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一挙放送!ポン・ジュノ特集『パラサイト 半地下の家族』とキム・ギヨン監督『下女』の奇妙な関係

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ライター:#松崎健夫
一挙放送!ポン・ジュノ特集『パラサイト 半地下の家族』とキム・ギヨン監督『下女』の奇妙な関係
『パラサイト 半地下の家族』Blu-ray&DVD発売中 発売・販売元:バップ Ⓒ2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED / 『下女』発売元:アイ・ヴィー・シー 価格:Blu-ray¥5,280 DVD¥4,180 (税込)

『パラサイト』は「(疑似)家族映画」への揺り戻しか

家父長制を基本とする家族構成を重んじることは「前時代的である」と世の中が認識しはじめている。これは、多様性を受け入れてゆこうという国際的な潮流や、日本における同性婚や夫婦別姓を認めてゆこうという社会に対する要望とも無縁ではない。同様の社会傾向は、映画の世界においても指摘できる。例えば、第89回アカデミー賞で作品賞に輝いた『ムーンライト』(2016年)や、第69回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールに輝いた『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)。これらの作品は、登場人物たちが<疑似家族>のような人間関係を形成することで「血縁に依る家族関係よりも、血縁に依らない人間関係の方がより深い絆で結ばれている」と描いていた。

またカンヌ国際映画祭では、家族を装って国境を越える『ディーパンの闘い』(2015年)や、血縁の無い他人同士が肩を寄せ合って暮らす『万引き家族』(2018年)など、連続して<疑似家族>的な人間関係を描いた作品を最高賞に選んできたという経緯もある。思い返せば、第68回で『ディーパンの闘い』と最高賞を競った是枝裕和監督の『海街diary』(2015年)は、日本国内で漫画原作であることを理由にした批判に晒されたが、この映画もまた“血の繋がらない姉妹”を中心とした<疑似家族>のようなものが描かれていた。つまり、『誰も知らない』(2004年)や『そして父になる』(2013年)など、それまでカンヌ国際映画祭に選出された作品で、“家族のあり方”を描いてきた是枝監督の姿勢が評価されていたのだということを窺わせる。世相を反映した<疑似家族>的な人間関係を描いた映画は、2010年代後半になって世界同時多発的に製作され、その例は枚挙にいとまがない。

そういった観点で、第72回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールに輝いたポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)は、“揺り戻し”のようなものを感じさせる点で興味深いのだ。この映画は、血縁によって結ばれた家族が、血縁によって結ばれたもうひとつの家族に<寄生>=<パラサイト>してゆく物語だからである。非常に巧妙なのは、格差社会をモチーフにしている点。貧困層の家族が“他人”を装って富裕層の家庭に潜入する過程で、本来は血縁関係にある家族が次第に<疑似家族>的な要素を帯びてゆくという奇妙な姿を描いているからだ。血縁で結ばれた家族が表層的に他人を装うことで共犯関係を生み、彼らがより強い絆を育んでいることが判る。

『パラサイト』に影響を与えたキム・ギヨン監督『下女』

奇しくも、『パラサイト 半地下の家族』が第92回アカデミー賞でも作品賞に輝き、さらなる世界的名声を手にした頃、世界はパンデミックの脅威にさらされ、コロナ禍へと向かってゆくことになった。緊急事態宣言によって外界との接触が困難となったことで、社会全体にどこか<家族回帰>のようなものが訪れた感もある。例えば、コロナ禍以前から人気が再燃していたキャンプブームが巣篭もり需要によって加速したのは、その好例ではないだろうか。

『パラサイト 半地下の家族』Ⓒ2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

『パラサイト 半地下の家族』の対抗馬だったアカデミー賞作品賞候補の9作品を俯瞰すると、『フォードvsフェラーリ』、『アイリッシュマン』、『ジョジョ・ラビット』、『ジョーカー』、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(すべて2019年)など、その多くが<血縁に依る家族>をモチーフにしていたことに気づく。コロナ禍によって、社会が<血縁に依る家族>のあり方を再考したことと、映画の中で<血縁に依る家族>を描く作品が増えたという“揺り戻し”は偶然の一致でしかないが、『パラサイト 半地下の家族』の描く家族像が、現実の格差社会と相まって現代的だと感じさせた所以であることに疑いはない。

『パラサイト 半地下の家族』Blu-ray&DVD発売中
発売・販売元:バップ
Ⓒ2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

『パラサイト 半地下の家族』が貧困層をモチーフにしていることについて、ポン・ジュノ監督は先述の『万引き家族』やショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト』(2017年)など、同時代の作品を例に挙げながら「無視できないテーマ」だと述懐している。そして、影響を受けた作品として挙げているのが、キム・ギヨン監督の『下女』(1960年)である。

『下女』©KIM Dong-Won

ピアノ教師の男性が家政婦として雇った若い女性に家庭を乗っ取られてゆくという物語は、ある家族に<寄生>=<パラサイト>するという点で、プロットに対する影響を感じさせる。また、『パラサイト 半地下の家族』に登場する富裕層の邸宅で階段を昇り降りする上下運動、或いは、その邸宅が丘の上に建っていることによる坂道の登り降りを描くことで、格差社会を映像によって視覚化させていた。同様に『下女』でも、主人公が新築した二階建て家屋の“階段”が印象的に登場する。それはまるで、地位や身分のイニシアチブが入れ替わり、上昇したり、転落することに対する暗喩にもなっている。

社会を投影し世界と共鳴していた60年代韓国映画

キム・ギヨン監督の作品は長らく日本で紹介されておらず、『下女』は2011年に日本でも公開された『ハウスメイド』(2010年)としてイム・サンス監督がリメイクしたことにより、その存在が映画ファンの間でも知られるようになった。また、1996年に国際交流基金アジアセンターが開催した特集上映で初めて上映され、再評価されたという経緯もある。

海外でもキム・ギヨンは忘れられた映画作家となっていたが、1997年に釜山国際映画祭で回顧上映が組まれ、カンヌ国際映画祭やベルリン国際映画祭でも上映。マーティン・スコセッシが中心となって2008年にデジタル修復されている。この後、ギヨン監督は11年毎に『火女』(1971年)、『火女’82』(1982年)と同じ設定・登場人物名で、時代の変化を取り入れながら『下女』をセルフリメイク。1998年に自宅の火災で急逝したが、“悪い女”をモチーフに社会を描き続けた監督として高い評価を受けている。

キム・ギヨン監督は朝鮮戦争が停戦となった1950年代に映画監督となった世代。現実の社会問題に目をむけつつ、戦争で疲弊し、混乱したソウルの姿を批評的に描いてきた。それゆえ、『下女』には復興する中で浮上してきた富裕層に対する不安も投影されている。『下女』が劇場公開された1960年前後には、当時の社会不安を反映させた、ユ・ヒョンモク監督の『誤発弾』(1961年)やシン・サンオク監督の『離れの客とお母さん』(1961年)が高い評価を得ている。奇しくもその同年、遠く離れたハリウッドではアルフレッド・ヒッチコックが社会不安を反映させた『サイコ』(1960年)を監督。サイコスリラーの原点と称される名作が誕生した同じ頃、韓国でも(まだ斯様なジャンル分けがされていない時代に)サイコスリラー的なアプローチの作品が製作されていたことには驚きを禁じ得ない。

そして、韓国で『パラサイト 半地下の家族』が劇場公開された2019年は、キム・ギヨン監督生誕100年にあたり、(韓国映画史で諸説ある中、野外シーンを演劇に組み込んだ『義理の仇討ち』[1919年:原題『義理的仇討』キム・ドサン監督]を起源とするならば)韓国映画100年にもあたる年だった。『下女』の影響下にある『パラサイト 半地下の家族』は、そんな奇縁で結ばれているのである。

『下女』発売元:アイ・ヴィー・シー
価格:Blu-ray¥5,280 DVD¥4,180 (税込)

文;松崎健夫

【出典】
「韓国映画史 開化期から開花期まで」:キム・ミヒョン責任編集 根本理恵・訳(キネマ旬報社)
第21回東京国際映画祭

『パラサイト 半地下の家族』『下女』ほか合計7作をCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年12月放送

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『下女』

妻が病に倒れ、住み込みの家政婦として若い娘ウニを雇い入れたトンシク。魅力的なウニに誘惑されたトンシクは、ウニと関係を持つ。だがウニの言動は次第に常軌を逸し、平和だったトンシクの家庭を崩壊させてい。

制作年: 1960
監督:
出演: