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松坂桃李「僕の身体は“役の入れ物”」 『空白』撮影現場のカオスな空気と吉田監督が放つ別次元のエネルギー

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ライター:#SYO
松坂桃李「僕の身体は“役の入れ物”」 『空白』撮影現場のカオスな空気と吉田監督が放つ別次元のエネルギー
松坂桃李

松坂桃李は映画『空白』で、どう“生きた”のか

吉田恵輔監督×松坂桃李×スターサンズ。『愛しのアイリーン』(2018年)『新聞記者』(2019年)で共闘してきた一同が、ついに手を組む――。映画ファンとして、そそられないわけにはいかない“事件”ではないか。

しかも、相対するは吉田監督が「日本のソン・ガンホ」と評する古田新太。さらにいえば、吉田監督自ら書き下ろした、完全オリジナル作。「何が観られるのか」と日に日に期待の声が高まる話題作『空白』が2021年9月23日(木・祝)、いよいよ劇場公開を迎える。

『空白』©2021『空白』製作委員会

ことの発端は、とあるスーパーで起こった万引き未遂事件。店長の青柳直人(松坂桃李)にとがめられた女子中学生・花音(伊東蒼)は逃走中、車にひかれて死亡してしまう。絶望のなか、父親の添田充(古田新太)は娘の無実を証明しようとするが、その行動はエスカレートしていき……。

狂気に染まった添田に青柳が追い詰められていく姿は鳥肌ものだが、その奥には行き場のない哀しみが横たわっている。『空白』の名を冠されたこの作品の“本質”が顔を出すとき、第一印象からは予想しえなかった深遠なドラマに、胸を打たれることだろう。

登場人物がぶつかり合うことで変化していく物語の中で、松坂はどう“生きた”のか。激動の日々を振り返ってもらった。

松坂桃李

古田新太・寺島しのぶへの“怖さ”から生まれた演技

―今回演じられた青柳は、過去のうわさを含めてどこか本性が見えない部分があります。松坂さんはどのように捉えて演じられましたか?

自分の中では、あまり明確な意識を持ったまま演じないようにしようと考えていました。人って、理解しえない相手を理解するためにヒントとなるものを欲しがったりするじゃないですか。たとえば殺人事件が起きると、なぜ人を殺したのかという“理由”を探し求めてしまう。そうすると「家庭の事情」だとか、収集しうる範囲の情報の中で落としどころを探ってしまうけど、本当は違うことって多分にあると思うんです。

『空白』©2021『空白』製作委員会

つまり、人は往々にして分からないものに対して自分が安心する物語を作ってしまう。だから、演じる際には「決め切らずにいこう」と思っていました。僕の性格的に、一個決めてしまうとそこに頼り過ぎてしまうというところがあるから。それよりは、現場のそのシーンの空気感によって出てくる感情を優先したほうがいいんじゃないかとは考えていました。

松坂桃李

―それこそ、共演者とのセッションの中で生まれるものもありますよね。実際に古田さんと対峙されて、いかがでしたか?

いやぁ、怖かったですね(笑)。漁師の役衣装を着た状態で『空白』の世界に入っている古田さんの違和感がなさ過ぎて、見ているだけで「うわ、またあの人が来た」と自然に青柳の気持ちになるんです。無言の暴力のようなものが、そこにありました。

古田さんは、ずっとお酒を飲んでいるんですよ(笑)。劇中、僕が演じた青柳がスーパーの鍵を閉めて出てきたらお酒を飲んでいる添田と出くわす、というシーンがあるのですが、撮影前に既に飲んでいるんです(笑)。これは役作りでやっているのか? それともご自身の嗜好なのか? 僕には見定めることができなかったですが(笑)、ただ一つ言えるのは、本当にその空気に染まっていること。それは間違いなかったですね。

『空白』©2021『空白』製作委員会

―スーパーのパート店員を演じた寺島しのぶさんの演技も、強烈に脳裏にこびりつきました。

一見すごく優しい感じだけど、刺激を与えると何か暴れそうな、膨らんだ風船のような怖さがありましたね。ちょっと尖ったもので突いた瞬間、弾けてしまうような危険性を感じていました。古田さんも寺島さんも、どっちも怖かったです(笑)。

『空白』©2021『空白』製作委員会

自分という“役の入れ物”を理解する

―吉田監督が松坂さんを「“受け”の達人」と評していましたが、やはり受けることで引き出される化学反応が重要だったのですね。

本作に関していうと、青柳は添田の怒りを浴び続けますよね。その“熱さ”は現場に行って、一緒にお芝居してみないとわからない。こちらの感じ方も変わってきますし。それは寺島しのぶさんが演じた麻子においてもそう。何とも言えない、「嫌だ」と言い切れないぬるっとした詰め寄り方を寺島さんが見せて下さったことで、こちらの演技が生まれてきました。

松坂桃李

―青柳の家を訪れた麻子との、ゴミ袋を捨てる、捨てないのシーンの攻防も絶妙でした。

気持ちよくない水の温度みたいな、本当に絶妙なラインを突いてきますよね。古田さんも寺島さんも全く違うアプローチで“圧”を浴びせてくるので、僕としてはすごく助かりました。

『空白』©2021『空白』製作委員会

―しっかり準備して土台を作ったうえで、その場で生まれる感情や感触をダイレクトに入れていく現場だったのですね。

そうですね。僕がこういう仕事をしていなくて青柳のような立場だったら、もしかしたらこういうリアクションをとってしまうかもしれない、というのも入っていると思います。

『空白』©2021『空白』製作委員会

―そうした素養は、人間観察的な部分が大きいのか、それとも松坂さんがこれまでご覧になってきた数多くの映画などから形成されたのか、どちらなのでしょう?

それはきっと、どっちもありますね。役作りにおいては他の作品を参考にすることもありますし、自分に置き換えて「自分だったらこうかな?」と考えていく部分も大切にしています。

やっぱり、自分の体を使って表現している以上、僕という“入れ物”への理解は大事なんです。自分の体だったらどういうリアクションをとるのか、どんな声色が出るのかを自分自身で確かめて現場で出す場合もありますし、ストックとして貯めておいて別の現場で活用するときもあるんですよ。時々、「ここで出てくるか!」と自分で思う瞬間もあります(笑)。

松坂桃李

『空白』で描かれるのは、日常で起こっている摩擦

―非常に面白いお話です。今回組まれた吉田監督は冗談も話される明るい方というイメージがありますが、松坂さんも現場で朗らかな印象があります。ですが、今回の作品は全く逆の、突き刺さるイメージでした。おふたりとも本番になると、ガッとスイッチを切り替える感じだったのでしょうか。

いえ、僕の場合、今回は追い詰められていく役だったので、ずっと“陰(いん)”の状態が続いていました。ただ吉田監督に関しては、おっしゃる通り冗談もちょくちょく言いますし、こうやってあんな映画を撮っていく監督はすごいなと思いましたね。メンタルとは別次元のところでエネルギーを動かしている感じがしました。

吉田恵輔監督 ©2021『空白』製作委員会

追い詰められた青柳を麻子が止めるシーンでも、監督は明るいんだけど現場はピリッとしていて、どちらのテンションで例えたらいいのか分からないくらいのカオスな空気感が流れていましたね。ただ、吉田監督はお芝居をすごく繊細に捉えて「いまよりももうちょっとテンション低めでいこう」とか「もう少し怒りをぶつける感じもやってみようか」と明るく伝えてくれるんです。そうするとこっちも凹まないですし、「わかりました。じゃあ次はこういうチャレンジをします」と前向きにシフトチェンジできるんですよね。

松坂桃李

―それもまた、セッションから生まれてくるグルーブ感ですね。吉田監督、古田さん、寺島さんらと創り上げた『空白』の世界を改めて振り返って、どう感じますか?

角度や目線の違いによって、他者に悪く思われたり、良く思われたりもする。色々な情報によって簡単に惑わされてしまうことって、すごく多いと思うんです。だからこそ、寄りかかり過ぎない意識が大事だなと改めて感じました。

『空白』©2021『空白』製作委員会

やっぱり、寄りかかると楽でわかりやすいんですよ。被害者に想いを寄せて、加害者をものすごく攻撃的な目で見たり……。でも、その一方で加害者がどういう立場だったのかを考えると見え方が変わってくることもあるでしょうし、真実は違っているかもしれない。

『空白』は一つの事件を基にして作っていますが、些細なすれ違い自体は、日常で頻繁に起こっていることだと思うんです。事実は一つしかないけれど、周りの目や自分の意識の違いによって、沢山の真実が生まれてくるんだなと感じます。

松坂桃李

取材・文:SYO
撮影:落合由夏

『空白』は2021年9月23日(木・祝)より全国公開

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『空白』

中学生の少女がスーパーで万引きを疑われ、追いかけられた末に車に轢かれて死亡してしまった。娘のことなど無関心だった少女の父親は、せめて彼女の無実を証明しようと、店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化し、周りの人たちを追い詰めていく。何が真実で何が正義なのか。のみこまれた人々の表と裏、愛と憎しみ、信念が絡み合いながら露になっていく。

制作年: 2021
監督:
出演: