父に捧げる念願の企画
映画の歴史を振り返ったとき「名作」と呼ばれるものは数えきれないほど存在する。しかし、その中でも「名作中の名作」「歴史的名作」は限られており、1961年の『ウエスト・サイド物語』は間違いなく、その一本に挙げられるだろう。
1957年、ブロードウェイで上演が始まった同作は、ミュージカルとしてあらゆる点が画期的だった。クラシック畑のレナード・バーンスタインが作曲で、振付はニューヨーク・シティ・バレエなどで活躍したジェローム・ロビンス。何より、「現実を忘れ、夢の世界へ連れて行ってくれる」という当時のミュージカルの常識を覆し、人種差別と、それを乗り越えようとした愛の悲劇という、超シリアスな設定だったことが、ショービジネス界を驚かせた。このブロードウェイ版は、興行・批評的にも“そこそこ”の成功だったが、4年後の映画版がアカデミー賞で11部門ノミネート、10部門受賞という快挙をなしとげる。ミュージカル映画についてのアンケートをとっても、その後の多くの名作を退けて、いまだに『ウエスト・サイド物語』がトップに輝くことが多い。
つまり、ある意味で「完成された作品」。そこに手を加えるなんて、誰が考えるだろう? 多くの映画ファンはそう思うはずだが、スティーヴン・スピルバーグが手がけるとなれば納得するしかない。多くのジャンルで傑作を誕生させたこの巨匠にとっても、ミュージカルは初のチャレンジ(製作総指揮を務めた、2012〜2013年のドラマ『SMASH』はミュージカル要素が強かった)。しかし作品に対する愛は、子供時代にそのサウンドトラックに夢中になって以来、不変だったことをスピルバーグは告白している。つまり念願の企画であったのだ。この新たな『ウエスト・サイド・ストーリー』で、スピルバーグは「FOR DAD(父に捧げる)」と画面に刻印している。
そんな名作への溢れるばかりの愛は、60年後となる本作で「誠実」かつ「堂々たる」仕上がりに結実した。時代背景、登場人物の関係性、そして楽曲など、基本はオリジナルを崩さずに、ストーリーの流れを整えるうえで細部をよりわかりやすく調整(曲順はオリジナル舞台版、1961年版とはさらに異なる)。そこにスピルバーグが長年の映画監督としてのキャリアを注ぎ込み、“魅せる”演出を繰り出してきた印象だ。
スピルバーグの映像マジックが冴える圧倒的ダンスシーン
1961年版の映画と同じように、上空からマンハッタンをとらえた映像が、今回着地するのは、リンカーン・センターの建設が進む再開発地区だ。芸術の殿堂であるリンカーン・センターは、レナード・バーンスタインとも縁が深い。大規模工事によって、やや無法地帯と化したその場所で、ポーランド系の若者たち「ジェッツ」と、プエルトリコから来た「シャークス」の小競り合いが展開するのだが、1961年版と同じように、この抗争ドラマがミュージカルとしてすんなり入り込めるかどうか、“踊り出し”がキーポイントになる。
スピルバーグは、あえて1961年版とほぼ同じタイミングにした。今回振付を担当するのは、ジェローム・ロビンスと同じくニューヨーク・シティ・バレエでキャリアを積んだジャスティン・ペックで、その踊り出しも含め、ロビンスの振付にわずかなオマージュを捧げつつ、他のナンバーでも、より現代的でダイナミックな動きを創作する。変に新しさを追求していないので、クラシカルな味わいも残し、作品に見事にフィットしているのだ。
その振付もあって、『ウエスト・サイド・ストーリー』は、とにかくダンスシーンが圧倒的である。じつはこの作品、ダンスが多いミュージカルではなく、ポイントとなるシーンで一気に盛り上げるタイプで、今回も「ダンス・アット・ザ・ジム」「クール」といったナンバーが観る者のテンションを上げつつ、やはり最高の見せ場は「アメリカ」だ。1961年版ではビルの屋上で展開されたが、今回はストリートに繰り出して、大スケールのダンスシーンとなっている。前述の2曲も含め、ダンスの熱量だけでなく、カメラワークが効果的で、観ているこちらは陶酔感を味わいながら、アドレナリンが上がってしまう。このあたりもスピルバーグの映像マジックがはたらいていると断言したい。
新キャストのフレッシュな魅力、1961年版キャストの真の実力
キャストに関しては、近年のミュージカル映画の流れをくんで「実力重視」が功を奏している。1961年版を愛する人にとって、最初に最も違和感を与えるのは、シャークス、ジェッツ、それぞれのリーダーであるベルナルドとリフだろう。明らかにイメージが変わっているのだが、歌とダンスの実力によって、新たなベルナルド、新たなリフへと定着していくプロセスに、観ているこちらも喜びを感じる。今回、ベルナルドをボクサーの設定にしたことも、ドラマに説得力を与えるうえ、演じたデヴィッド・アルヴァレスが適役だったことを納得させる。
そしてキャストといえば、リタ・モレノである。60年前の作品を語り継ぐ役割として、数あるナンバーの中で作品のテーマを最も強く訴える「サムウェア」を任されているからだ。この「サムウェア」はオリジナルの舞台版、1961年の映画版など、それぞれでまったく異なる演出がとられるナンバーでもある。今回は、リタ・モレノ演じるバレンティーナがプエルトリコ系移民でありながら、白人男性と結ばれたという新たな設定がとられ、作品のテーマである人種を超えた愛を体現している。彼女の存在が、主人公のマリアとトニーの未来に希望を感じさせるのだ。
1961年版でアニータを演じ、アカデミー賞助演女優賞を受賞したリタ・モレノだが、当時は歌の多くの部分を吹き替えられたりした。今回はもちろん自分の声で歌い、さらにかつて自分が演じたアニータと、バレンティーナが絡むシーンも用意され、ここは『ウエスト・サイド物語』を好きな人にとって感慨深いだろう。
その他にもスペイン語のセリフの多用(アメリカの公開では、あえて英語の字幕は出さない)、マリアとトニーが出会うシーンの的確なシチュエーション、決闘シーンの生々しいアクションなど、多くの変更が効果的にはたらいたと感じる、スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』。オリジナルの作詞を手がけたミュージカル界の巨匠、スティーヴン・ソンドハイムは惜しくも本作の全米公開直前にこの世を去ったわけだが、『ウエスト・サイド物語』のスピリットは多くのミュージカルに受け継がれている。
そのひとつが『RENT/レント』(2005年)であり、『レント』を作り出したジョナサン・ラーソンを主人公にした『tick, tick…BOOM!:チック、チック…ブーン!』が2021年に完成し、そこにスティーヴン・ソンドハイムが登場……と、ミュージカルの歴史の流れを感じ取ることができるのも、『ウエスト・サイド・ストーリー』を観る幸せなのである。
文:斉藤博昭
『ウエスト・サイド・ストーリー』は2022年2月11日(祝・金)より全国公開
『ウエスト・サイド・ストーリー』
夢や成功を求め、多くの移民たちが暮らすニューヨークのウエスト・サイド。 だが、貧困や差別に不満を募らせた若者たちは同胞の仲間と結束し、各チームの対立は激化していった。 ある日、プエルトリコ系移民で構成された“シャークス”のリーダーを兄に持つマリアは、対立するヨーロッパ系移民“ジェッツ”の元リーダーのトニーと出会い、一瞬で惹かれあう。この禁断の愛が、多くの人々の運命を変えていくことも知らずに…。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
脚本: | |
出演: |
2022年2月11日(祝・金)より全国公開