テレビシリーズ『サンフランシスコ捜査線』(1972年~1977年)の新人刑事役で注目され、『カッコーの巣の上で』(1975年)と『チャイナ・シンドローム』(1979年:兼出演)でプロデューサーとしての手腕も高く評価された、若き日のマイケル・ダグラス。彼がハリウッドスターとして広く知られるようになったのが、主演と製作を兼任した本作『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』(1984年)だった。
80年代の映画ファンの心をときめかせたロマンティック・アドベンチャーの佳作
『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(1981年)のヒットを受けて作られた亜流のアドベンチャー映画と思われがちな本作だが、いま改めて観てみると、その方向性はかなり異なるものであることに気づく。主人公はキャスリーン・ターナーが演じるロマンス小説家のジョーン・ワイルダーであり、物語の主題は秘宝の謎よりも、内気だった彼女が冒険を通して内面的にも外見的にもりりしくなっていく過程を描くことに重点が置かれている。ダグラスが演じる流れ者のジャック・コルトンも、インディアナ・ジョーンズに比べるとガサツでお金への執着が強い、ちょっとクセのあるキャラクターだ(そこが彼の魅力でもあるのだが)。
本作はタイプの異なる男女が衝突しながら困難を乗り越えていくうちに、互いに惹かれ合っていく様子を描いた、ロマコメ要素の強いアドベンチャー映画と言えるだろう。のちに『6デイズ/7ナイツ』(1998年)や『フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石』(2008年)、『幸せの1ページ』(2008年)といった同系列の作品が作られたことからも、業界内で本作のファンは多いものと思われる。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの作曲家によるポップなフュージョン・サウンド
『ロマンシング・ストーン』のロマコメ色をより強いものにしているのが、アラン・シルヴェストリのメロディックでお洒落な音楽である。本作でロバート・ゼメキス監督と意気投合した彼は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ(1985年、1989年、1990年)や『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)、『魔女がいっぱい』(2020年)など、今日に至るまで多くの作品でタッグを組んでいる。
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『アベンジャーズ』(2012年)のようにスケール感のあるオーケストラスコアの印象が強いシルヴェストリだが、本作では「ラテン音楽の要素を持った、リズミックで明るく楽しいサウンド」を目指したという。そうして出来上がったのが、オーケストラと電子楽器(キーボード、ギター、ベース)の演奏を中心に、マイアミ・サウンド・マシーン風のリズムアレンジと、スムーズジャズ/フュージョンの手法を取り入れたポップなスコアだった。
「冒険映画にフュージョン・サウンド」という組み合わせは少々意外に思えるものの、当時大人気だったケニー・Gやイエロージャケッツを彷彿とさせる都会的なサウンドは、ニューヨークに住むジョーンのキャラクターをうまく表現していた。メインテーマの流麗なメロディを多彩なアレンジで聴かせる手腕も素晴らしく、エンドクレジット曲は珠玉のフュージョン・ナンバーに仕上がっている。
ちなみに映画の冒頭、ジョーンのロマンス小説のイメージ映像の場面で使われているのは、アルフレッド・ニューマンが作曲した『西部開拓史』(1962年)のテーマ曲である。
ストーンズやN・ヤングとコラボした鬼才ミュージシャンが『ナイルの宝石』の音楽を担当
『ロマンシング・ストーン』のヒットを受け、翌年に続編となる『ナイルの宝石』(1985年)が製作された。
しかし、ゼメキスとシルヴェストリは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の製作に取りかかり、魅力的なキャラクターを創作した脚本家のダイアン・トーマスも、スピルバーグのプロジェクトに招聘されたため続編から離脱(その後トーマスは1985年10月に自動車事故で亡くなっている)。監督・脚本家・作曲家を一新して作られた『ナイルの宝石』は、続編でありながら前作とはだいぶ雰囲気の異なる作品となった。
F-16や列車を使った派手なアクション、歌曲の使用、ダグラス、ターナー、ダニー・デヴィート(ラルフ役)を出演させたビリー・オーシャンの主題歌のミュージックビデオ制作など、スタジオの意向で“若い客層へのアピール”を狙って様々な試みが行われたという話だが、スコア作曲を手掛けたジャック・ニッチェもまた、そんな“若者ウケ”を狙っての人選だった。
ニッチェはフィル・スペクターのもとで“ウォール・オブ・サウンド”の制作に貢献し、ローリング・ストーンズやニール・ヤングのアルバムに鍵盤楽器奏者/アレンジャー/プロデューサーとして参加していたミュージシャン。映画音楽の分野では『カッコーの巣の上で』と『愛と青春の旅だち』(1982年)でアカデミー賞作曲賞にノミネート。後者ではジョー・コッカーとジェニファー・ウォーンズが歌った「Up Where We Belong」で歌曲賞を受賞している。また、ダグラスが製作総指揮を務めた『スターマン/愛・宇宙はるかに』(1984年)でゴールデングローブ賞の作曲賞にノミネートされており、満を持しての本作への参加だった。
シルヴェストリのお洒落なフュージョン・サウンドから一転、ニッチェは本作でエキゾティックな旋律を用いたシンセサイザー主体のスコアを作曲した。“当時最先端の音”なので、いま聴くと少々古さを感じてしまうものの、ニッチェが作曲した美しい「愛のテーマ」も含めて、これもまた味のあるスコアである。
ニッチェは2000年に亡くなるまでに30本以上の映画/テレビ音楽を作曲した。彼の仕事を振り返ってみると、『インディアン・ランナー』(1991年)と『クロッシング・ガード』(1995年)のショーン・ペン、『ホット・スポット』(1991年)のデニス・ホッパー、『パフォーマンス/青春の罠』(1970年)のニコラス・ローグなど、作家性の強い監督たちに起用されることが多かった。『ナイルの宝石』は、彼のフィルモグラフィーの中でも珍しい娯楽アクション大作だったと言えるだろう。
文:森本康治
『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』『ナイルの宝石』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年8月放送