ジェシー・アイゼンバーグ独占インタビュー【前編】
映画好きならば、マルセル・マルソーという名前に聞き覚えがあるだろう。「パントマイムの神様」と称えられたマルソーは俳優としての活動こそ数えるほどだが、身体技法としてのマイムを芸術の域にまで高めた、エンターテインメント史にその名を刻む偉人である。
そんなマルソーの知られざる青年時代が、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)や『ゾンビランド』シリーズ(2009年/2019年)で知られるジェシー・アイゼンバーグ主演で映画化。『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』というタイトルどおり、第二次世界大戦中にレジスタンス運動に身を投じていたマルソーの半生を描く、感動の実録ヒューマンドラマだ。
マルソーと同じくユダヤ人であり、他にも多くの共通点があることを知ったというアイゼンバーグ。『テネット』(2020年)のクレマンス・ポエジーや『ワルキューレ』(2008年)のマティアス・シュヴァイクホファー、さらに名優エド・ハリスらと共演した本作で、彼はマルソーの半生/自身のルーツといかに向き合い、何を学び、どのように還元していったのか? BANGER!!!独占インタビューを前後編でお送りする。
「パントマイムを学んだことにより、役者としても成長したような気がする」
―あなたは早い段階でこの作品に加わりました。この作品の内容が、自分自身の人生と被るそうですね。撮影に参加した当初、この作品の印象はどういうものでしたか?
驚く点がいくつもあったよ。僕の母親はバースデー・パーティー・クラウンで、彼女は朝6時に起きて顔をマルセルのように白く塗りたくって、ニュージャージー州の子供の誕生日パーティーでパフォーマンスをしていたような人だったんだ。母はマルセル・マルソーの大ファンだったらしいけど、僕にそのことについて語ることはなかった。だから、僕はマルソーのことを何一つ知らなかったし、ユダヤ人であることも知らなかった。彼は自分の名前を、途中でフランスらしい苗字に変えたからね。それに、第二次世界大戦中の彼の活動についても知らなかった。
初期の段階で彼に関する簡単なリサーチをしていた時に、彼と僕は同じポーランドの小さな街出身で、少なくとも同じようなキャリアに興味をもっていることが明らかになった。そして戦争が勃発する前は、フランスの新人向けの小屋で一人芝居を打っていたことも知った。僕自身も同じく、駆け出しのころにニューヨークでこういった一人芝居をやっていたんだ。もちろん僕の場合は、同時期に戦争が起きていたわけではないけどね。
第二次世界大戦の時期を描いた大きな作品に出演するのは初めてだったし、自分の人生とはかけ離れていると思いきや、こういった驚くような共通点がいくつもあったんだ。
―今回は、どのような役作りをしましたか? 実在の人物であるだけでなく、独自の技術を持った人でもありますよね。技術を習得しつつ、マルセル・マルソーを演じる必要があったと聞きました。
うん、これはとてもまれな体験だと思う。俳優というのは、基本的にディレッタンテ(楽しむ人)のようなものだ。数週間スキル習得のみに没頭し、カメラの前でも自然に演じられるようにした。観客が見たときに、本物だと信じ込ませることができるくらいにね。
今回は、撮影まで十分に準備期間があった。マルセルはマイムの巨匠と言われている人だから、本作の劇中でマイムの振付をすべて担当した先生のもとで、何か月もマイムを学んだ。ローリン・エリック・サームというすばらしいマイム・アーティストだよ。フランスの学校で、何年間もマルセル・マルソーのもとで学んだ人。マイムの歴史をはじめ、マルセル・マルソーのこと、マイムのルーティーンについても教えてくれた。また、マルセルだけがやっていた動きなども伝授してくれた。マルセルならではの動きをマイムのルーティーンの中にちりばめていたんだけど、あれがマルセルのジェスチャーだとわかるのは、マイム・アーティストくらいじゃないかな。
そうやって役を具体的にしていくことで、役になじんでいった。役を理解していくことによって、自由になれたんだ。こういったトレーニングが必要だったという意味で、他の役よりも努力する必要があったけど、すばらしい体験だった。パントマイムを学んだことにより、役者としても成長したような気がする。自分が発する言葉よりも、体に集中するということだから。
「戦争に実感が沸かないからこそ、できるだけ近づこうと努力した」
―今回の役は、これまで演じてきた役とどう異なりますか?
