孤高の名匠・柳町光男
作家・中上健次の同名小説を映画化した柳町光男監督『十九歳の地図』(1979年)が2021年12月4日〜30日、東京・新宿のK’s cinemaでリバイバル上映される。
これは「コロナ禍の、出口の見えない、やり場のない閉塞する混迷の時代を生きる若者たちに見せたい」という劇場側の要望で実現したもの。併せて、柳町監督の監督デビュー作『ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR』(1976年)、『さらば愛しき大地』(1982年)の上映も決定。圧倒的なエネルギーを放ちながら時代を射抜いた渾身作は、新鮮な驚きを持って今の若者に多くの刺激を与えそうだ。
“生き方”を強烈に揺さぶられたBLACK EMPERORとの出会い
『十九歳の地図』は新聞配達をする19歳の予備校生が、配達先で気に食わないことがあるとその家に✕(バツ)を付け、後日いたずら電話をかけては憂さを晴らす……という青春劇。都会の孤独、先の見えない不安、そして格差社会の中でもがく青年の屈折した感情が描かれていた。
柳町監督は、早稲田大学の同窓で友人の作家・佐野眞一氏から「面白い本がある」と薦められて原作小説を手にしたという。柳町監督は「最後まで読み切らないうちに“これは映画だ”と興奮したことを覚えている」と振り返る。
ドキュメンタリー映画『ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR』でデビューした柳町監督は当時、自身の制作会社「プロダクション群狼」を立ち上げたばかり。本来は劇映画志望であったが、1本目で暴走族BLACK EMPERORという強烈なアウトロー集団と出会ってしまったことで「自分の生き方を強烈に揺さぶられた」という。
しかし小説「十九歳の地図」を読み、その彼らの存在に匹敵する主人公に出会った。製作費3000万円を捻出して映画化に着手し、新聞配達を実際に経験しながら脚本を執筆。柳町監督は「寝静まった街を走ると、アパートの廊下に置いてある洗濯機や、干しっぱなしの洗濯物からいろんな日常が見え、様々な人生が青年の前に押し寄せてきたのだろう」と語り、青年の心情とシンクロしたという。主演はBLACK EMPERORの元メンバーで、撮影後も親交のあった本間優二を口説き落とした。
中でもこだわったのがロケ地だ。柳町監督は「すごい小説だったから文学には書いていないものを(映像で表現するために)自分で引っ張ってこなければならない。だから徹底的にロケハンした」と言う。メーンのロケ地となったのが、東京・北区の滝野川周辺。ほか東中野や下北沢でも行われ、ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』(2019年)を彷彿とさせる格差社会の存在を映し出した。
『十九歳の地図』に影響を受けた阪本順治監督とのトークイベントも
本作は公開当時、多くの若者の支持を得て、製作費3000万円(実際は予算オーバーし、3300万円かかったという)という借金を約2年で返し終えたという。その影響を受けた一人が阪本順治監督だ。横浜国立大在学中だった阪本監督は本作を大学で上映するために、柳町監督の事務所を訪れている。そんな経緯もあって今回、K’s cinemaでの上映期間中の12月17日には、柳町監督と阪本監督のトークイベントが開催されることとなった。
そして、何より評価したのが原作者の中上健次だ。実際に起こった一家殺害事件をモデルにした映画『火まつり』(1985年)では、柳町監督から映画の構想を聞いた中上自ら脚本執筆を名乗り出たそうだ。『火まつり』も、2021年12月26日まで上映される国立映画アーカイブの特集「1980年代日本映画――試行と新生」(※2020年に上映予定だったが、コロナ禍での臨時休館に伴い再上映)の中で上映される。ただし監督本人は、自身の旧作を鑑賞するのは苦手らしい。
「昔のを見たってしょうがない。恥ずかしいんだよ。過去は忘れたいもんなんです」
現在も幸田露伴原作小説の映画化や、東日本大震災をモチーフにした企画も考えているという柳町監督は、「昔のようなエネルギーはないかもしれないけど、70代ならではの今の撮り方がある」と力を込める。日本インディペンデント映画界の雄、健在なり。
取材・文:中山治美
『十九歳の地図』『ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR』『さらば愛しき大地』は新宿K’s cinemaで2021年12月4日(土)から12月30日(金)まで上映
【トークイベント決定 】
— K's cinema (@ks_cinema) December 1, 2021
大学時代に「十九歳の地図」の上映会を企画し、出会った柳町監督から渡されたセブンスターを宝物にされていたという阪本監督。熱いロングトークになりそうだ。『十九歳の地図』(※12/4公開)
12/17(金)18:40~上映後 阪本順治監督、柳町光男監督が登壇です。#十九歳の地図 pic.twitter.com/zomWeLMKDh
『十九歳の地図』
新聞販売所で下宿をする予備校生の19歳の青年が、日々の配達先で知る各家々の家庭構成、性格など書き止め、×印を付け、自分だけの地図を書き始める。見下されながらも見下しているような捻じれた自尊心が、日常の不満、偽善に鬱屈しながら、配達先で×印をつけた人たちに嫌がらせ電話をかけていく。
制作年: | 1979 |
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新宿K's cinemaで2021年12月4日(土)から12月30日(金)まで上映