聴覚障がい者を狙う猟奇殺人鬼
2021年も絶好調の韓国映画界からフレッシュなスリラー映画が届いた。『殺人鬼から逃げる夜』はそのド直球なタイトルどおり、血も涙もない恐ろしい殺人鬼から、とにかく“全力ダッシュ”で逃げて逃げて逃げまくるというストーリー。しかも、本作の主人公は聴覚障がい者である。もちろん過去にもろう者を描いた映画は少なくないが、ここまで肉体的・精神的にアグレッシブな内容に振り切ったスリラーは珍しいかもしれない。
本作の主人公は、お客様相談センターで手話部門を担当しているギョンミ。同じく聴覚障がいを持つ母親と二人で暮らしている彼女は、血を流して倒れている若い女性を見つけ助けを呼ぼうと慌てていたところ、怪しい男に襲われてしまう。なんとか隙をついて全速力で逃げ出したギョンミだったが、そこに「妹を探している」という男性が。実はこの小綺麗なスーツ姿のイケメンの正体こそ、連続殺人鬼のドシクだった……。
ギョンミは路地裏から繁華街まで、ドシクから逃れるべく全力で走りまくり、かつ母の身や他の被害者も心配しなければならないというハードモードな状況。そこに見事なキャラ変で周囲を欺き、獲物を逃すまいと狡猾な戦法を披露するドシク、そのドシクから妹を奪還せんとする元海兵隊員のジョンタクの執念が絡み、ビタイチ気が抜けない100分強のサイコスリラー映画に仕上がっている。
そんな『殺人鬼から逃げる夜』について、事前準備や役作りのポイントなどなど、ギョンミを演じたチン・ギジュとドシクを演じたウィ・ハジュンに語ってもらった。
「俳優としてのチャレンジ精神を刺激してくれた」
―ギジュさんは、耳が聞こえない役のオファーを受けたとき、やりがいと同時に不安も感じられたかと思います。引き受けた決め手を教えて下さい。
ギジュ:出演を決めたのはギョンミのキャラクターが好きだったことと、危機と向き合うギョンミの姿勢、選択、感情、その全てが尊敬できると思ったからです。その後は、どんなふうにギョンミになったらいいか、どんなふうにスリラーに慣れていったらいいか、そこを考えていたと思います。
―猟奇殺人鬼役という、感情移入が不可能であろう役を引き受けた理由を教えて下さい。今後、ご自身の印象が役に引っ張られてしまうかも、という不安はありましたか?
ハジュン:出演することになったきっかけは、本作が俳優としてのチャレンジ精神を刺激してくれたからです。演技を始めた頃からドシクのような強烈な殺人鬼をいつか演じてみたいと思っていたので、難役であることは分かっていましたが、それでも挑戦しました。
悪役のイメージがつく、という考えはありませんでした。今後もたくさんの作品に出演しますし、引き続き色んな役に挑戦するつもりなので、そういった心配はまったくありませんでした。
―ドシクをご自身に憑依させるために、いちばん苦労したポイントは? 役作りの参考にした、実在/架空の殺人鬼や実際の事件、参考にした韓国/海外の映画があったら教えてください。
ハジュン:正直なところ、ドシクという人物を100%理解するのは、一般的な思考では不可能でした。でも、演じる者として彼を理解するために、ドシクだけが持っている何らかのトラウマや心の痛み、そしてなぜこのような人間になってしまったのか等について考え、自分なりの妥当性を探ろうとしました。
参考にした映画は『シャイニング』(1980年)のジャック・ニコルソンさん、そして『チェイサー』(2008年)のハ・ジョンウさんや『悪魔を見た』(2010年)のチェ・ミンシクさんの演技を参考にしながら、その中で僕だけのカラーを作っていこうと努力しました。
「よく知らないという理由で、偏見を持ってはいないか?」
―ギョンミの手話や台詞(話し方)は、とてもリアルで自然に見えました。どれくらい練習されましたか?
ギジュ:撮影に入る前に2か月間、手話の学校に通いました。英語を話せない人が、英語を習って英語で演技をするような感覚でした。初めて手話を習って特別に感じたのは、“視線”です。手話を習いはじめると、相手の手話を読もうとして視線が相手の目ではなく、手に向いてしまいがちなんです。そのため視線が下がってしまうのですが、視線を相手の目の高さに上げるよう意識するのに時間がかかり、かなり苦労しました。
―ろう者を演じることで、初めて知った/学んだことや、そのことでご自身の生活に変化はありましたか?
ギジュ:演じる上で意識をしたことは、もしかして私がろう者についてあまり知らないという理由で、偏見を持ってはいないか? ということです。その点をよく先生に確認しながら勉強しました。少し特別な点があったとすれば、私が最近よく使っている言葉を手話で覚えておけば、アドリブで演技ができるということです。”新しい言葉”で演技しなければならない点だけは特別でしたね。
―ドシクは“静と動”のギャップが恐ろしい人物ですが、“動”のシーンでは激しいアクションシーンもあります。撮影中の印象的なエピソードはありますか?
ハジュン:子どもの頃の数少ない特技が走ることだったんです。ギョンミを追いかける時、スピードの速さを感じれば感じるほど、迫ってくる恐怖も高まると思って走りましたが、僕の足の速さが恐怖心を駆り立てるのに一役買ったようです。
撮影中のエピソードとしては、走るシーンが非常に多かったので、俳優や撮影スタッフがいつも皆の膝を心配し、お互いに鎮痛消炎剤のスプレーをかけてあげたり、塗ってあげたりしていたことです。本作は内容的には重いジャンルの映画ですが、撮影の合間に休む時は三三五五、集まって談笑したり、パク・フンさんのギャグに大笑いしたりしながら撮影したことを覚えています。
「もし殺人鬼と対峙することになったら……」
―もしハジュンさんが殺人鬼と対峙することになったら、まずどう対応しますか?
ハジュン:殺人鬼と対峙することになったら……殺人鬼が武器さえ持っていなければ、勇気を出して戦って、制圧しようとするのではないでしょうか。現実の中で実際にそのような状況になったらどうするか分かりませんが、そんなふうに考えています。
―ギジュさんは、大企業勤務や報道記者を経て俳優に転身されたと伺いました。俳優活動の中で、過去の経験が活きていると感じる瞬間を教えて下さい。
ギジュ:どこに役立っているか具体的には分かりませんが、記者の役なら実際に経験があるので、その仕事について知っているという自信はあります。
―日本の観客にメッセージをお願いします。
ハジュン:『殺人鬼から逃げる夜』が日本で公開され、日本の観客の皆さんに出会えると思うと、とても不思議でワクワクしています。本作を皆さんに楽しんでいただき、ポジティブなメッセージを受け取っていただけたらうれしいです。一日も早くお会いしたいですし、観客の皆さんに大きな祝福があることを願っています。たくさんの期待と愛を送ってください。どうもありがとうございます。
ギジュ:出演者として、とても愛情を感じている映画です。見終わった後、皆さんに多くの余韻を残してくれる作品になってほしいと願っています。
『殺人鬼から逃げる夜』は2021年9月24日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開