プラバース“爆発”前夜
2015年7月に『バーフバリ 伝説誕生』が公開された時、南インドの観客を除いたインドおよび全世界の観客は、「こんな素晴らしい主演男優、今までどこにいたんだ!?」と思ったに違いない。当時プラバースは、南インドのテルグ語映画界でこそ“レベル(反逆者)スター”として知られてはいたものの、同世代の大スターであるマヘーシュ・バーブやNTRジュニア、ラーム・チャランらの陰に隠れて、対外的知名度はいまひとつ低かったのだ。
だが『バーフバリ』での大ブレイクを予感させる作品は存在した。それが、『バーフバリ』の2年前に作られた『MIRCHI/ミルチ』(2013年)である。それまでのプラバース出演作15本は、その中に上出来の作品もあったのだが、興行収入はいつも2~3億ルピー(約3~5億円)どまり。それが、『MIRCHI/ミルチ』では8億ルピーという興収を上げ、この年のテルグ語映画興収第3位にランクインする。その理由は、『MIRCHI/ミルチ』を見てみればよーくわかる。まずはストーリーからご紹介しよう。
『バーフバリ』組が総出演!『MIRCHI/ミルチ』の面白さ
主人公のジャイ(プラバース)はイタリアのミラノで、留学中のインド人女子大生マナサ(リチャー・ガンゴーパデャーイ)の危機を救い、付き合い始める。だが、なぜかジャイはマナサに先んじてインドに帰国し、マナサの従兄プールナ(スッバラージュ)が学ぶ大学に編入する。プールナはジャイを気に入り、休暇に入るとジャイを誘って、村にある実家に帰省した。実家は一族が暮らす大邸宅で、そこでジャイと再会したマナサは驚くが、実はジャイはある目論みがあってこの村にやって来たのだった。この村は隣村との間に長く続く確執を抱えてきたのだが、隣村の長(サティヤラージ)や、その親族の娘ヴェニラ(アヌシュカ・シェッティ)は、ジャイにとって大切な人たちだったのである……。
――『バーフバリ』ファンの人は、このあらすじに出てくる出演者名だけで興奮を覚えることだろう。アヌシュカ・シェッティはデーヴァセーナ役、サティヤラージはカッタッパ役、そしてスッバラージュはクマラ・ヴァルマ役と、見事に『バーフバリ』役者が揃っているのだ。さらに付け加えると、冒頭マナサが不良たちに囲まれて危機的状況に陥るシーンでは、『バーフバリ』の軍司令官セートゥパティを演じたラーケーシュ・ヴァーレが、不良のリーダー格ラーフルに扮して登場している。まるで『バーフバリ』のオーディション映像みたいだが、見始めるとそんなことも忘れてしまうぐらい、『MIRCHI/ミルチ』は面白いのだ。
その理由の一つは、プラバースの放つ『バーフバリ』とは別物の、現代青年としての魅力である。ミラノのシーンでは、街頭バンドのメンバーとしてショルダーキーボードを弾く姿を披露してくれるし、大学生姿やオフィスワーカー姿も『バーフバリ』とはまた異なるチャーミングさに溢れている。女性にどやしつけられたりするチャラ男なお調子者を嬉々として演じるプラバース、厳しい表情でアクションをこなす定番のプラバース……。そのどれもオーラに溢れていて、この後に『バーフバリ』が来なかったとしても、彼は大スターになっていただろうと思わせてくれる。
第二には、本作が“ファクション映画”として非常によくできていることだ。「ファクション(faction)」とは「党派、派閥、派閥争い、内紛」という意味の単語で、ファクション映画=“抗争映画”と言ってもいい。この抗争映画は南インド映画界では定番のジャンルとなっており、特にテルグ語、タミル語、カンナダ語映画によく登場する。多くは抗争によって生じる、ヤクザ言葉で言えば「出入り」のアクションシーンをハイライトに、地域の込み入った事情や人間関係を描く。本作では、アーンドラ・プラデーシュ州中部にあるグントゥ-ル地方パルナドゥ地区の村が舞台となっているが、このあたりの特産物の一つに赤唐辛子(ミルチ)があることから、このタイトルになったようだ。しかし本作は、抗争映画でありながら、その抗争をいかに無くすか、がテーマになっているのが肝で、脚本にも工夫が凝らされている。
ヒット作連発“神監督”のデビュー作
脚本を担当したのは、本作が初監督作となったコラターラ・シヴァ。彼は2002年に映画界入りしてから約10年間、下積み脚本家としての様々な仕事を経て、本作で単独脚本家および監督デビューを飾った。驚いたことに、本作をヒットに導いたあとコラターラ・シヴァは、その後に撮った3作品をすべて大ヒットさせるという敏腕ぶりを発揮する。『MIRCHI/ミルチ』後の3作品は、マヘーシュ・バーブ主演作が2本、モーハンラール&NTRジュニア主演作が1本という内訳だが、トップスターを起用して1作もハズレなし、というのはまさしく“神監督”である。こんな監督の手になる『MIRCHI/ミルチ』が、面白くないはずがない。
本作には、ソング&ダンスシーンも豊富に盛り込まれている。渚のパーティー風、西部劇風、田園風景をたっぷりと見せる田舎暮らし編、そして幻想的な「♪ダーリンゲー♪」などが次々と登場し、目と耳を楽しませてくれる。出演者陣はプラバースだけでなく、おきゃんで溌剌としたアヌシュカ・シェッティ、かつての二枚目スター時代を彷彿させるサティヤラージ、本作の凄味ある悪役で数々の賞を受賞したサンパト・ラージ、コメディパートを担うブラフマナンダムら、全員が魅力的だ。オンライン放映だけで消えてしまうのはあまりにも惜しい、ぜひソフト化してもらいたい作品である。
インドの映画興行はやっと10月末から正常に戻り、アクシャイ・クマール主演作『Sooryavanshi/スーリヤヴァンシー(原題)』やラジニカーント主演作『Annaatthe/兄貴(原題)』のような、興収20億ルピーを超えるヒット作が出ている。長らく待機していたプラバース主演作『Radhe Shyam/ラーダーとシャーム=クリシュナ(原題)』も、2022年1月14日からインドで公開される予定だ。さらにプラバース主演作では、公開待機中が1本、撮影中が2本控えている。2022年は、プラバース・ファンにとって楽しみな年になりそうだ。
文:松岡環
『MIRCHI/ミルチ』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年12月放送
https://www.youtube.com/watch?v=62qbke0k9mg