ナチスドイツvs謎の狙撃手
ロシア映画『ナチス・バスターズ』は冒頭、慰問先でヒトラーを演じているというロシア人の芝居役者とその妻がドイツ兵に銃殺されそうになるという、どこか滑稽だが絶対に笑えないシーンから始まる。しかし銃口が向けられ万事休すというとき、どこからともなく放たれた銃弾によって3人のドイツ兵は瞬殺。2人を救ったのは、ドイツ軍から“赤い亡霊”と呼ばれ恐れられている謎の人物だった……。
物語の舞台は1941年12月、ソ連に侵攻したドイツ軍がモスクワを目前に戦線が膠着していた、第二次大戦のヨーロッパ東部戦線。邦題はクエンティン・タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』(2009年)を意識しているようだが、英題は『THE RED GHOST』、ズバリ“赤い亡霊”である。関係ないが、アメコミ「ファンタスティック・フォー」に登場するソ連出身の“レッドゴースト”というキャラクターは、天才的頭脳に加えて猿を操ることができるうえ宇宙でスーパーパワーもゲットするという情報量の多いヴィランだ。
本作における“赤い亡霊”のキャラクター造形は『ディア・ハンター』(1978年)クライマックスのデ・ニーロかウォーケンかという感じで、演じるアレクセイ・シェフチェンコフ(『セイビング・レニングラード 奇跡の脱出作戦』[2019年]ほか)のやさぐれ顔がハマっている。制作陣は、この謎多きキャラクターに一体なにを象徴させているのか。ぜひ公式サイトの監督コメントを鑑賞後にチェックしていただきたい。
『イングロリアス・バスターズ』×『七人の侍』
普通のエンタメ映画ならば、この“赤い亡霊”を中盤過ぎまで出し惜しみしそうなものだが、本作は冒頭から堂々登場させるテンポの良さが非常に小気味いい。たった数名でドイツ軍の大部隊と戦う羽目になった“はぐれロシア兵”たち(うち一人は妊娠中!)との共闘は胸に迫るものがあり、銃撃戦だけでなく泥臭い白兵戦も描くことで戦争の血生臭さを演出。義侠心あふれる男たちが身を挺して悪を討つ展開は、クロサワ映画の魂(からの西部劇テイスト)も感じさせる。余談だが『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』(2018年)などでおなじみのユーリー・ボリソフはズタボロ姿でも美しい。
雪深いロケ地は寒々しく、観ているだけで足先が冷たくなってきそう。あくまで両手で足りる程度のメイン登場人物たちの緊張感あふれる攻防戦をメインに、随所で絶妙にユーモラスなやり取り(=分かりやすいギャグ)を挿入することでシリアス一辺倒にさせない(かつ制作費を抑える)脚本が秀逸。実際、資金不足で撮影が遅れたらしく、クソ寒い中コツコツ作り上げたのかと想像すると胸が熱くなる。
そして映画の最後に“ある人物”を再登場させ、ついに赤い亡霊の秘密(?)が明かされるラストカットへ。実在したスーパー・スナイパーか、戦争によって命を落とした罪なき人々の希望の象徴か……。しっかりエンタメ戦争アクションでありながら、凄惨な事実に基づく“想い”が込められた印象的なラストをお見逃しなく。
さて、ソ連軍の狙撃兵といえば、映画『スターリングラード』(2000年)のモデルとなったヴァシリ・ザイツェフが有名だろう。千人以上の女性狙撃兵が敵を震え上がらせたこともよく知られているが、なかでもリュドミラ・パヴリチェンコは射撃競技で鍛えた技術で300人以上のドイツ兵を屠り、その半生は『ロシアン・スナイパー』(2015年)として映画化された。
なお、当然ながら本作にもソ連/ドイツ製の銃器が多数登場する。お馴染みモシン・ナガンやナガンM1895、ペーペーシャ、そしてワルサーP38やMP40、カラビナー98kなどが常にとっかえひっかえ映っているので、そのあたりに注目して観るのも一興だ。
『ナチス・バスターズ』は2021年12月3日(金)より全国公開
『ナチス・バスターズ』
1941年の冬。ソ連に侵攻したドイツ軍兵士の間で、ある噂が広がっていた。それは謎のソ連狙撃兵が、ドイツ兵を次々と射殺しているらしい、というものだった。ドイツ兵はその正体不明の死神を《赤い亡霊》と呼び、いつ狙撃されるか分からない恐怖に怯えるようになっていた……。
その頃、部隊とはぐれてしまった5人のソ連兵たちは誰もいない寒村にたどり着き休息を取ろうとしたところ、ブラウン大尉率いるドイツ軍部隊が村に現れる。敵に捕まってしまった味方を救出するため、5人は戦闘を決意。激戦を繰り広げるが、多勢に無勢で全滅の危機に陥る。その時、どこからともなく飛来した銃弾が、次々とドイツ兵を倒してゆく。それは謎のスナイパー、《赤い亡霊》が放ったものだった……。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年12月3日(金)より全国公開