殺人ゲームの衝撃と、定型を作った初期4作
面識のない2人の男、アダムとゴードン医師が目を覚ますと、彼らは洗面所の両端に鎖で繋がれ、中央には謎の死体が置かれ、周囲には金鋸や数々の手がかりが散りばめられていた。そして「さぁ、ゲームを始めよう」とくぐもった声が、世にも凄惨な殺人ゲームの幕開けを告げる――。
その印象的なタイトルは、劇中に登場する金鋸(ハクソウ)からきたものだ。生き残るためには、犠牲をはらえ――。ゲームに強制参加させられた彼らは、そこから脱出するための唯一の方法が、金鋸でつながれてた鎖を切るのではなく、足を切って鎖を外すのだと気づいていく……。
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2004年に製作された『ソウ』は、先述した奇観きわまる状況描写とソリッドな緊迫設定で、映画界に新風を呼び込んだ。アクロバティックかつトリッキーなカメラワーク、回想ショットを挟み込んで事態をつまびらかにしていく、スリリングで無駄のない高速編集。なにより死を回避するために体の一部を犠牲にしなければならない無慈悲な殺人ゲームと、その仕掛け人である猟奇殺人犯・ジグソウという特異なキャラクターを誕生させたのだ。「死と直面して、命の重要性を知るがいい」――。不道徳な人間を戒めるための犯行は、独自の哲学をはらんでいて伝染性が高く、彼の存在を超えて殺人ゲームは展開していくこととなる。
そして『ソウ』は、ジェームズ・ワンとリー・ワネルという、二人の偉大なフィアメイカー(恐怖の創造者)をこの世に送り出した。今やワンはDCのスーパーヒーロー映画『アクアマン』(2018年)を監督し、『インシディアス』(2010年ほか)『死霊館』(2013年ほか)ユニバースなどのオールドスクールなゴーストホラーを量産するメジャーな存在となり、ワネルは『アップグレード』(2018年)や『透明人間』(2020年)といったハイテク風味のSFスリラーを近年意欲的に手がけ、ニュータイプのホラー作家として注目に値する作品を発表し続けている。
そんな彼らが生み出した『ソウ』ではあるが、その翌年に発表された『ソウ2』(2005年)を起点に、シリーズの定型が形作られたといっていいだろう。1作目が提示した要素に加え、グリーントーンの沈んだ色合いや、殺人ゲームがもたらす肉体破壊のバリエーション、そして足場のグラつくようなどんでん返し。それらを拡張させながら、フランチャイズのフォーマットを確立させた。本作において監督の座に腰を下ろした、ダーレン・リン・バウズマンの功績はワンやワネル以上に大きいといえるだろう。
しかし、ジグソウが死を迎える最後のバウズマン監督作『ソウ4』(2007年)以降、手段と目的が反転し、それまでストーリーの副産物であった残酷描写が主体化していき、過激さが先行して話題となるシリーズになっていった感がある。ジグソウの衣鉢を継いだコピーキャット(模倣犯)の正体もひねりが効きすぎて、もはや重度のファンでさえ「あれ、こいつ何者だったっけ?」と混乱をきたしていったことも否めない。たしかに『ソウ5』(2008年)以降もそれぞれが固有の面白さを放っているが、やはり『ソウ』において初期4作の存在はひときわ大きいのだ。
原点回帰にして新章となる『ソウ』の誕生
『スパイラル:ソウ オールリセット』は、2017年に公開された前作『ジグソウ:ソウ・レガシー』の後を受けて製作された、通算9本目となる『ソウ』だ。
独立記念日を祝うパレードの翌日、一人の警官が無残な礫死体となって発見された。偉大なベテラン警官(サミュエル・L・ジャクソン)を父に持つバンクス刑事(クリス・ロック)は、新人パートナーのシェンク(マックス・ミンゲラ)と共にその死を調査するが、現場に残されていたのは奇怪な装置の残骸と、「舌を引き抜いて生きるか、列車に轢き殺されるか、さぁゲームを始めよう」という謎の録音メッセージ……。彼はこの手口が、今は亡きジグソウのものと酷似していることに気づく。
そしてほどなく開始される、第二の凶行。いったい何者が、いかなる動機によって殺人ゲームをおこなうのか――? 自分の職務に誇りを持つバンクスは、警察の名誉をかけて真犯人の挑戦に立ち向かう。
謎をはらみながら再び動き出す、恐怖のソウ伝説。『スパイラル:ソウ オールリセッ ト』はクリス・ロックにサミュエル・L・ジャクソンといった超メジャー俳優の出演が 、過去のシリーズとはおもむきを異にする。なにより今回は、これまでの連続したエピソードの一片や延長ではなく、完全に独立した物語として作品が展開していくのだ。また、シリーズで初めてジグソウが姿を現さないところも、かつてない不安感をあおって新しさを印象づける。しかし、彼の殺人哲学は継受され、より過激で危険度を増した新たな猟奇犯が登場し、物語を至妙に撹乱するのである。
主演のクリス・ロックは本シリーズに心酔するひとりで、自らプロデュースを兼任。なので『ソウ』を再始動させるうえで間違ったことなど、ひとつとしてやってない。ダーレン・リン・バウズマンが本作で再び演出を手がけるのも、その正しい選択のうちのひとつだろう。シリーズのタッチやスタイル、方向性を確定させ際立たせた張本人だけに、ツボを心得た恐怖演出が、この『スパイラル』でも妥協なく炸裂する。特に警官がターゲットとなるところ、汚職に手を染めていたマシューズ刑事を主人公とする『ソウ2』をいやがうえにも思い出させ、『ソウ』の本質へと立ち帰ろうとする「原点回帰」への気概を感じさせる。
そしてもちろん『ソウ』といえば、残虐な殺人ゲームの数々に目が離せない。今回は自ら舌を切って拘束を解かないと電車に轢き殺される装置や、●●を引きちぎって逃げないと●●●にされてしまう電気風呂など、どれも過去作のそれ以上にこってりした残酷さを放ち、悪趣味とむごたらしい趣向に倍々の磨きがかかっている。
死の恐怖と直面し、命の重要性に気づけ――。ジグソウの殺人哲学は、はたして誰に受け継がれ、『ソウ』をどのように進化させていくのか? おぞましい伝統を引き継ぎながら、新たな展開を見せてくれる『スパイラル:ソウ オールリセット』。もちろん劇場を出る際には、例外なくあのテーマ曲が頭の中で渦巻いていることだろう。そう、ジグソウ人形の頬のように――。
文:尾崎一男
『スパイラル:ソウ オールリセット』は2021年9月10日(金)より全国公開
Presented by アスミック・エース
『スパイラル:ソウ オールリセット』
地下鉄の線路上。舌を固定され、宙吊りの男。舌を引き抜いて生きるか、ぶらさがったまま死ぬか? 猛スピードの電車が轟音を立てて迫り、やがて無残にも男の体は四散する。それはジグソウを凌駕する猟奇犯が仕掛けた、新たなゲームの始まりだった――。
ターゲットは《全て警察官》。
不気味な渦巻模様と青い箱が、捜査にあたるジークと相棒ウィリアムを挑発する。やがて、伝説的刑事でありジークの父・マーカスまでもが姿を消し、追い詰められていくジーク。ゲームは追うほどに過激さを増し、戦慄のクライマックスが待ち受ける。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2021年9月10日(金)より全国公開