ミュージシャンから俳優へ
人気ミュージシャンが、俳優としても大成功を収める。これはどこの国でもよくあるパターン。観客の前でパフォーマンスするという意味で、音楽も演技も、共通する部分が多いからだろう。しかし生半可な気持ちで挑んだら、観ているこちらにもすぐわかってしまう。やはり演技に対する真剣さが必要で、そこに持って生まれた才能が加味されれば、俳優としても認められることになる。
このパターンには多くの成功例があり、ウィル・スミス、マーク・ウォールバーグ、ジャスティン・ティンバーレイクらが代表格。最近では「ワン・ダイレクション」のハリー・スタイルズ、アカデミー賞受賞者ならシェールもミュージシャン出身だ。そもそも劇中で人物が歌うミュージカル作品には人気ミュージシャンが抜擢されることも多く、ダイアナ・ロス、マイケル・ジャクソンらが出演した『ウィズ』(1978年)という作品もあった。
しかし現在、このミュージシャンから俳優への進出で輝くばかりの才能を発揮しているといえば、この人、レディー・ガガをおいて他にいない。もともと幼少期から俳優への夢を抱いていた彼女は、世界的ミュージシャンとして絶頂期を迎えた後、映画『マチェーテ・キルズ』(2013年)などに出演し、2015~2016年の『アメリカン・ホラー・ストーリー:ホテル』(シーズン5)では、第73回ゴールデングローブ賞(ミニシリーズ・TV映画部門女優賞)を受賞。ただ、そのあたりまでは、俳優はあくまで副業というイメージだった。しかし2018年の『アリー/スター誕生』が彼女の運命を大きく変える。
1937年の『スタア誕生』の3度目のリメイクだけあって、名作になることは予想されていた。2度目のリメイク『スター誕生』(1976年)は、同じくミュージシャンとしても大スターのバーブラ・ストライサンドが主演を務めた。プレッシャーは計り知れなかったが、レディー・ガガは主人公アリーの歌への情熱、人気シンガーとしての成長、愛する相手との関係などで観る者の共感を誘う名演技を披露。見事にアカデミー賞で主演女優賞にノミネートされる。
とはいえ、このアリーは歌唱パフォーマンスも重要となる役で、レディー・ガガがミュージシャンだからこそ可能になった部分も大きかった。では全編、歌に関係のない演技のみで主役を任されたら、どんな結果になるのか。その高いハードルに立ち向かったのが『ハウス・オブ・グッチ』である。
実在の人物と“一体化”してみせたガガの演技アプローチ
世界的人気のファッションブランド、GUCCI。創業者の孫であるマウリツィオ・グッチが、妻パトリツィアの指示によって殺害されるという衝撃的な事件が起こったのは、1995年のことだった。この『ハウス・オブ・グッチ』は、パトリツィアとマウリツィオの出会いから事件に至るまでを、巨匠リドリー・スコットがまとめ上げた一作だが、冒頭からラストまで、最も鮮烈なインパクトを放つのが、パトリツィア役のレディー・ガガであることは間違いない。
マウリツィオに出会ったばかりの頃は、明らかに純粋に“恋する女性”の表情だったパトリツィアが、マウリツィオの父からの結婚反対など、意に反する何かが起こると、それに対し徐々に攻撃的本能を見せ始める。そしてGUCCIの経営に参加するようになると、一族の他の人間を追い詰めていく。その矛先はやがて、夫のマウリツィオにも向いてしまう。これほどドラマチックな運命をたどった人物も珍しく、だからこそこうして映画になったわけだが、レディー・ガガの役との一体化はハイレベルである。
パトリツィアの変化に、どのようにアプローチしたのか。レディー・ガガは次のように語っている。
演技で身体的な特徴を出そうと思って、3種類の動物をイメージしました。パトリツィアの若い時代は、家で飼われているネコ。そして映画の第二幕は、キツネ。獲物を狩るときも遊び心があるので、キツネの狩りの映像を観ました。そして終盤はヒョウです。やはり狩りの瞬間が参考になり、魅惑的に相手を惹きつけ、一瞬で飛びかかるその姿をパトリツィアの身体性に生かしたんです。
飼いネコから、キツネ、そしてヒョウへの変貌は、映画を観れば確かに納得できる。リドリー・スコット監督も、役作りは完全に俳優に任せたことを告白しているが、監督は前半のパトリツィアについて「グッチ一族であることと関係なく、マウリツィオを愛するようになった」と解釈。しかし2人が初めて出会うパーティのシーンで、相手から「マウリツィオ・グッチ」と名乗られたパトリツィアは、明らかに「グッチ」の響きに反応する。こうして監督の解釈を超えて、レディー・ガガの演技があちこちで絶妙な効果をみせているのだ。
グッチの“時代”を体現するガガの圧倒的存在感
出会いから夫の殺害事件まで、20年以上を演じるうえで欠かせなかったのが、外見の変化。冒頭での登場から、シーンごとに衣装、さらに髪型までも変えながらパトリツィアの半生を演じたことで、本作はレディー・ガガのファッションショーとしても楽しめる。着こなしはもちろん、それぞれの衣装に合わせた動きが完璧で、このあたりもテクニックとしての名演技。そこはガガも次のように認める。
私のトレーラー(控室)は、科学の実験室のようでした。年代順にルックスのイメージ写真が並んでいて、シーンに合わせてその姿に変身していったんです。ウイッグだけで15種類もあり、しかもその時代の髪染め化粧品を使っている完璧なレプリカでした。朝に40代前半のシーンを撮って、午後から25歳のシーン、というスケジュールもありましたが、最高のヘア&メイク・アーティストと共演者のおかげで、各年代のパトリツィアに瞬時になりきれたんです。
パトリツィアの人生の変化はもちろん、“時代”も体現するレディー・ガガの圧倒的な存在感こそ、『ハウス・オブ・グッチ』の最大の魅力となっている。パトリツィアが最後に放つセリフも、ガガと関係のある映画へのオマージュになっていたりと、細かい発見も多い本作。2度目のアカデミー賞主演女優賞ノミネートが有力視されているのも納得だ。
取材・文:斉藤博昭
『ハウス・オブ・グッチ』は2022年1月14日(金)より全国公開
『ハウス・オブ・グッチ』
貧しい家庭出身だが野心的なパトリツィア・レッジャーニは、イタリアで最も裕福で格式高いグッチ家の後継者の一人であるマウリツィオ・グッチをその知性と美貌で魅了し、やがて結婚する。しかし、次第に彼女は一族の権力争いまで操り、強大なファッションブランドを支配しようとする。順風満帆だったふたりの結婚生活に陰りが見え始めた時、パトリツィアは破滅的な結果を招く危険な道を歩み始める……。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2022年1月14日(金)より全国公開