世界屈指の『007』マニアが観た『NTTD』
『007』シリーズの最新第25作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』が遂に公開された。当初発表されたダニー・ボイル監督降板、長引くコロナ渦による公開延期の試練を乗り越えて、世界中の映画ファンが待ちに待った話題作。そんな『NTTD』に概ね満足できた映画ファンは多いだろう。ただし気持ちの整理がつかず、ストーリーも頭に入らず、やけ酒をあおってしまったという熱心な『007』ファンも少なくないはずだ。
そんな『007』ファンがまだ1回しか本作をご覧になっていないのなら、今すぐにでも劇場に足を運んで2回目に臨んでもらいたい。初見時とは驚くほど印象が変わり、モヤモヤした感情が嘘のように消え去る。そして必ず3回目、4回目を見たくなるはずだ。
※以下、本作の内容に一部触れています。ご注意ください。
パロマ=アナ・デ・アルマスの魅力爆発
本作に登場する<ヘラクレス計画>とは、MI6が10年前にロシアから亡命してきた科学者オブルチェフ(デヴィッド・デンシック)の協力のもと開発を進めてきた極秘プロジェクト。DNAレベルで攻撃者を限定できる細菌型の極小ナノロボット兵器だ。この目に見えないバイオ兵器はシャワーのように浴びたり、香水のように手首につけたり、傷口に触れると瞬時に取り込まれるが実害はなく、一生涯体内に留まる。ただし感染した人間がターゲットとなるDNA情報を持つ人間に触れただけで、瞬時にその相手を殺してしまう恐ろしい兵器だ。
ボンドの宿敵ブロフェルド(クリストフ・ヴァルツ)は高性能のバイオ・アイを使って刑務所の外にいるスペクター幹部と自由にコミュニケーションをとることができる。義弟のジェームズ・ボンドをキューバに誘き出し、自らの誕生パーティーを派手に締めくくるはずだった。しかし、ボンドのみを暗殺するはずのバイオ兵器は逆にスペクターの幹部を皆殺しにしてしまう。ボンドは旧友フィリックス・ライター(ジェフリー・ライト)が用意した美貌の新米エージェント、パロマ(アナ・デ・アルマス)の助けもあり、邪魔する新エージェントのノーミ(ラシャーナ・リンチ)を振り切り、スペクターを裏切ったオブルチェフの奪還に成功する。ちなみに一見頼りないパロマの戦闘能力、お色気、ユーモアは第2ボンドガール(※今作よりボンドウーマン)としては史上最高のパフォーマンスだ。彼女の活躍を見るためにもう一度劇場に足を運ぶファンがいても不思議ではない。
しかし、オブルチェフはスペクターを壊滅させたサフィン(ラミ・マレック)一味によって再び誘拐される。サフィンは日本とロシアの間にある謎の島に残された第二次世界大戦時の旧式の軍事施設を、ナノロボット兵器開発基地にしている。そこには父から受け継いだ毒草の庭がある。このバイオ兵器がターゲットとするDNA情報を個人レベルから民族レベルにすると、大量殺人兵器になりえるのだ。サフィンはこの兵器を第三国に売りつけるつもりだった。さらにサフィンは、ボンドにとって大切な人のDNA情報をインプットした特製のナノロボット兵器を持っていた。そのことを知らないボンドは、恐ろしいバイオ兵器の工場を一掃すべく英国海軍の駆逐艦に島を総攻撃するよう依頼する。そしてサフィンと最後の闘いに挑むのであった……。
ファン落胆? 伝統的なシリーズへの冒涜!?
詳しくはネタバレになるので現時点ではこれ以上書くことができないが、衝撃的な内容に唖然として、失意のもと劇場をあとにした熱心な『007』ファンも少なくないだろう。何を隠そう、最初に見たあとは筆者もその一人だった。特にダニエル・クレイグが6代目ボンドに就任してから製作者は、往年のファンが期待する『007』シリーズの公式、作法、定番、お約束をことごとく覆してきた。金髪ボンドが毎度のようにローグ・エージェント化する展開に眉をひそめる昔ながらの『007』ファンは近年、諦めの境地でクレイグの新作を見てきたはずだ。また、主要キャラのうち誰かが死ぬかもしれない。「死ぬ時ではない」というタイトルとは裏腹に、我々ファンは覚悟して本作に臨んだのだった。
しかし、今回はさすがに驚いた。ついにボンドは正式に引退&隠居し、我々ファンが聖なる数字として崇めてきた「007」のコードネームをあっさり若手の女性エージェントに引き渡している。ボンドがノーミに対して「007」と呼びかけるシーンは、ファンにとって悪夢そのもの。これはもう絶対に越えてはならない一線を越えてしまったことになる。伝統的なシリーズへの冒涜と言えるだろう。
これだけでも、いつもの『007』シリーズを見慣れたファンにとっては目眩がしてくる。さらにボンドは、前作『007 スペクター』(2015年)でMI6を辞職するほど永遠の愛を誓ったはずのマドレーヌ・スワン(レア・セドゥ)を信じられなくなって、あっさり決別している。彼女は大いなる秘密を抱えているようだ。しかし、その後さらに衝撃的な事実が明らかになるから大変だ。
これらの撹乱要因のせいで、ロンドン南東部のベルマーシュ刑務所からスペクターを操るブロフェルド、そしてスペクターを壊滅させて人類を脅かすバイオ兵器を持つサフィンの悪事が頭に入ってこない。『007』シリーズをよく知っているファンであればあるほど混乱するはずで、ストーリーから置き去りにされたまま、あっという間に2時間43分の上映が終わり、奈落の底に落とされた気分になる。
『007』ファンは少なくとも二度見るべし!
このままでは大変だ。もし二度とこの映画を見ることができないのなら、残念ながらこの場に筆者はいない。平常心でレビューすることなど到底不可能で、本作をこき下ろすことしかできず、執筆のお仕事も最終的に断っていただろう。個人的には(『007』シリーズを全て見ているわけではないとカミングアウトした)キャリー・ジョージ・フクナガ監督を一生恨むぞ、と心に誓ったくらいだ。『007』シリーズのファンでいること自体、ボンドと共に引退しようかと思ったくらいだ。
そして2日後、冷静さを取り戻した筆者は2回目、3回目の鑑賞に臨んだ。すると結末を全て受け入れたせいか、物語にすんなり入ることができた。ブロフェルド、サフィンの悪巧みもやっと理解できた。そして何より裏切り者と思い込んでいたマドレーヌに何の罪もないことがわかり、冒頭から彼女が泣きじゃくる姿が切なくて、ビリー・アイリッシュのバラードとともに一気に感情が昂ぶる。映画の登場人物の印象が二度目に全く変わってしまうことはよくあることだが、彼女がボンドに必死に伝えようとしていた“秘密”が能面姿のサフィンに関連していたということだけでなく、さらに彼女がどうしても守りたい人はボンドではなかったのだ、と気づいたときに、マドレーヌの印象がガラリと変わる。筆者は不覚にも4回目、5回目には号泣してしまった。
これだけは自信を持って言える。少なくとも『007』ファンは二度見るべし。本作は、無愛想と言われたダニエル・クレイグのユーモアのセンスも抜群で、大いに笑える(彼の自虐的なセリフもある)。もちろん観客に訴える演技力はピカイチ。彼がブロフェルドに面会する時の野太い声にはゾクゾクした。『007は二度死ぬ』(1967年)『女王陛下の007』(1969年)などクラシカルな初期シリーズへのさり気ないオマージュも満載だ(こちらは次の機会に徹底解説させていただきたい)。ダニエル・クレイグ=ボンドのフィナーレを飾るに相応しい本作は、見れば見るほど思い入れが深くなる。
そしてもう一つ。何が起きようとジェームズ・ボンドは再び戻ってくるのでご安心を。筆者は、ボンドがスクリーンに誕生して60周年となる2022年10月5日に7代目ボンドが華々しく発表されると確信している。
文:村井慎一(ボンド命)
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、2021年10月1日(金)より全国公開中
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
ボンドは00エージェントを退き、ジャマイカで静かに暮らしていた。しかし、CIAの旧友フィリックスが助けを求めてきたことで平穏な生活は突如終わってしまう。誘拐された科学者の救出という任務は、想像を遥かに超えた危険なものとなり、やがて、凶悪な最新技術を備えた謎の黒幕を追うことになる。
制作年: | 2020 |
---|---|
監督: | |
出演: |
2021年10月1日(金)より全国公開中