「同じ黒人女性の目線が求められる時代」
「レジェンド」という存在を後世に語り継ぐ。それも映画の役割だが、その存在が大きければ大きいほど、映画化のプロセスは難しい。
アレサ・フランクリンの人生を描く映画も、構想から15年かかって、ようやく完成にこぎつけた。「ソウルの女王」として知られ、特にアメリカでは神のような存在として崇められるアレサなので、最高のかたちで映画にするまでに時間がかかったのは仕方ない。満を持して完成したのが、この『リスペクト』だ。
ここまで時間を要したことについて、監督のリーズル・トミーに聞くと、今が最高のタイミングだったと次のような答えが返ってきた。
15年前、アレサ本人が「私の映画を作るなら、この人で」とジェニファー・ハドソンを指名したのです。そして、自分の波乱万丈の人生が映画になるなら、大きなスクリーンで観るのにふさわしい作品にしてほしいと切望していました。ですからタイミングが難しかったのです。
アレサと同じ黒人女性である私が監督できたのは、現在のハリウッドの流れによるものでしょう。これまで偉大な黒人女性シンガーを映画にしてきたのは、白人男性の監督ばかりでした。でも今は、私のような“同じ目線”が求められるのです。
リーズル・トミー監督が例に挙げたのが、『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』(1972年)、ティナ・ターナーを描いた『TINA ティナ』(1993年)。前者はシドニー・J・フューリー、後者はブライアン・ギブソンと、ともに白人男性監督だ。ちなみに『リスペクト』は、脚本のトレイシー・スコット・ウィルソンも黒人女性。まさにハリウッドの現在を象徴した、監督&脚本コンビである。
では、アレサから直々に指名を受けたジェニファー・ハドソンは、どう感じたのか。今から15年前といえば、ジェニファーが映画初出演で第79回アカデミー賞助演女優賞を受賞した『ドリームガールズ』(2006年)が公開された頃。アレサから直接オファーされた時の思い出を、ジェニファーは次のように打ち明けた。
唐突に「ジェニファー、あなたに私を演じてほしい」と切り出され、私は何が何だかわからない状態で「その言葉がどんな意味であれ、もちろんやります」と答えていました。私は人生でアレサから多大な影響を受けてきたのです。子供の頃、教会の聖歌隊で彼女の曲を歌っていましたし、人間性にもインスパイアされてきました。
アレサとジェニファーが交わる瞬間=スイートスポット
「自ら関わりたい」と望んだ映画だが、残念ながらアレサは2018年にこの世を去ってしまった。ジェニファー・ハドソンは、生前のアレサと深い交流もあったことから、彼女の葬儀で「アメイジング・グレイス」を熱唱した。それはジェニファーが聖歌隊時代から歌っていた曲でもある。
本人からのアドバイスをもらえない状況で、ジェニファーはどうやってアレサ・フランクリンのパフォーマンスに挑んだのか? 歌唱力という点でジェニファーは申し分ないが、誰もが知るアレサの姿を最高のかたちで再現しなければならない。そのためには万全の準備が必要だったと、ジェニファーは語る。
まず技術的なアプローチがありました。特別なコーチに、私が声を出す喉の構造を“楽器”に見立ててもらい、アレサの楽器(声)と比較して近づけていったのです。そこに、私がアレサから影響を受けたスタイルを、ごく自然に重ねていきました。22歳の頃、「アメリカンアイドル」のツアーで私がアレサの曲を歌った動画と、同じ年代のアレサの動画を観比べたりして、共通点を研究したのです。
同時にリーズル・トミー監督は、単なるモノマネに陥らないように、アレサとジェニファー、それぞれの魅力をハイレベルで合体させようとしたと話す。
ある程度リハーサルを重ねていくと、ジェニファーがアレサのマネをしながらも、自分の持ち味を引き出している瞬間が訪れました。それを私たちは“スイート・スポット”と呼んで、その方向性でパフォーマンスすることができたのです。
「ジェニファーこそが“役になりきった”見本」
ジェニファーも、自分とアレサとの一体感に震えたという。
私のスマホの待受けは、アレサが「アメイジング・グレイス」を歌っている画像なんですが、その曲の撮影の際に、鏡の中の私を見たら、あまりに似ていて怖いくらいでした。
こうして俳優に「ソウルの女王」が憑依した瞬間を間近で目撃したのが、共演のマーロン・ウェイアンズ。『最終絶叫計画』シリーズ(2000〜2009年)などコメディで知られるマーロンだが、『リスペクト』ではアレサ・フランクリンの夫、テッド・ホワイトでシリアスな演技を披露。アレサのマネージャー的な仕事もしつつ、私生活では彼女に暴力もふるう役どころだ。マーロンは演技に躊躇もあったと振り返る。
僕は一度も女性に暴力をふるったことがありません。もし女性が怒って攻撃してきそうになったら、その場から逃げ出すタイプ(笑)。テッドの行動は、まったく理解できないんですよ。だからジェニファーに手を上げるシーンも、できるだけデリケートに接しました。そうしたらジェニファーが「ダメ。もっと激しく殴って。私が反応できないじゃない!」と言うものだから、ちょっと口論になって、結果的に手荒く演じてしまいました。
マーロン・ウェイアンズは、ジェニファーがその場ですべてライブで歌うパフォーマンスのシーンに「役になりきるなんて、みんな軽々しく言うけど、このジェニファーこそが“役になりきった”見本」と感激したという。
ジェニファーも「アレサの心情を重ねて歌うことは大きなチャレンジでしたが、歌うこと自体はそんなに大変ではなかった」と語るように、アレサ・フランクリンの再生という大前提を超えて、ジェニファー・ハドソンの圧巻のボーカルで観る者すべての魂を震わせる。『リスペクト』は、そんな作品なのだ。
取材・文:斉藤博昭
『リスペクト』は2021年11月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
『リスペクト』
少女のころから抜群の歌唱力で天才と称され、煌びやかなショービズ界の華となったアレサ。しかしその裏に隠されていたのは、尊敬する父、愛する夫からの束縛や裏切りだった。極限まで追い詰められる中、すべてを捨て自分の力で生きていく覚悟を決めたアレサは、ステージに立ち観客にこう語り掛ける。
「この曲を、不当に扱われているすべての人に贈ります」
自らの心の叫びを込めたアレサの圧倒的な歌声は、やがて世界を歓喜と興奮で包み込んでいく――。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2021年11月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開