「ここに戻ってきた人はいないよ」
9歳のテッドは、父親のジョンにこう言った。2人はコロラド州の片隅で絶望的に魅力のないモーテルを経営している。テッドの母親はアルコール依存症の夫に三行半をつきつけ逃げた。ジョンは酒さえ入らなければ良い父親になろうと努力できる。しかし、モーテルの経営は破綻寸前。彼は、お先真っ暗な人生にやる気を失い自暴自棄になっている。幼い息子に客室の掃除などの日常業務を丸投げする体たらくである。
宿泊客のいない客室を虚しく掃除させられるテッド。孤独、貧乏、絶望。そんなテッドの唯一の楽しみは、ハイウェイに転がっている動物の轢死体を探すこと。死体を持ち帰るとジョンからお駄賃を貰える。お金を貯めてバスに乗ってここから逃げ、母親のいるフロリダ州へ行くのがテッドの唯一の希望だ。しかしテッドのしていることは『禁じられた遊び』(1952年)的な、無邪気な死体集めではない。
なんとびっくりテッドはハイウェイに餌を撒き、動物を道路におびき寄せ轢死させていたのだ。これが明かされるのは映画の冒頭。のっけから「テッド……おそろしい子ッ!」となり、彼の寡黙かつ不審極まりない挙動に目が釘付けになる。テッドがペットの可愛いウサギや鶏を抱くだけでも不安でドキドキしてしまう。
ところが映画は中盤にさしかかるまで、テッドを残酷な子供として描かない。あくまで「無垢な子供が生活苦から抜け出そうと孤軍奮闘している」という体で話を紡いでいく。鹿やリスを見かけると、大喜びで動物たちをハイウェイに誘う。宿泊客が来たら、車に細工をして延泊せざるを得なくする。貯金が貯まるように、寂しく暮らさなくて済むように、父を捨て母親のもとに行ける日まで……。
3部作構想だった!? 孤独と邪悪が詰まったラストシーンに戦慄
テッドの純粋さを淡々と描いていた映画は中盤以降、突如我々に牙をむき出しにする。きっかけは怪しい過去を持つ男ウィリアムと、子供連れ一家の来訪だ。
テッドはウィリアムの父性をくすぐることで魅了し、子連れ一家の息子とも仲良くなる。しかし、テッドは人間関係を築く術を知らない。ずっと一人でいたからだ。ゆえに、まるで相手を新品のおもちゃのように扱う。他人と触れ合わせ、心の感度の違いを描くことで、テッドの邪悪さを強調していくのだ。このひねた感覚が映画に独特の雰囲気を与えている。
それでもテッドは、ジョンの酒に漬かった愛だけを頼りに人間性を保ち、ギリギリのところで踏みとどまっていた。しかし、そんな愛などアルコールであえなく底なし沼に沈んでしまう。そしてテッドを止めるものは消えてしまうのだ。孤独と邪悪が詰まったラストシーン。貴方はこれから起こるであろう悪夢に恐怖するに違いない。
本作はアメリカの有名ホラーマガジン「ファンゴリア」で絶賛された。プロデューサーを務めたイライジャ・ウッドも大変気に入っている様子だ。
ヘンリー・リー・ルーカスを描いた『ヘンリー』(1986年)ってあったでしょう? ああいう実録ものを子供でやってみたらどうか、と思ったんだ。連続殺人犯の心理にすごく興味があって……。大体さ、何が大量殺人に追い込んでいくのか、って考えるとワクワクしないかい? 今、これを3部作にしようかなと考えているんだ。
イライジャは本作について2015年のインタビューでこう語っているが、残念ながら7年経った今、続編の情報はない。
イライジャ・ウッド率いるスペクターヴィジョンの魅力
最近、映画の“制作会社買い”が大流行だ。異形の映画を見いだす力に長けたA24、「低予算ホラーならお任せ!」のブラムハウス・プロダクション、ジェームズ・ワン率いるアトミック・モンスター・プロダクションは幽霊映画を作らせたら世界一だろう。大手制作会社の迫力のあるブロックバスター映画も楽しいが、小回りの効く中小規模制作会社が作り出す個性的な映画に観客は飢えているのだ。
この流行の中で、筆者は臍を噛む思いをしている。何故か? それは推しの制作会社がなかなか“来ない”からだ。イライジャ・ウッド率いるスペクターヴィジョン(SpectreVision)のことである。同社は、A24も霞むほど強烈なラインナップを提供してきた。それなのに名前が売れない。筆者は悔しくてならない。「スペクターヴィジョン? 聞いたことない!」という方も、タイトルを挙げれば「ああ!」と思うだろう。
Logo by @CorySchmitz! Animation by @SHYNOLAfilms! Music by @caribouband! https://t.co/VoV3tk8zuo pic.twitter.com/yCh6prtxXN
— SpectreVision (@SpectreVision) May 15, 2021
腐ったチキンを食べた子供がゾンビ化し大暴れする『ゾンビ・スクール』(2014年)。ヴァンパイアが夜な夜なスケボーで徘徊する『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~』(2014年)。ニコラス・ケイジの咆哮映画2連発『マンディ 地獄のロードウォリアー』(2017年)&『カラー・アウト・オブ・スペース -遭遇-』(2019年)、パトリック・シュワルツェネッガーが多重人格者を演じた『ダニエル』(2019年)……一度観たら忘れられない作品ばかりでしょう?
しかも、これらはスペクターヴィジョンが制作した映画の半分ほど。未公開のまま埋もれている傑作がまだ10本近くあるのだ。この『ザ・ボーイ 鹿になった少年』も、その一本。制作が2014年だから7年越しの日本公開! 見逃し厳禁だ!
スペクターヴィジョンの魅力的な作品はまだまだある。ラード塗れの殺人鬼が巨大チンコをブラブラさせながら大暴れする『The Greasy Strangler(脂っこい絞殺魔)』(2016年)とか、観たくないかい? 観たいよね? というわけで、みんなもっとイライジャ・ウッド率いるスペクターヴィジョンを応援しよう!!
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— SpectreVision (@SpectreVision) January 1, 2022
文:氏家譲寿(ナマニク)
『ザ・ボーイ 鹿になった少年』は2022年1月6日(木)よりシネマート新宿(「のむコレ’21」)で公開
『ザ・ボーイ 鹿になった少年』
9歳の少年テッドはアルコール依存症の父親が経営するモーテルで暮らしていた。母親は出ていき、父親はテッドにあまり構わない日々のなかで、ふとしたきっかけから「死」の魅力に次第に取りつかれていく。そして、少年の中の邪悪が芽生え始める……。
制作年: | 2015 |
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監督: | |
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2022年1月6日(木)よりシネマート新宿(「のむコレ'21」)で公開