劇団イキウメの戯曲を主演・岡田将生&川口春奈で映画化
『パラサイト 半地下の家族』(2019年)がアカデミー賞を席巻し、『イカゲーム』(2021年)がNetflix史上最大のヒットを記録するなど、韓国エンタメの躍進は留まるところを知らない。そんななか、オール韓国ロケを行った日本映画が公開を迎える。入江悠監督、岡田将生&川口春奈共演の『聖地X』(2021年11月19日公開)だ。
韓国で暮らす兄(岡田)のもとに、日本から妹(川口)がやってきたことから、兄妹は世にも奇妙な出来事に巻き込まれていく――。映画化もされた『散歩する侵略者』(2017年)や入江監督作『太陽』(2015年)などで知られる劇団イキウメの同名舞台を映画化した本作。撮影されたのは2019年だが、いま公開される意義を纏った映画であるといえるだろう。
日韓のスタッフ・キャストと共に実験精神にあふれる作品を創り上げた入江監督に、作品の舞台裏は勿論のこと、いま我々が韓国映画から学ぶべきことは何か? 現場レベルの話を聞いた。
『ミッドサマー』に感じる、ジャンル映画を飛び越える面白さ
―『聖地X』を拝見して、全体的に“異物感”が漂っていて非常に興味深かったです。
今までの僕の作品は底辺を生きている人の物語が多かったのですが、今回は主人公がちょっとしたお金持ちで、生活には困っていないし別荘みたいなところに住んでいるんですよね。元々の原作がそうなのですが、映画化にあたって、服なども浮世離れしている感じにしてみました。その土地になんとなく馴染んでいない方向に持っていきたいなと思っていたのですが、そうしたことが、いまおっしゃって下さった効果につながったのかもしれません。
―ジャンルミックスといいますか、この“どこに連れていかれるか分からない”感じ、待っていました(笑)。
ありがとうございます(笑)。僕は昔からプログラムピクチャーが好きで、ちょっと固執していた部分もあったのですが、本作においてはそういうものを飛び越えて、観客の方に委ねる感じが良かったと思います。世界的にもそういう流れはあると思うし、『ミッドサマー』(2019年)のヒットもそうだと思いますが、あの作品をホラー文脈だけで語る人っていないと思うんです。ジャンル映画から逸脱したものを、そろそろみんな求めているんじゃないかという気がするんですよね。
―今回は『太陽』に続くイキウメの舞台の映画化、しかもオール韓国ロケです。
やっぱり、韓国でロケできたことが作品の雰囲気づくりには大きかったですね。プロデューサーから「韓国でやりませんか」と言われたときは、すごく面白いアイデアだと思いました。日本で撮っていたら、もうちょっと地に足がついた、僕がこれまでの作品でやっていたようなローカルな風景に人が溶け込む感じになったのかもしれません。韓国に行ったことで、「何だ、この人たち?」みたいな空気が出たのは面白かったですね。
笑いと恐怖は表裏一体の関係にある
―笑えるシーンも多くありましたが、笑っている自分が怖くなる瞬間にぞくりとしました。
元々のイキウメの舞台にも、そうした性質がありますよね。笑いと恐怖は表裏一体なところがあって、笑っているけど実は怖いんじゃないか、でもやっぱり面白いといったようなところを行き来するのが、イキウメ独特の世界観だと思います。
―イキウメとの初コラボだった『太陽』は、日本の田園風景と絡み合った“土着感”がありましたね。
そうですね。それこそ『SR サイタマノラッパー』(2008年)や『太陽』『ビジランテ』(2017年)『ギャングース』(2018年)のような土臭いところは結構やってきたので、そうじゃない世界観に挑戦したい気持ちもありました。どこか腑に落ち切らないような世界というのは、自分の中でも冒険でしたし、すごく楽しかったです。編集しながら、「何の映画を作っているんだろう?」と自分でもあまり把握できないままやっていました(笑)。
―人が“くっつく”シーンの独特の演出も、強烈でした。
あれは原作の舞台と最も違う部分ですね。どこかで見たようなCG処理みたいなものでは絶対だめだと思い、薬丸翔たち俳優にコンテンポラリーダンスのレッスンに行ってもらったり、ずっと特訓してもらいました。僕がチェルフィッチュが好きで、その要素もちょっと入れています。
―チェルフィッチュ! 僕も大好きです。なるほど、あの動きになった合点がいきました。ハイパーな日本語と、日常動作の反復による言葉と身体のズレですね。
チェルフィッチュのスタイルは、日本の演劇文化が生んだ到達点だと思いますね。重心の使い方なんて、ちょっと能にも通じますし。
―それこそ、「未練の幽霊と怪物」は夢幻能でしたね。
そうだそうだ。そうしたちょっとした日本の要素を入れることで、気持ち悪さを出したいな、とは思っていましたね。日本と韓国って、文化的には中国経由で入ってきて同じものに影響を受けているんだけど、日本は仏教で韓国はキリスト教が普及していたり、食生活も全く違っていて、似ているところとズレているところをうまく形にできたら……と考えていました。
スピルバーグ作品から学んだ“装置”の使い方
―『聖地X』だと「鏡」や「水」という装置の使い方が意識的で、コンセプチュアルな作品かな? とも思いました。
ドッペルゲンガーという存在自体が心理的なものだからこそ、スピリチュアルなものになりすぎない内容にハード部分、外側からも埋めていこうと思って、水や鏡を使いました。
―鏡を効果的に使用した作品だと個人的には『オルフェ』(1949年)が印象的なのですが、今回、入江監督が参考にされた作品などはあったのでしょうか。
鏡の使い方に関しては、(スティーヴン・)スピルバーグ監督の作品を観直しましたね。
―スピルバーグ!
スピルバーグって、意外に鏡をよく使うんですよ。『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015年)でも、判事か誰かが部屋で着替えているシーンでやけに鏡を見ていたりとか、「鏡とは何か?」という説明は特にないんだけど面白いんですよね。
―全体的な気味悪さ等も含め、ヨルゴス・ランティモス監督だったり、そういった方々の作品を参照したのかな? と思っていました。
ランティモスやジャン・コクトーといったような天才的な作家は、自分自身の独特の世界観を確立しているじゃないですか。だから真似をすると痛い目をみるんですよ(笑)。その点、スピルバーグは作品のテーマに合わせて使い分けている人だと思うので、すごく勉強になるんです。純粋な装置としての鏡の使い方とは? といったものが見えてくるんですよね。
あとは「ドッペルゲンガーって何なんだ?」を理解したくて、フロイトの「精神分析入門」なども読みました。そうすると鏡も水も宗教的なモチーフだということが見えてきて、撮り方に反映させたりしました。
ナ・ホンジン作品から受けた衝撃
―あと気になったのは、今回はシナハン(シナリオハンティング。脚本を書くための取材)はどう進めたのだろう? ということです。
企画が立ち上がってすぐ、韓国に行きました。韓国は都市によって全く表情が違っていて、ソウルはよく行っていたのですが、仁川(インチョン)のイメージがなかったんです。漁師町みたいなところも回ったりしつつ、最終的に仁川が別荘地もあれば旧市街もあるしベストだと判断して、脚本を書いていきました。
―なるほど、複数の階層が暮らしているエリアというのも重要だったのですね。
そうですね。ディープな歴史性のあるところだと日本人が別荘を持てないだろうし、おっしゃる通り様々な階層の人が暮らしているところは仁川の大きな特徴でした。あとは、坂が多かったですね。『チェイサー』(2008年)のことを思い出しながら、憧れのような気持ちで撮影していたところもあります。
―『チェイサー』といえば、同じナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』(2016年)は外せません。『聖地X』の中にも、祈祷師が登場しますね。
國村準さんとご一緒したときに、「素っ裸で山の中を走らされて大変だった」というようなお話を聞きました。その辺りからも韓国映画のエクストリーム感がわかりますよね(笑)。韓国のスタッフに聞いたら、ナ・ホンジン監督の現場は本当に大変だったみたいです。撮りたいものを撮るまで終わらなくて、撮影が何カ月も延長したって(笑)。
すごく覚えているのは、2009年に『SR サイタマノラッパー』をゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映していただいたとき。同じ年に『チェイサー』も上映されていて、観に行ったんです。そうしたら観客のおばちゃんとかが悲鳴を上げながら観ていて、僕と変わらない年齢の監督がこれを撮って、しかも初長編なのか! と衝撃を受けました。
韓国映画は熱量とシステムのハイブリッド
―今回は韓国でのオーディションも経験されたそうですね。日本とはやっぱり違うものなのでしょうか。
日本だと俳優事務所がちゃんと入っていてシステマチックな感じがありますが、韓国だとより一人の人間としてコミュニケーションをとっている感じがありました。そういったところの密度から、韓国映画の熱さが生まれているのかな、と思いましたね。
韓国って土着の映画文化がそんなになくて、ここ20年くらいで一気に世界進出したんですよね。だからこそ距離の近さがすごくある気がします。日本でも昭和の映画って、たとえば深作欣二監督や千葉真一さん・菅原文太さんなど、距離の近さを感じるじゃないですか。その感じにハリウッド型のシステムを融合させたのが、いまの韓国映画なんですよね。どんどん成長していく勢いと、システムの良さが合致している感覚はあります。
―人間同士の付き合いと、労働環境と……。
そうそう。これは以前にもお話ししたことですが、日本の場合その“熱量”というものが「気合でやるんだ」という精神論のほうに行っちゃったけど、韓国の場合はワールドスタンダードな労働環境が整っているからこそ精神論には行かず、その結果若い人材もどんどん入ってきているんですよね。
―若手不足は、入江監督がずっと問題視されている部分のひとつですよね。
そうですね。今回の現場は誰も声を荒らげることがなくて、そういったこともすごく大きいなと思います。撮影時間を超過したときはすごく怒られましたが(笑)、それも労働環境がしっかりしていることの表れですよね。
日本のエンタメ映画は、いま底辺にあるのではないか
―いまは、本作と『シュシュシュの娘』(2021年)を通して学んだことを、還元しようとしている最中なのでしょうか。
そうですね。本当はもっと色々なところを回って実践していきたいけどコロナで断ち切られたところがあり、いま現在は本当に模索している状態ですね。まだまだ全然若いスタッフが入ってこないし、日本の労働環境問題って本当にヤバいところにあると思います。ただ、その部分に対する適切なアクションがまだ見いだせない。
―長年はびこっているからこそ、抜本的な改革はまだ時間がかかる……。
うーん、そうですね……。『聖地X』では韓国で撮影して、『ジョーカー・ゲーム』(2012年)ではインドネシアで撮影して日本の遅れはひしひしと感じますし、他のスタッフからも「中国はこんなに良くなっている」みたいな話を聞いて……。日本のみんなも「こうあるべきだ」という理想はあるはずだから、いかに連帯してそこに向かっていけるかだと思います。
もちろん、このような厳しい状況下でも濱口竜介監督や深田晃司監督などの素晴らしい作品が出てきたことは理解しています。ただ、それって局地戦で、昭和や平成初期は「日本映画」という文脈で語れる何かがあった気がしますが、いま現在のエンタメ作品においては破壊的な気がしますね。韓国の大手プロダクションの社長にも「日本の娯楽作品は、いまは厳しいね」と言われました。否定できなかったですね……。
―確かに、映画祭で評価されるアート系の作品はさておき、海外でもブレイクする実写エンタメ作品はほぼないですね……。
ちょうど『聖地X』のアフレコをしているときに、『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を獲ったんです。そうしたら、韓国人スタッフがみんな喜んでいて。ポン・ジュノ組じゃなくてもそんなの関係なく、「韓国映画が世界に認められた」ことを誇りに感じていて、それっていまの日本にはない気がするんです。
エンターテインメントに活気がないのは、システムの問題も大きいと思います。色々なことが上手く回らないと、面白さは底上げできない。僕の感触では、日本映画はいまボトムじゃないかという危機感がすごくあります。
取材・文:SYO
『聖地X』は2021年11月19日(金)より全国公開
『聖地X』
小説家志望の輝夫は、父親が遺した別荘のある韓国に渡り、悠々自適の引きこもりライフを満喫中。そこへ結婚生活に愛想をつかした妹の要が転がり込んでくる。しかし、韓国の商店街で日本に残してきた夫の滋を見かける要。その後を追ってたどり着いたのは、巨大な木と不気味な井戸を擁する和食店。無人のはずの店内から姿を現したのは、パスポートはおろか着の身着のまま、記憶さえもあやふやな滋だった。
輝夫と要は別荘で滋を捉えるが、東京にいる上司の星野に連絡すると、滋はいつも通り会社に出勤しているという。では輝夫と要が捕まえた滋のような男は一体誰なのか? さらに妻の京子が謎の記憶喪失に襲われた和食店の店長・忠は、「この店やっぱり呪われているかもしれません」と言い出す始末。日本人オーナー江口いわく、店の建っている土地では、過去にも同じように奇妙な事件があったことがわかってくる。
負の連鎖を断ち切るため、強力なムーダンがお祓いを試みるも、封印された“気”の前には太刀打ちできない。この地に宿るのは神か、それとも悪魔か? 彼らはここで繰り返されてきた数々の惨劇から逃れ、増幅し続ける呪いから解放されることはできるのか!?
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2021年11月19日(金)より全国公開