名匠たちが挑んでは散った世紀のSF大作
「私にとって映画は芸術だ、ビジネスである前にね」とは、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の言葉。彼がフランク・ハーバートの小説「砂の惑星」の映画化に挑戦したものの、撮影を目前にして製作を断念してしまったドラマティックな経緯は、ドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』(2013年)に詳しい。
[Critique ciné] Jodorowsky's Dune, un rêve de cinéma https://t.co/bAF4mndVmE via @FocusVif
— Alejandro Jodorowsky (@alejodorowsky) June 29, 2016
この企画が進行していたのは1975年のことだが、もともとは『アラビアのロレンス』(1962年)のデヴィッド・リーン監督に依頼した企画だったといういきさつがある。ホドロフスキー版が頓挫した要因には、莫大な予算や10時間以上にも及ぶ上映時間など、映画の“ビジネス”的な側面を度外視した製作体制が指摘されている。
そして1980年になって、「砂の惑星」の映画化権が『道』(1954年)などを手がけてきたイタリアのプロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスに渡り、リドリー・スコット監督によって製作されることになった。ところが、この企画もスコットの降板によって頓挫。『エレファント・マン』(1980年)で注目されたデヴィッド・リンチ監督に白羽の矢が立ち、1984年に劇場公開された。
しかし、観客の支持を得られず興行的に大敗。同じ企画を頓挫させてしまったホドロフスキーは、リンチが作品を完成させたことに嫉妬を覚えていたが「大人気ないが、あまりのひどさにうれしくなった」と作品の出来に対して述懐したほど。
「失敗作」と映画ファンから揶揄された要因のひとつには、「あらすじ」のような物語になっていたという点が挙げられる。1965年に発表された小説「デューン/砂の惑星」は、壮大な物語(日本の翻訳本は当初4冊で出版されたが、2016年の新訳版は上・中・下巻に分かれている)で、そもそも2時間という映画の上映時間内に収めることが困難なのだ。
つまり、どうしても長尺になるという点が映画化を阻む大きな壁となっていたのである。ホドロフスキー版が10時間以上の作品になることが想定されたのも、同じ理由によるものなのだ。
ちなみに、デヴィッド・リンチ版の上映尺は137分。アメリカでテレビ放映された際には、未公開場面が追加された再編集版として189分もの長さになった。それでも個人的な印象としては「あらすじ」感が否めず、デヴィッド・リンチ自身も編集に納得がいかなかったことから、アラン・スミシー名義のクレジットになっているという始末。リンチもまた、ホドロフスキーと同様に、ビジネスよりも芸術性に重きを置くタイプの映画監督であることは、作品にとって不幸だったのかもしれない。
2000年にはSF専門のCATV局サイファイ・チャンネル製作のテレビドラマとして、「デューン/砂の惑星」、「デューン/砂漠の救世主」と「デューン/砂丘の子供たち」が全6話で映像化された。『地獄の黙示録』(1979年)や『ラスト・エンペラー』(1987年)の撮影監督ヴィットリオ・ストラーロが参加し、当時のテレビドラマとしては破格の映像製作が行われた。このドラマ版の尺は、前半の3話(デヴィッド・リンチ版にあたる物語)が239分、後半が262分だった。このことは「砂の惑星」の物語を魅力的に伝えるためには、それなりの尺が必要であることを裏付けるものでもあった(製作から約20年が経過した現在観ると、CGの粗さが目に付くという難点がある)。
さらに2008年には、『バトルシップ』(2012年)のピーター・バーグ監督、『96時間』(2008年)のピエール・モレル監督によるリメイクが、パラマウント・ピクチャーズのもとで進行。だが、またもや頓挫し、「砂の惑星」は映像化が困難な作品の代名詞となってゆく。
そんな紆余曲折な歴史を経て、再度映画化に挑んだのが、『メッセージ』(2016年)や『ブレードランナー2049』(2017年)で、SF映画に対する演出手腕を評価されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。思い返せば、「砂の惑星」を降板したリドリー・スコットが監督した作品は『ブレードランナー』(1982年)だった。その続編である『ブレードランナー2049』を監督したドゥニ・ヴィルヌーヴが、今度はリドリー・スコットの果たせなかった「砂の惑星」を手がけるという奇縁。アレハンドロ・ホドロフスキー、デヴィッド・リンチ、リドリー・スコット、そしてドゥニ・ヴィルヌーヴに共通するのは、個性的な映像を生み出す監督であるという点。ならば、今回のヴィルヌーヴ版はどうだったのか?
我々の暮らす現代社会の問題を意図的に反映
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は1967年生まれ。フランク・ハーバートによる小説は、彼が生まれる前の作品だということがわかる。また、映画化されたデヴィッド・リンチ版を、高校生の頃に観た世代にあたる。実際、ヴィルヌーヴは少年時代に「砂の惑星」を読み、以来、映画化を熱望していたという。例えば、『ゴジラ』シリーズ(1954年~)に親しんできた世代の庵野秀明と樋口真嗣が監督した『シン・ゴジラ』(2016年)が「俺たちならゴジラをこう作る」という映画だったように、ヴィルヌーヴによる『DUNE/デューン砂の惑星』もまた、「俺ならこう映画化する」という作品になっているのである。
それゆえ、これまでの映像化作品とヴィルヌーヴ版との間には、いくつかの大きな違いを指摘できる。例えば、語り部の違い。小説の冒頭には、イルーラン姫の言葉が記されている。その記述に倣うように、リンチ版ではヴァージニア・マドセンが演じたイルーラン姫が映画の冒頭に“語り部”として登場。この構成は、テレビドラマ版でも踏襲されている。しかしヴィルヌーヴ版では、“語り部”がある別の人物に設定され、イルーラン姫は劇中に登場すらしないのである。このアプローチの違いは、「砂の惑星」の物語を、全く別の視点で描こうとしていることを窺わせるものだ。
先述した『アラビアのロレンス』は砂漠の描写が際立つ作品だったが、「砂の惑星」が発表された折には「ドラッグ文化が融合された『アラビアのロレンス』」と評されていたという経緯がある。“メランジ”は砂漠にしかない、しかも恒星間飛行に欠かせない香料だという設定からも判るように、石油のメタファーなのだ。
リンチ版が公開された1980代、世界は「石油の枯渇」というエネルギー問題に直面していた。今なお石油に対する利権は、国家間の紛争を引き起こす火種のひとつ。国際経済にも影響を与えるような問題を孕んでいる。ヴィルヌーヴ版で描かれている、アトレイデス家とハルコンネン家の確執、封建的な皇帝による支配、虐げられてきた砂漠の民“フレメン”の存在。これらの相関関係が導く南北問題や独裁政治への懸念など、今作には我々の暮らす現代社会の問題が意図的に反映されている。
「命の等価」を描こうとしたヴィルヌーヴ版
さらに異なるのは、“メランジ”による恒星間飛行へ対する描写。リンチ版でもテレビドラマ版でも、水の惑星“カラダン”から砂の惑星“アラキス”への移動が克明に描かれていた。しかしヴィルヌーヴ版では、恒星間飛行の場面がばっさり落とされ、シーンが変わるといつの間にか“アラキス”へ訪れているという構成になっているのだ。
もともとこの場面は、原作の第1作には登場しなかったくだり。リンチ版で採用され、テレビドラマ版でも踏襲された描写だった。恒星間飛行を視覚化したことで、派閥同士のパワーバランスも視覚化されたという効果があった。つまり、特撮技術の面でも作品の見せ場だった場面を、ヴィルヌーヴはあえて描いていないのである。
リンチ版には「あらすじ」感が否めなかったと前述したが、そんな作品においても克明に描かれていた恒星間飛行のような場面が欠落している理由。そこには、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が「俺ならこう映画化する」と考えた、物語や設定に対する取捨選択を見て取れる。
例えば、肉体を使ったアクション場面。今作の第二班監督としてトム・ストラザースの名前がクレジットされている。彼はスタントマンとしてキャリアをスタートさせ、やがて『インセプション』(2010年)や『ダンケルク』(2017年)など、クリストファー・ノーラン監督の作品でスタンドコーディネーターを務めるようになった人物だ。そんなストラザースが、第二班監督とスタンドコーディネーターを兼任している点が重要なのである。
ドゥニ・ヴィルヌーヴの監督作品には、「命の等価」が描かれてきたという特徴がある。例えば、『渦』(2000年)で描かれた「車で轢き殺してしまった男性の息子と愛し合うことで贖う命」、『灼熱の魂』(2010年)で描かれた「母親の遺言によって父親と兄を探し出そうとする双子の姉弟が直面する命」、『プリズナーズ』(2013年)で描かれた「娘を誘拐された父親が容疑者を監禁することで引き換えにする命」など。ある命と引き換えに、ある命を得るという描写が必ず登場するのだ。
実は今作にも「命の等価」が、とあるアクション場面に投影されている。つまりヴィルヌーヴは、恒星間飛行を描くことよりも、アクション場面に厚みを与えることで「命の等価」を描こうとしたということなのだ。そこに、ヴィルヌーヴ版「砂の惑星」の真髄がある。
文:松崎健夫
【出典】
『ホドロフスキーのDUNE』Blu-ray(アップリンク)
『デューン/砂の惑星 Ⅰ&Ⅱ』Blu-ray(ハピネット)
『DUNE/デューン 砂の惑星』は2021年10月15日(金)より全国公開
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『DUNE/デューン 砂の惑星』
アトレイデス家の後継者、ポール。彼には“未来が視える”能力があった。宇宙帝国の皇帝からの命令で、その惑星を制する者が全宇宙を制すると言われる、過酷な《砂の惑星デューン》へと移住するが、それは罠だった……。
そこで宇宙支配を狙う宿敵、ハルコンネン家との壮絶な戦いが勃発。父を殺され、巨大なサンドワームが襲い来るその惑星で、ポールは全宇宙のために立ち上がる――。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年10月15日(金)より全国公開