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失われゆくゲイカルチャーへのラブレター『スワン・ソング』 名優ウド・キアの皮肉でチャーミングな魅力爆発!

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ライター:#遠藤京子
失われゆくゲイカルチャーへのラブレター『スワン・ソング』 名優ウド・キアの皮肉でチャーミングな魅力爆発!
『スワン・ソング』©2021 Swan Song Film LLC

実在するゲイの美容師にインスパイアされた物語

コンペティション部門の『オマージュ』や最高賞を獲得した『ヴェラは海の夢を見る』が「女性がいかに虐げられてきたか」を描き、『もうひとりのトム』と『市民』の主役は父親がほぼ不在の状態で子供を育てる母親、そして『ザ・ドーター』は代理母テーマと、ジェンダーギャップに触れる作品が多かった第34回東京国際映画祭。そして、LGBTQテーマの王道でありつつゲイムービーが減った背景をも説明してしまったのが『スワン・ソング』だった。

監督・脚本・プロデュースはトッド・スティーヴンス。監督自身のロールモデルだった実在のゲイの美容師にインスパイアされた物語だ。舞台は監督の故郷でもあるオハイオ州サンダスキー。ウド・キアが主人公パット・ピッツェンバーガーを演じる。

『スワン・ソング』©2021 Swan Song Film LLC

年老いたゲイ男性、LGBTQを取り巻く社会の変化

観客がいないステージに登場する、きらびやかな衣装のパット。人がいないように見えるのに大歓声が聞こえる。しかし、それは夢なのだ。パットはグレーのジャージを着て老人ホームにいる。デザートが缶詰のフルーツカクテルというだけのことが一大イベントであるかのように館内放送される。それほどに味気ない、変化のない日々をただ生きている。そんなパットのもとを弁護士が訪れる。

かつて顧客だった富豪の女性リタが亡くなり、パットに死化粧を施させるよう遺言していた。メイク料は25,000ドル。しかしパットは「もう引退したの。あの女を無様な髪のまま葬って」と弁護士を追い返してしまう。それでも日々の虚しさと自分の本当の気持ちに気づき、施設を抜け出してリタの葬儀に向かうパット。一度弁護士を追い返したので迎えもない。まっすぐ目的地に向かわないアメリカの郊外の街の徒歩の旅は、ロードムービーの相を呈する。

『スワン・ソング』©2021 Swan Song Film LLC

途中スタンドで働く青年は、パットがゲイ丸出しの口の聞き方で挑発しても「葬儀場までは遠いよ」と送ってくれようとする。サンダスキーでは、もうゲイ差別が起こっていないという描写だ。パットはパートナーの死後、ゲイだからという理由で相続権が与えられず家を追い出されていたのだが、後にその家を買った夫婦も「現在だったらありえないわ」と理解を示してくれる。一方、思い出のゲイバーはその日でクローズ。アプリで相手を探せる昨今、ゲイバーが出会いの場としての価値を失ってしまっているのだ。長年老人ホームに引きこもっていたパットは浦島太郎のようになる。

年老いても、思い立てばいつだって人生を変えられる

実生活でもゲイをオープンにしているウド・キアのビッチぶりがいい。毒舌全開。メイク用品を買うと言って弁護士から20ドル巻き上げるが、それでワインを飲んでしまってメイク用品は万引きする。車椅子をわざと車道で動かして渋滞を引き起こす。開き直って好きなように生きなければ決して幸せにはなれなかった、HIV時代のゲイの大変さや辛さを表現している。

『スワン・ソング』©2021 Swan Song Film LLC

スティーヴンス監督自身が本作を「ゲイが社会に溶け込んだことで失われていっている、ゲイカルチャーへのラブレター」と言っている。同性婚が認められていない先進国はありえない昨今だが、今回の映画祭でもまだ解消されていないギャップだらけの女性テーマの作品が多く、本作以外のLGBTQ作品は、女性同士の恋愛を描いた台湾映画『最初の花の香り』や草野翔吾監督『彼女が好きなものは』だけとなった。

トッド・スティーヴンス監督『スワン・ソング』©2021 Swan Song Film LLC

監督はTIFFサロントークでも、この20年間の変化について「1998年の『Edge of Seventeen』(※『スワン・ソング』で三部作とされるオハイオ・トリロジーの第1作。日本未公開)の撮影のときは、地元の協力を得るためゲイムービーだということは極秘で進めていた。それなのに秘密が漏れて住民に撮影を反対された。ところが今回は正反対で、みんなが何かしら寄付してくれたりスタッフの滞在場所まで提供してくれた」と語っている。

そんな時代の変化を描くとともに、老いという大きなテーマを考えさせられ、老いても思い立ったらいつでも人生を変えられること、わだかまりのあった友人を許すことや、自分らしく生きることで直接知らない誰かの人生にも影響を与えられることなど、ポジティブなメッセージを含んでいる感動的な作品だ。自分らしく着飾ることの大切さも描いていて、ヘアメイクやファッション関係者は必見と感じた。オハイオ・トリロジーの前二作も含めた通常公開が待たれる。

文:遠藤京子

『スワン・ソング』は第34回東京国際映画祭で上映、日本公開未定

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『スワン・ソング』

養護施設に暮らす元ヘアドレッサー、パットは久々の仕事の依頼を受ける。パットは施設を抜け出し最後の仕事に向かうが……。サウス・バイ・サウスウエストを始め、多くの映画祭を熱狂させた話題作。

制作年: 2021
監督:
出演: