衝撃の真実に挑んだナイト・リッダーの背景
最初に新聞社<ナイト・リッダー>の背景について簡略に説明しておきたい。かなりめまぐるしい歴史を持っているのだ。「リッダー」とはオランダ語で「騎士」を意味し、2006年に買収されるまでは創立者ハーマン・リッダーの姓に由来し、サンノゼに17階建ての本部を置く全米二位の新聞チェーンだった。さらに元を尋ねれば、ニューヨークで発刊されていたドイツ語新聞を買収、二度の大戦で敵国となったドイツゆえに、同紙は両大戦間に首尾よく英語紙に転換を遂げるものの、政治から距離を置いた「商業ジャーナル」だった。
ちなみに、植民地獲得競争に出遅れたドイツ(ビスマルクが「神聖ローマ帝国」との競り合いで統一に出遅れた)は 国民が米豪などの英系植民地に集中した。1974年、この2つの系統(普通紙と商業紙)が統合され、短期間ながらナイト・リッダーは全米最大の新聞系列となる。他方、技術革新にも鋭敏で、1983年には「ビュートロン」(※オンラインサービス)を導入するが、調査の結果、早くもこれを廃止した。ところがナイト・リッダーは1997年にウォルト・ディズニー社から、元は自社所有の4紙を買い戻している。しかし、株主総会の議決で前記のように2006年32紙をマクラッチ社に売却したのである。
支局長ジョン・ウォルコットと編集陣が勇み立った理由
こういうめまぐるしい背景ゆえに、この系列の記者等は記者としての功名心に逸りたっていた。この点、映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)でワシントン・ポストがニューヨーク・タイムズとの競合に競り勝つべく標題の機密書類の暴露に賭けた経緯を連想させる。日本では大阪=ニューヨーク、ワシントン=東京で、東京は大阪を凌駕し、米ではニューヨークがはるかにワシントンを凌駕している。従ってワシントン・ポストは何とかニューヨーク・タイムズに競り勝ち、「田舎新聞」の汚名を凌ぐべく“ペンタゴン・ペーパーズ”暴露に社運を賭けた。これと似た背景がナイト・リッダーの記者陣の気張りにも感じられる。
要はイラク侵攻の言い訳にサダム・フセインが「大量破壊兵器を保持しており、オサマ・ビン・ラディンとグルだ」とするブッシュ息子大統領の言い訳に同社の記者たちが噛みつくのである。ちなみに噛みついたのはナイト・リッダーだけ。その指揮官となったのは、ロブ・ライナー監督が演じるワシントン支局の支局長ジョン・ウォルコットだった。
テキサス魂のエキス、「スコッチ=アイリッシュ」
こういう「反骨」が最も似合うのは、北アイルランドから入植した「スコッチ=アイリッシュ」で、映画で記者陣の先鋒となるジョナサン・ランデーを演じるウディ・ハレルソンこそまさにスコッチ・アイリッシュである。歴史的にはエリザベス一世が征服した北アイルランドに送り込んだスコットランド人こそ英国国教徒で、地元のアイルランド系カトリックと死闘を繰り返す。両者の殺し合いは20世紀末まで続いた。
スコッチ=アイリッシュは英国からの移民第4派で、英系では最後であり、すでに土地は先行民族集団にとられており、メキシコとの戦争で米が奪ったテキサスに集中した。テキサス人が持つ強烈な気性はスコッチ=アイリッシュ魂のしからしむるところで、今日のアメリカ人の攻撃性を象徴している。
テキサスが合衆国連邦に加盟する「テキサス共和国」の初代大統領を務めたサム・ヒューストン、アラモ砦で玉砕を遂げた兵士のほぼ全員がスコッチ=アイリッシュで、外からやってきたのに同じく玉砕を遂げた有名なデイヴィ・クロケットもそうだった。だから識者はこういうテキサス魂こそアメリカの将来を担うと気づき、ブッシュ一族の頭領もその一人で、孫と曾孫を東部からテキサスに移住させた。
ブッシュ父子とハレルソンはともにテキサスのミッドランド育ちである。これが敵味方に分かれる皮肉な背景を監督のロブ・ライナーが知悉していたことは映画、『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(2016年)でテキサス出身の主役リンドン・B・ジョンソン役にハレルソンを使ったことでも明らかだ。
“記者たち”には意地がある ― 特にナイト・リッダーの記者たちには。ランデーと孤立無援に近い戦いを展開した彼らの意地には、「スコッチ=アイリシュ魂」を継ぐエキスが横溢していたのである。
皮肉なのは前にも書いたように、ほうほうの体でメキシコからアメリカに戻った筆者が仰天した巨大な星条旗の乱舞である。この乱舞こそ「9.11」に対する米側の怒りの痛烈さで、片やブッシュ息子はイラク侵攻に逸り立ち、片やランデーらナイト・リッダーだけはブッシュ一派の虚言に怒ったのだ。のちに政府も「9.11」にイラクが関与していたことを否定している。なお、ランデーは2006年にナイト・リッダー32紙を買収したマクラッチー社で同紙の国家安全保障担当記者として重用され、その後ロイターに移っている。
メディアの統合をめぐる買収劇で姿を消したナイト・リッダーだが、創立者の名に由来する「夜の騎士団」という不吉な自称には、この映画で描かれる権力に食らいつく不敵さが伺える。
文:越智道雄
『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』は2019年3月29日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』
真実は、誰のためにあるのか?
仕組まれたイラク戦争、その真実を追い続けた記者たちの揺るぎない信念の物語。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |