トッド・ヘインズ×ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
二十世紀でもっとも革新的なバンドの1つとして数えられ、後続の多くのミュージシャンに影響を与えたヴェルヴェット・アンダーグラウンド。彼らのドキュメンタリーを、『アイム・ノット・ゼア』(2007年)、『キャロル』(2015年)等で知られるトッド・ヘインズが監督したとなれば、興味をそそられないわけにはいかない。
しかも、アンディ・ウォーホル財団やルー・リードの元パートナー、ローリー・アンダーソンの協力のもと、未発表の素材をたっぷりと使い、マルチスクリーンなどの実験的な映像と音楽の万華鏡による、観ることそれ自体が強烈な体験となり得る作品に仕立てている。
2021年10月15日(金)からApple TV+で配信されるのを前に本作が披露されたスイス・チューリッヒ映画祭で、ヘインズにこの作品について語ってもらった。
「ことあるごとに聴いてはインスパイアされている」
―今日、これだけヴェルヴェット・アンダーグラウンドの未発表の素材が集まったことにまず驚かされますが、本作の成り立ちについて教えていただけますか。
いろいろな積み重ねだけど、手短に言うとルー・リードが2013年に亡くなった後、おそらく曲の出版権を管理しているローリー・アンダーソンとマスターを持っているレコード会社のあいだで話し合いがあったんだと思う。それで彼らから僕に、ドキュメンタリーを作らないかという提案がきた。僕はこれまでドキュメンタリーを作ったことがなかったけれど、迷わず引き受けたよ。彼らの音楽、彼らの時代の文化は、僕にとってすごく大きな意味を持っていたから。
―どんなきっかけでヴェルヴェットの音楽を聴くようになったのですか。
大学生のときに、彼らの2枚目のアルバム(『White Light/White Heat』)を初めて聴いたのがきっかけだった。1980年のことで、すでにバンドが解散して10年近く経っていたから、後追いだね。僕は当時、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージック、パンクロックなどを聴いていたけれど、彼らはヴェルヴェットの影響を色濃く受けている。ヴェルヴェットが彼らに道を開いたと言ってもいい。だから僕は、ヴェルヴェットに出会ったことで好きなミュージシャンたちのルーツを発見したようなものだった。自分がとてもクリエイティブにインスピレーションを受けたことを覚えているよ。自分自身も何かできる、と思わせられるような特別なフィーリングが、彼らの音楽にはあったんだ。
―それはいまに至るまで、ずっと続いていますか。
もちろん、学生時代に初めて聴いたときの衝撃と同じではない。でもいまもつねに、ことあるごとに聴いてはインスパイアされる。90年代に彼らの未発表のトラックやレコーディングが発表されたのは、僕にとってすごく大きなことだった。当時、僕はニューヨークに居て、映画監督になりたてで、監督として人生を歩み始めたところだった。映画作りにおいても、彼らの荒削りな斬新さに多く影響を与えられた。彼らを知る以前と以後では、まったく同じではなかったね。
「世の中をアウトサイダーとしての視点から見る、それこそ彼らが代表していたこと」
―彼らはドラッグやセクシュアリティについて歌い、あらゆるタブーを超越しました。同じ表現者として、解放されるようなところがあったのでしょうか。
まさに自分の仕事における、さまざまな点で自由を感じた。彼らが独特なのは、たとえその歌詞をちゃんと読まなくても、その音楽は歌っていることを感じさせるものがあること。彼らの歌は身体を伝わって入ってくる。そしてルー・リードは、セクシュアリティやタブーのみならず、痛みについても歌っていた。我々みんなが感じる痛みを。それは60年代にあった他の音楽とはまったく異なっていた。
彼は脆さや暗黒について表現し、“生きることはときにとても辛いことだから、自分の人生を無効にしたい、世界をブロックしたい”と歌った。そういうフィーリングを持ってもいいのだと教えてくれた。それは特別なことだ。それに彼らは、アウトサイダーでいることを請け負っていた。そういう感覚を失わないことが大事なのだと。世の中をアウトサイダーとしての視点から見ること、それこそヴェルヴェットが代表していたことだと思う。
―本作では、彼らをプロデュースしたウォーホルがその映画でおこなっていたようなデュアル・フレームや、マルチスクリーンを多用していますが、どのように編集作業を進めたのでしょうか。
僕らはこの映画には、コンセプチュアルで実験的なフォームが必要だと感じた。単に装飾的なわけではない、それがヴェルヴェットのスピリットだから。それで僕自身も編集しながら、他の編集者とあれこれ試しながら決めていった。思う存分やることができて、とても楽しかったよ。
僕にとって大事なことは、彼らの音楽を聴いたときのフィーリングと、映像で見せるもののコンビネーション。僕は当時のニューヨークのカルチャーにフォーカスしたかった。たとえばウォーホルのスクリーン・テストの映像などを観ていると、実際に彼らがそこに居るような感覚に陥る。観ているこちらがタイムトリップしたような気にさせられるんだ。そういう感覚を観る人にもたらしたかった。
というのも、当時のニューヨークはとても豊かで独創的で、素晴らしいアヴァンギャルド・フィルムのシーンがあり、音楽、映画、パフォーマンス、ハプニング、展覧会など、さまざまなアートが交差していた。ウォーホルのファクトリーとヴェルヴェットは、そんなシーンの中心的な存在であり、いろいろなアーティストと交流しながら、慣習を打破していたんだ。
―本作を、2019年に亡くなったニューヨークの実験映画の巨匠であり、出演もしているジョナス・メカスに捧げていらっしゃいますね。彼とは以前から親しかったのですか?
面識はあったけれど、もっと親しくなりたかったと思う。この映画を作り始めた2018年に、彼は96歳になっていたから、プロジェクトの早い段階で彼にインタビューをしようと決めた。とても明晰で、知的でユーモアがあって、素晴らしい話をしてくれた。彼に生前インタビューができたことは、本当に恵まれていたと思うよ。
取材・文:佐藤久理子
『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』は2021年10月15日(金)よりApple TV+で配信
『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』
アイコンとなった伝説のロックバンド、そのレガシーに迫るドキュメンタリー。彼らの目まぐるしい軌跡と時代に与えた衝撃を、貴重なアーカイブ映像や独占インタビューを織り交ぜながら、トッド・ヘインズ監督が前衛的かつ大胆に描き出す。
2021年10月15日(金)よりApple TV+で配信