この役は、いろいろと習得しなければならないスキルがあった。半年間アクセントコーチについて、フランス語の訛りを学んだよ。劇中では英語を話しているけれど、フランス語の訛りがなければならなかったから。つまりフランス語を学ぶというよりは、フランス語訛りの発音を学ぶような感じ。これは、すごく奇妙で俳優じゃなかったら経験しないよね。
そしてもちろん、パントマイムを習得しなければならなかったし、パントマイムの歴史も学んだ。ユダヤ系アメリカ人として……第二次世界大戦を生き延びた人間は身近にいたけれど、あの戦争を身近に感じられるほど多くはいなかった。僕の世代の多くの人間がそうであるように、この戦争に興味はあるんだけど、どうしても実感が沸かない。だからこそ、この戦争体験にできるだけ近づこうと努力したんだ。
僕にはポーランドに戦争を生き延びた親戚がいる。ヨーロッパ中央部やドイツで撮影することで、この戦争の悲劇と再び向き合った。できるかぎり、この戦争に感情移入できるよう、過去の出来事を現在の出来事のように身近に感じようとしたよ。
―子どもたちと一緒に仕事をしてみてどうでしたか?
彼らが周りにいてくれたおかげで、とても救われた。というのも、僕は何ヶ月も鏡の前でひとりでマイムを練習していたわけだから。ひとりでずっと練習をしていると、もうこれ以上うまくならないんじゃないか? と壁にぶち当たって、フラストレーションがたまるものなんだ。この映画にふさわしいレベルに達することなんて一生ないんじゃないか……と悲観的になっていたんだよね。
初めて子どもたちの前でパフォーマンスをするシーンを撮影した日、目の前には30名ほどの子どもたちがいた。みんな突然孤児になり、新たな場所に連れられてきて、動揺している状態。マルセルは、最初は小さな動きからパフォーマンスをはじめた。そこで子どもたちも少しずつ元気を取り戻していく。やがて彼は、子どもたちにとって価値あるものを与えているのかもしれないと感じ始める。彼は子どもたちに何かを与えてはいるんだけど、パフォーマンスを楽しむ子どもたちからもを貰った。そういうことが、実際に起きたんだ。
子どもたちは演技の経験がないから、嘘がないし、前もってリアクションを準備したりしない。とても本能的な、正直な反応だった。みんな、とても喜んでくれたよ。マイムというのは、言葉を超えるすばらしい芸術だ。年齢差だって関係なくなる。いろんな意味で、“意味を超える”んだ。言語的なメッセージではなく、感情を伝えるようなもの。子どもたちはみんな笑い出し、僕と交流しはじめた。すべてが自然だった。その体験が、僕のからだの中にしみ込んで、僕を勇気づけてくれたんだ。今まで練習してきたことは無駄じゃなかったんだ、この子どもたちにとっては価値あるものなんだと思えたよ。
駆け出しのころに一人芝居を経験してから、こうやって子どもたちの前でパフォーマンスをしたマルセルの気持ちを想像した。彼も自分のパフォーマンスに新たな意味を見出しただろうね。マルセルの体験に比べたら、僕の体験なんてちっぽけなものだけど、そう感じたんだ。
『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』は2021年8月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』
1938年フランス。アーティストとして生きることを夢見るマルセルは、昼間は精肉店で働き、夜はキャバレーでパントマイムを披露していた。第二次世界大戦が激化するなか、彼は兄のアランと従兄弟のジョルジュ、想いを寄せるエマと共に、ナチに親を殺されたユダヤ人の子供たち123人の世話をする。悲しみと緊張に包まれた子供たちにパントマイムで笑顔を取り戻し、彼らと固い絆を結ぶマルセル。だが、ナチの勢力は日に日に増大し、1942年、遂にドイツ軍がフランス全土を占領する。マルセルは、険しく危険なアルプスの山を越えて、子供たちを安全なスイスへと逃がそうと決意するのだが──。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年8月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開