作品を観る習慣がついたように思う。
作品毎にテーマは違っても同じ俳優が出ていること、そして撮影監督や劇中音楽の作曲者などは同じ人物を起用するなど継続したチームで映画製作をしていることに気づき、バンド的でいいなあと思った。
自分は当時、日本の時代劇もそうだが西部劇の面白さがまだ分からず、できればそれ以外のテーマが良いと思っていた。コーエン兄弟は『トゥルー・グリット』(2010年)、その少し後にクエンティン・タランティーノも『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)が西部劇だったので、なぜ好きな監督が二人して西部劇を撮るんだ、と少しガッカリした記憶がある。面白かったけど。
そのガッカリ感を掘り下げて考えてみると、自分は映画に対して“初めて観る物語”を期待していることに気づいた。なので今までリメイクもあまり興味がなかった。イーサン・コーエンが映画製作から離れたいとインタビューで答えていたことは知っていたが、友人から「兄ジョエルが単独でマクベスを監督した」と聞いたときも、正直なところ「古典か……」とあまりワクワクしなかった。
その一方で、鑑賞を試みるも何度も寝てしまう『七人の侍』(1954年)を友達に頼んで一緒に観てもらう会を催して以降、時代劇的なものも楽しめている自分がいたので、好きな監督だし観るか! とApple TV+で『マクベス』のプレイボタンをクリックしたのだった。
まるでコピペできるゲームのようなオブジェクト化された背景
『マクベス』は第94回アカデミー賞で3部門(主演男優賞、撮影賞、美術賞)にノミネートされている。マクベス役はデンゼル・ワシントンで、婦人役はフランシス・マクドーマンド。まずデンゼル・ワシントンがコーエン作品初出演、かつ主役ということが、ジョエルの初単独監督作品を新鮮に感じさせた。
古典なので簡単なあらすじを書いてしまうと、「お前は王になる」という魔女の予言を聞いたマクベスが実際に現王を暗殺してその座につくのだが、権力の重圧と執着によって周囲との軋轢が生じ、また本人も錯乱していくという話。11世紀のスコットランドを舞台に、ウィリアム・シェイクスピアが17世紀に書いた悲劇だ。
本作は全編モノクロで撮られていて、予告映像の時点では昔風にしているのかなと思っていたが、始まってみると全く違っていることに気づいた。まず、とてもクリアでシャープな映像であり、全くノスタルジックではなかったこと。そして、美術も当時の再現ではなく抽象化した装置の様相で、たとえば城ですらも役割を最低限表現したオブジェクトのようになっていて、まるでコピー・ペーストできるゲームの背景みたいだったことに驚いた。
お話の解説はほぼなく、緊張感を持続させながらスピード感のある展開で、コーエン作品らしいなと思いつつ、ユーモアを交えることなく進んでいくところは、ハードボイルドなサスペンスとして物語が楽しめるようになっている。
古典なのに未来を描いたSFを観ているかのよう
撮影自体は30日程度で終わったそうだが、演技のリハーサルは1年かけて断続的に行われたらしく、確かに完成された無駄のない演技が淡々と撮影されているような雰囲気があり、人間味がなく、ストーリーに集中できる一助になっていた。最小限の装飾で物語の面白さを伝える、という企図があるかのように感じられ、またセットの雰囲気も相まって、いつの時代の話なのか分からなくなり、未来を描いたSFを見ているような気にさえなった。
もちろん、数十年後には“いかにも2020年代っぽい”なんて言われたりするのかもしれないが、このリメイクの仕方が教科書的に標準化されればと思ってしまうほどで、他の4大悲劇も同じように映画化してほしくなった。
本作を素直に楽しめたのは、もともと監督の作品が好きだった部分が大きい気はしつつも、だんだん自分も趣味の幅が広がっているのかなと嬉しくなった。なので、西部劇というだけで敬遠していたコーエン兄弟の前作『バスターのバラード』(2018年)も観てみようと思う。
文:川辺素(ミツメ)
『マクベス』はApple TV+で配信中
『マクベス』
デンゼル・ワシントンとフランシス・マクドーマンドを主演に迎え、ジョエル・コーエン監督がシェイクスピアの戯曲を鮮烈かつ大胆に映画化。殺人、狂気、野心、そして怒りに満ちた計略を描く物語。
制作年: | 2021 |
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脚本: | |
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