マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)最新作『シャン・チー/テン・リングスの伝説』は、今までのMCUにはなかったタイプのアクション・ファンタジーであり、そしてMCUのこれからに関わる重大事項がいくつも散りばめられたエンターテインメントです。
シャン・チー誕生のいきさつ
まずこの映画の特長を説明する前に、原案となったシャン・チーのコミックについてお話しましょう。シャン・チーは1973年に発表されたマーベルのコミック「The Hands of Shang-Chi, Master of Kung Fu」でデビューしました。まず“Kung Fu(カンフー)”という言葉にご注目ください。
1970年代初頭、アメリカで香港のカンフー映画ブームが起こります。そのきっかけとなったのは『FIVE FIGHTERS OF DEATH/KING BOXER』(邦題『キングボクサー/大逆転』[1972年])という作品でした。このブームを受け、マーベルはカンフー・ヒーロー物のコミックを作ることを決意、そうして生まれたのがシャン・チーだったのです。シャン・チーはコミックの中にマーシャルアーツというアクションを持ち込みました。
そしてもう一つ、マーベルがこのコミックのシリーズを生み出す事情がありました。マーベルはこの時、20世紀初頭に発表された大衆小説の悪役キャラ、フー・マンチュー博士のマンガ化権を手に入れていました。したがって、フー・マンチューをコミックで使いたかったのです。フー・マンチューは中国人という設定。そこでシャン・チーの父親としてフー・マンチューを登場させ、息子シャン・チーは悪党の父を止めるため戦う、というストーリーが生まれます。
後にマーベルはフー・マンチューの権利を失ったのでこの名前が使われることはなくなりましたが、<シャン・チーはアジア系のマーシャルアーツ(東洋系格闘技)のヒーローで、父親はヴィラン>という設定だけは残ります。その後、シャン・チーはアベンジャーズのメンバーになったり、スパイダーマンの指南役になったりと、ちょくちょく他のヒーローと絡む立場で活躍していました。
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アジア系のファンも堂々とコスチュームを纏える新ヒーロー
とはいえマーベルの中ではそんなにメジャーという印象はなかったので、正直シャン・チーが映画化されると聞いて最初はビックリしたのですが、MCUの狙いを知り納得しました。ポイントは『ブラックパンサー』(2018年)の大ヒットです。ブラックパンサーは黒人ヒーローで、特にアフリカ系アメリカ人の支持を集めて成功しました。今度のシャン・チーはアジア系アメリカ人に向けています。
もちろんビジネス的な意味もあるのですが、MCUがダイバーシティを目指しているということが大きい。監督のデスティン・ダニエル・クレットンはエンターテインメント・ウィ―クリー誌のインタビューで、こんなことを語っていました。監督自身、母親が日系アメリカ人の血を引く人です。
「シャン・チーの監督を引き受けた時、子どもの頃のハロウィン・パーティを思い出しました。僕はスパイダーマンの仮装をしていました。それは“マスクで顔が隠れる”から」
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つまりアジア系だと他のアメコミ・ヒーローの格好をしても似合わない、と子ども心にクレットン監督は思っていたのでしょう。シャン・チーが人気になれば、アジア系の子どもたちは堂々とシャン・チーの格好をするはずです。
また劇中曲も、多くのアジア系ラッパーなどを抱える人気レーベル<88rising>が全12曲を担当。これほどサウンド・トラックにアジア系アーティストの楽曲が使用された映画は過去に無いのでは、とのことです。
LAZY SUSAN. 8/10
— 88rising (@88rising) August 8, 2021
21 SAVAGE. 🗡
MASIWEI. 🍽
RICH BRIAN.🔪
WARREN. 🗡 pic.twitter.com/5HhwB27y1j
カンフーアクションからファンタジー・アドベンチャーに展開!?
さて、映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』ですが、コミックにマーシャルアーツを持ち込んだように、この映画はMCUにカンフー映画の楽しさをもたらしました。ひとつ前の『ブラック・ウィドウ』(2021年7月8日より公開中 )は『007』的スパイ・アクション映画でしたが、『シャン・チー』は、もしもジャッキー・チェンがMCUヒーローだったら? みたいなエンターテインメントです。
しかし! 後半、この映画はガラっとテイストを変えます。ファンタジー・アドベンチャーになるのです。
この構成は『ブラックパンサー』と似ていて、韓国・釜山まではヒーローアクションでしたが、後半からは神秘の国ワカンダでの物語になりますよね。まさにああいう展開。そして今までのMCUになかったバトルが繰り広げられます。このあたりは予告編にほとんど出てこないので、「え! そうきますか」と驚くハズです(笑)。
また『シャン・チー』は、今までのMCUとのリンクがほとんどないのです。もちろんちょっとマニアックなキャラが出てきたり、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)の後の世界だし、そもそも“テン・リングス”という名前自体、MCUの記念すべき1作目『アイアンマン』(2008年)につながります。しかし、そういうことを全然知らなくても大丈夫。MCUのフェーズ4の立ち上がりであるドラマ『ワンダヴィジョン』(2020年~)『ファルコン&ウィンターソルジャー』『ロキ』『ホワット・イフ…?』(すべて2021年~)、そして『ブラック・ウィドウ』は、フェーズ3で描かれたことの延長でした。ところが『シャン・チー』には、そういう“しがらみ”がありません。MCUがついに新ヒーローをデビューさせたという感じです。MCUを今まで観たことがない人も楽しめる作品。
その一方で、今までのMCUで描かれてきた“父と子”の物語という遺伝子を受けついでいます。MCUでは父子の対立が鉄板ともいうべき重要な設定。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017年)におけるピーター・クイルとエゴの戦い、『ブラックパンサー』における父ティ・チャカの過ちを正そうとするティ・チャラ/ブラックパンサー、血のつながらない父娘ですがサノスと戦うガモーラ&ネビュラなどなど。ただ、これはもともとシャン・チーのコミックがヴィランである父との戦い、というプロットだったので、シャン・チーがMCU向けにアレンジされたというよりも、今のMCUにシャン・チーの物語が合っていた、という方が正しいかもしれません。
やっぱりトニー・レオンに釘付け! オークワフィナも大活躍
それにしても、本作でシャン・チーの父でありテン・リングス団の首領であるシュー・ウェンウーを演じるトニー・レオンのかっこいいこと! シャン・チーの伯母役のミシェル・ヨーも素敵です。主人公シャン・チーを演じるシム・リウも好感が持てますが、彼の親友ケイティを演じるオークワフィナがとてもキュート。最初はコメディリリーフなんですが、シャン・チーのバディとして大活躍。この先もMCUで活躍して欲しい。
本作はMCU映画というより伝奇カンフー映画として面白かったのですが、最後の最後で「これぞ! MCU!!」という大サプライズがあります。マスクをして観ているので声は出せませんが、心の中で「ワオ!」と叫んでしまいました。ここで、この映画のタイトルが『シャン・チー』ではなく『シャン・チー/テン・リングスの伝説』であった意味がよくわかりました!
シャン・チーとその素敵な相棒ケイティを、心から「ようこそMCUへ!」と祝福したくなります。そして、これからのMCUにまたワクワクしてしまう、そんな気持ちでスクリーンを後にしました。
文:杉山すぴ豊
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』は2021年9月3日(金)より全国公開
https://www.youtube.com/watch?v=X-0OtNj5Z4Y&feature=emb_title