傘寿超えハーヴェイ・カイテル主演最新作
『ミーン・ストリート』(1973年)、『タクシードライバー』(1976年)などマーティン・スコセッシ監督作で頭角を現し、キャリアの浮き沈みを経験しながらも、50年以上にわたって映画界で活躍を続けている名優ハーヴェイ・カイテル。1990年代からは新人監督の作品や低予算映画に積極的に出演し(『季節の中で』[1999年]や『灰の記憶』[2001年]では製作総指揮も兼任)、クエンティン・タランティーノをはじめとするインディペンデント系映画監督たちのサポートに尽力したことでも知られている。
Bad Lieutenant opened in theaters on this day in 1992. pic.twitter.com/w2eLlIlONJ
— New Beverly Cinema (@newbeverly) November 20, 2020
『レザボア・ドッグス』(1992年)、『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』(1992年)、『ピアノ・レッスン』(1993年)、『スモーク』(1995年)など90年代のカイテル出演作は良作が目白押しであり、当時の筆者も『プレイデッド』(1993年)や『真夏の出来事』(1996年)、『バッドデイズ』(1997年)、『ルル・オン・ザ・ブリッジ』(1998年)など彼の主演した作品を片っ端から観まくったものである。
近年もパオロ・ソレンティーノやウェス・アンダーソンら気鋭監督たちの作品で存在感を示すカイテルの主演最新作が、2022年2月4日公開の『ギャング・オブ・アメリカ』だ。『バグジー』(1991年)のミッキー・コーエン、『アイリッシュマン』(2019年)のアンジェロ・ブルーノなど実在した大物ギャングを演じてきた彼が、今回は伝説的ギャングスターのマイヤー・ランスキー役に挑むと聞いただけで、長年のファンならば思わず期待が高まってしまうのではないだろうか。
カイテルの味わい深い演技に心を打たれる119分
1981年のマイアミが舞台の本作は、作家のデヴィッド・ストーン(サム・ワーシントン)がランスキーの伝記を書くことになり、年老いた本人にインタビューを行うという形で、彼の半世紀以上におよぶ暴力と栄華と苦悩の記録が綴られていく。
回想パートでは『オーヴァーロード』(2018年)のティベット上等兵役で知られるジョン・マガロが“若き日のランスキー”を演じているものの、やはり自身の血塗られた人生をストーンに語る現在の老ランスキー=カイテルの味のある話術に思わず聞き入ってしまう。
『パルプ・フィクション』(1994年)のザ・ウルフのように皮肉を交えて物騒な話をしたかと思えば、自分と同じ「良き父になろうとして問題に直面した男」であるストーンに、『テルマ&ルイーズ』(1991年)の人情派刑事の如く一定の理解を示したりもする。
殺し屋集団<マーダー・インク>の結成やナチスの集会への殴り込み、祖国イスラエルとの密かな協力関係など「にわかには信じがたい話」をストーンに語る姿は、スランプ気味の作家に不思議なクリスマス・ストーリーを語って聞かせた『スモーク』のタバコ屋店主オーギー・レンのようでもある。物語終盤では迫真の“泣きの演技”も披露しており、御年82歳となったカイテルの名演に心を打たれる作品である。
伝説的ギャングの凄絶な人生、作家との心理戦、3億ドルとも言われるランスキーの巨額資産を追うFBIの介入など、男臭いドラマが繰り広げられる本作。若き日のランスキー夫人を『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)のアナソフィア・ロブが演じているので、彼女の登場シーンも要チェックだ。
「さまようユダヤ人」ランスキーのアイデンティティーを投影した音楽
『ギャング・オブ・アメリカ』のスコア作曲を手掛けたのは、『アイス・ロード』(2021年)の音楽が好評だったマックス・アルジ。彼は本作のエタン・ロッカウェイ監督のデビュー作『The Abandoned』(原題:2015年)の音楽も担当しており、今回も早い段階から「一緒に仕事をしたい」とロッカウェイから連絡があったという。
「1980年代の雰囲気を持った音楽」をリクエストされたアルジは、オーケストラとシンセサイザーをブレンドしたスコアを作曲。シンセの音がどことなくヴァンゲリスの当時の作品を彷彿とさせるのは、ロッカウェイの意図を汲んだ結果によるものと考えられる。
サウンドトラックアルバム1曲目で聴かれる「ランスキーのテーマ」は、ダークでありながら英雄的かつエモーショナルなトーンも持ち合わせており、ギャング、愛国者、やり手のビジネスマン、そして夫であり父親でもあるランスキーの多面性を的確に表現している。ランスキーが船着き場で息子と語らうシーンでは、テーマ曲がより親密なアレンジで演奏され、犯罪に手を染めつつも「良き父」であろうとした彼の複雑な内面が伝わってくる。
また、アルジは一部の楽曲でヤニフ・ジョシュア・ホフマンとアヴィ・スノー(シティ・オブ・ザ・サンのギタリスト)の歌唱/演奏をフィーチャーし、「さまようユダヤ人」というランスキーのアイデンティティーを音楽にも投影している。白と黒の境界が曖昧な、独自の倫理規範を持つランスキーのキャラクターを反映させた、繊細さと不吉さを併せ持つ音楽と言えるだろう。映画をご覧になる際は、是非「ランスキーのテーマ」のメロディにも耳を傾けて頂きたいと思う。
文:森本康治
『ギャング・オブ・アメリカ』は2022年2月4日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
『ギャング・オブ・アメリカ』
1981年、マイアミ。作家のデヴィッド・ストーンは、伝説的マフィアであるマイヤー・ランスキーの伝記を書くことになる。出された条件は、『俺が生きているうちは、誰にも読ませるな』。そして、インタビューがはじまり、ランスキーは自らの人生を赤裸々に語りはじめる。それは、半世紀以上におよぶ、ギャングたちの壮絶な抗争の記録だった。
貧しい幼少時代、ラッキー・ルチアーノとの出会い、そして殺し屋集団《マーダー・インク》を組織し、ついにはアル・カポネやフランク・コステロと肩を並べる存在まで上り詰め、巨万の富を築いたランスキー。
インタビューが終わりに近づいた頃、ストーンはFBIが3億ドルともいわれるランスキーの巨額資産を捜査していることに気付く。捜査協力を強いられたストーンは、ある“決断”を下すことになる……。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
脚本: | |
出演: |
2022年2月4日(金)より新宿バルト9ほか全国公開