『希望の灯り』同じ毎日が、人生を支える糧になるかもしれない

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ライター:#大倉眞一郎
『希望の灯り』同じ毎日が、人生を支える糧になるかもしれない
『希望の灯り』©2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
風変わりだが素朴で心優しい旧東ドイツのスーパーの従業員たち。それぞれの心の痛み、そして助け合う日常を穏やかに描く。

同じ毎日

『希望の灯り』©2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

毎日同じことを繰り返しているようでいて、実は全く同じことの繰り返しなんてありえない。
気がつかなくても何かが変化している。
前向きな変化か、後ろ向きの変化かはどうでもいいことで、そもそも前だの後ろだの誰が決める。

「美しく青きドナウ」の旋律に乗って、巨大スーパーマーケットの中を自在に動き回るフォークリフトは『2001年宇宙の旅』と完全に重なり、ため息が出るほど美しい。

主人公の青年はそのフォークリフトを自由に操ることができるまでは自己嫌悪に陥るほど何度も挫折する。
しかし、落ち込んでいれば、にっこり笑ってくれる人妻もいる。
心の中にさざ波を感じる。
誕生日にはケーキにロウソクを立ててこっそり渡すこともできるかもしれない。
でも、これといって話をする材料もない。

ひとりでいることが淋しいことかどうかももうよくわからない。
でも、やり過ごして行く毎日の中に、ほんの少しの変化が発見できただけでも遠くに灯りが見えてくる気もする。
意外にこの仕事は俺に向いているかもしれない。

『希望の灯り』©2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

東西ドイツが統一されて、逆に追い詰められてきた。
共産主義時代の方がやりがいのある仕事ができていた。
ここに取り残された気がするが、何に取り残されたんだろう。
何に置き去りにされたんだろう。

「資本主義」ってなんだ。
よくわからないが、このスーパーマーケットで黙々と荷物を高く積み上げていくことがそうなのだろうか。
職場の同僚と声を掛け合って、肩を叩かれ、自然に笑顔になることも増えてきた。
フォークリフトの運転が上達するたび、少しずつ自信が持てるようになってきた。
この人生を生きる支えになるかもしれない。

ヘッセの詩

『希望の灯り』©2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

この作品を観ながらヘルマン・ヘッセの詩を思い出していた。
一部を抜粋する。

————

この暗い時期にも
いとしい友よ、私のことばを容れよ、
人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、
私は決して人生をののしるまい。

日の輝きと暴風雨とは
同じ空の違った表情に過ぎない。
運命は、甘いものにせよ、にがいものにせよ、
好ましい糧として役立てよう。

魂は、曲りくねった小道を行く。
魂のことばを読むことを学びたまえ!
今日、魂にとって苦悩であったものを
明日はもう魂は恵みとしてたたえる。

「困難な時期にある友だちたちに」高橋健二 訳(新潮文庫「ヘッセ詩集」より)

————

旧東ドイツのカールスフェルトという山の中の小さな村を一人で訪れたことがある。
かつてこの村で盛んに製作されていた楽器、バンドネオンの取材で乗り込んだが、ホテルでは全く英語が通じず、村役場に勝手に入り込んで、ドアというドアをかたっぱしからノックし「英語の話せる人はいますか」と尋ねて回った。
妙に色黒の謎の東洋人がドアから顔を出すのだから驚いただろうに、誰も私を咎めることはなく、ただ、首を横に振るだけ。
一人だけ「村長は話せる」と教えてくれた。
その後、若い村長に村全体を案内してもらい、私のバンドネオンの取材は完了した。
笑顔に嘘がないとてもいい人たちだった。
「バンドネオンをここでまた作る」と話していたが、他にこれといった産業がなさそうだったあの村はどうなっただろうか。
そんなこともこの作品を観て、気になり始めた。

文:大倉眞一郎

『希望の灯り』は2019年4月5日(金)よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開

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『希望の灯り』

飲料担当とお菓子担当、訳ありな二人の淡い恋。旧東ドイツへの郷愁を秘める上司の切ない嘘。同僚たちとのゆるやかな絆。ベルリンの壁崩壊後、置き去りにされた人たちの哀しみ。スーパーマーケットの灯りがやさしく包む。「G線上のアリア」が誘う、夜の時間。哀切な、忘れがたい、穏やかで幸せな物語。

制作年: 2018
監督:
出演: