「映画の記憶」を呼び起こされるレトロな質感
これは遠い未来の風景だろうか。いや、案外、数年後かもしれない……。
海面の上昇によって、ほぼ全域が冠水したままのマイアミ。『レミニセンス』は、そんなディストピア的な都市で展開される物語だ。2021年の現実でも、つい先日、ニューヨークの地下鉄の駅が水没状態になったニュースが流れていた。つまり、これは身近に迫った危機だと受け止められる。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)では、大雨によって主人公の半地下の家が水槽のようになってしまったが、これからは世界中で似たようなパニックが頻発するだろう。『レミニセンス』は冒頭から、今の地球が抱える環境問題もふまえてリアルな近未来を予告し、観ているこちらの心を激しくざわめかせる。
そのマイアミで、記憶潜入の装置で仕事をしているのが、退役軍人のニック・バニスターだ。新たな客、メイと惹かれ合う彼だが、そのメイが失踪。事件の背後に隠れた陰謀がゆっくりと明らかになっていく。
対象の人物に鎮静剤、30ボルトの電圧などを与え、水棺のような専用装置に横たわらせる。そうすると重要な思い出が映像で立ち上がってくる。それがニックの記憶潜入手段なのだが、デザインといい、仕組みといい、未来的ではなく、どこかレトロなテイスト。近未来の物語なのに、懐かしいクラシカルなムードが映像全体から漂ってくる。登場人物たちにスマートフォンやタブレットなどをほとんど使わせない演出も、未来と過去の境界をなくしていく。
それが『レミニセンス』の持ち味で、やはり未来を描きながら、どこか過去への退行も感じさせた『ブレードランナー』(1982年)にも似た感触。記憶がホログラフィック的に浮かぶのは、ロビン・ウィリアムズ主演の『ファイナル・カット』(2005年)、水棺に浸された人物の図は、スティーヴン・スピルバーグの『マイノリティ・リポート』(2002年)、ニックとメイの関係はアルフレッド・ヒッチコックの『めまい』(1958年)といった具合に、映画ファンならさまざまな作品を連想してしまうはず。やや強引な例えだが、われわれ観客も「映画の記憶」を呼び起こされるという意味で、ニックの装置に横たわった気分になるのだ。
ノーラン弟&気鋭監督×『グレイテスト・ショーマン』主演タッグ
『レミニセンス』の製作はジョナサン・ノーラン。あのクリストファー・ノーランの弟で、『メメント』(2000年)や『ダークナイト』(2008年)、『インターステラー』(2014年)など、兄の監督作に脚本として参加してきた。そして監督・脚本(オリジナル)を務めたのは、ジョナサンの妻であるリサ・ジョイ。ジョナサンとリサは、ドラマシリーズ『ウエストワールド』(2016年~)を手がけている。
『ウエストワールド』ではハイテクの体験型テーマパークを舞台に、西部劇の世界や日本の江戸時代も再現。アンドロイドなど最新テクノロジーをメインにしたSFドラマながら、過去も重要なシチュエーションで機能していた。これは、記憶を映像で蘇らせ、美術もレトロな『レミニセンス』にどこか通じるものがあり、作り手側のセンスの源流を確認できる。クリストファー・ノーランの斬新な鋭さというより、どこかフィルムノワール的で泥くさいタッチが際立っているのも、ジョナサン、およびリサ・ジョイの志向かもしれない。
ニックを演じるのはヒュー・ジャックマンだが、このキャスティングも作品に濃厚な人間くささを与える。愛する女性の素性を調べ、その居場所を探すことに異常なまでに執着するニックの姿は、他のスターが演じていたら、どこか過剰で現実離れした可能性もある。極端な感情も、観ているこちらに地続きで伝えるヒューの才能が、この『レミニセンス』には生かされたと思う。
運命の女、メイを演じるのはレベッカ・ファーガソンだ。ヒュー・ジャックマンとは『グレイテスト・ショーマン』(2017年)でも共演している。同作でレベッカが演じたソプラノ歌手のジェニー・リンドは、その歌声と美しさで、ヒューが演じた興行師のP・T・バーナムを魅了し、彼の人生も狂わせてしまう役どころだった。運命の女=ファム・ファタールとして、『レミニセンス』のメイに通じる部分もある。ジェニーと同じく、メイも歌を仕事にしており(ナイトクラブの歌手)、彼女が歌い、物語の中でも重要なカギとなるのが、「Where or When(ホエア・オア・ホエン)」という曲だ。
最重要キーワード「記憶」を象徴する選曲
1937年にブロードウェイで上演された、ミュージカル「Babes in Arms」。1939年には映画化もされ(邦題は『青春一座』)、ジュディ・ガーランド、ミッキー・ルーニーという、トップスターが共演した。この「Babes in Arms」は、「マイ・ファニー・バレンタイン」「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」など数々の名曲を生み出した隠れた名作。「ホエア・オア・ホエン」もフランク・シナトラ、アンディ・ウィリアムズ、エラ・フィッツジェラルドなど伝説的シンガーによって歌い継がれた。その「ホエア・オア・ホエン」の歌詞は……。
君といると初めて会った気がしない
どこかで見つめ合ったことがあるよね
でもどこで、いつだったか思い出せない
まさにニックとメイの関係を歌っているようであり、『レミニセンス』の最重要キーワードである「記憶」を表現している。絶妙な曲のセレクト!
「ホエン・オア・ホエン」は、“いつ、どこで、なんてどうでもいい”という歌詞で締めくくられ、余韻を届けるが、『レミニセンス』の幕切れも、観た人がこれからの人生を重ね、なんとも言えない余韻に浸らせてくれる。気鋭のSFサスペンスだと思って向き合ったら、別方向に予想を裏切って結末が導かれる作品なので、まっさらで大らかな気持ちで観た方が、より楽しめる映画という気もする。
文:斉藤博昭
『レミニセンス』は2021年9月17日(金)より全国公開
『レミニセンス』
都市が海に沈み、水に支配された世界で、〈記憶潜入エージェント〉として暗躍するニックに、検察から仕事が舞い込む。新興勢力のギャング組織の男が瀕死の姿で発見された。彼の記憶に潜入し、ギャングの正体と目的を掴めという依頼だ。彼の記憶から映し出された、事件のカギを握る謎の女性メイを追って、多くの人々を記憶潜入(レミニセンス)するニック。だが、膨大な記憶と映像に翻弄されたニックは、予測もしなかった陰謀へと巻き込まれていく──。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2021年9月17日(金)より全国公開