『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』は、プロデューサーのルッソ兄弟(『アベンジャーズ』ほか)や監督、脚本家らスタッフは皆アメリカ人ながら、出演者はすべてアラブ系で劇中言語もアラブ語という異色のアメリカ映画。しかも、紛争地域の現実、男たちの絆、そして観客を現場に引きずり込む怒涛の銃撃戦が絶妙に編み込まれた戦争アクション映画です。
主役はイラクSWAT
2003年のアメリカ軍進攻でフセイン政権が崩壊したイラクには、いくつもの武装勢力が興り内戦状態に陥りました。なかでも「ISIS」(※)は占領したイラクやシリアの地域で掠奪・斬首処刑・火刑・強姦を繰り広げ、挙げ句、女性は奴隷として売買されました。
※ISIS:通称「イスラム国」。本作品の字幕ではオリジナル台本に合わせて「ISIS(イラク・シリアのイスラム国)」としているので、この文章でもそれに倣う。劇中始め中東では「ダーイッシュ」と呼んでおり、近年ではこの呼称も広まりつつある。
2013年から2017年までISIS支配下にあったイラク第二の都市モスルは激しい攻防戦の結果、荒廃。『モスル~あるSWATの戦い~』冒頭では、廃墟の連なりと化したモスルの空撮映像が示され、その無残さに度胆を抜かれます。「CGか?」と思いきや、解放直後のモスルで撮影した本物の映像とのことで二度ビックリです。
物語は、ISISの襲撃を受けた新人警官カーワの決死の銃撃戦で幕を開けます。飛び交う銃弾、舞い散る破片、投げ込まれる手榴弾、残弾はゼロ! 窮地に陥ったカーワですが、イラク警察部隊「SWAT」に助けられます。もちろん、このSWATはアメリカ法執行機関とはなんの関係もなく、イラク警察部隊が「精鋭」「エリート」の称号として自ら命名したものです。
九死に一生を得たカーワですが、その場でSWATを率いるジャーセム少佐にスカウト(徴兵?)されます。ISIS撃退直後のカーワの姿に注目してください。利き手の左手で割れたガラス壜を握り、右手には弾薬切れのグロック拳銃を逆手に握っています。この、殴ってでも戦い抜く姿勢がSWATの目に止まったのかもしれません。こうしてカーセムの“モスル地獄巡り”が始まったのです。
――これ以上はネタバレになるので書けませんが、モスル解放まで命令機構から外れて独自にISISと戦い続けたイラク警察部隊SWATがいたという、ザ・ニューヨーカー誌の記事が本作のベースになっています。捕虜を取らず、戦死者から武器弾薬はおろか、現金やタバコも調達するSWATというよりも独立愚連隊のような彼らの姿は、おそらく事実なのでしょう。
この銃に着目!
ビックリしたのは、登場する銃器の多彩さです。AKS-47、AKM、AKMSといったカラシニコフ系がメインですが、ジャーセム少佐のAKはホロサイトやバーチカル・グリップ、TAPCO製フォールデイング・ストックが装着されたモダナイズド・タイプで、ちょっと見ではカラシニコフに見えない格好良さがあります。
さらにFN-FALのイスラエル版分隊支援火器型ロマットを使うSWAT隊員がいたり、ハンビーの1両は、大戦前のチェコスロバキア 製機関銃VZ37を搭載していたりと、ガンマニアのハートを鷲掴みです。
アクションだけではありません、カラスの鳴き声だけが響く廃墟の街区、虚しく残された“かつて人が暮らしていた痕跡”、自国内難民となった人々の姿を通して、国家と治安が崩壊するという現実が映画背景としてではありますが、しっかりと描かれています。
終わらぬ戦い
さて2017年夏、イラク政府と有志国連合はモスルをISISから完全奪還します。けれどもISISが消滅したわけでは決してありません。2021年夏以降、イスラム原理主義過激派タリバンが掌握したアフガニスタンでISIS-K(イスラム国ホラサン)による自爆テロが起きています。
同じイスラム原理主義同士で何故? と思う読者諸兄姉もいるかと思いますが、カリフ制によるイスラム世界統一を目論むISISにとっては「自分たちこそが正義」なのであって、アフガン土着の組織タリバン(後ろ盾はパキスタン軍情報部)は相容れない存在、というより“敵”なのです。今回の自爆テロについてISISは、2020年2月にアメリカとタリバンが和平合意を結んだことは「異教徒アメリカと“合意”したタリバンは“背教者”であり敵だ」から、としています。
そのISISの支配の実態は前述の通りで、近年、『バハールの涙』(2018年)、『レッド・スネイク』(2019年)といった、奴隷とされた女性が銃を手にISISと戦う実話ベースの映画が続いています。本作は男性目線ではありますが、これからまだまだ続くであろう対ISIS戦争映画の基準のひとつになる作品だと思います。
文:大久保義信
『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』は2021年11月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
『モスル~あるSWAT部隊の戦い~』
物語の舞台は、かつては文化の中心だったが、長引く紛争で今ではすっかり荒廃したイラク第2の都市モスル。この地で働く21歳の新人警察官カーワは、ISIS(イスラム過激派組織)に襲われたところを、あるSWAT部隊に救われる。部隊を率いるジャーセム少佐は、カーワをその場でSWATの一員に徴兵する。彼がISISに身内を殺されたという、入隊条件を満たしていたからだ。彼らは10数名の元警察官で編成された特殊部隊で、本部からの命令を無視して独自の戦闘を行っていた。彼らを繋ぐ使命は秘密で、カーワにも明かされない。やがて手段を選ばない激烈な戦闘で仲間を失っていく中、絶望的な状況に直面する。それでも部隊は、ISISの要塞へと向かう決断をするのだが──。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2021年11月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開