世界に対する“幻滅”による痛みが織りなす美しい物語
毎回、異なる作風の映画を制作して話題を呼ぶ、フランスのスター監督、フランソワ・オゾン。2021年8月20日(金)より公開中の新作『Summer of 85』は、そんな彼がずっと心の奥に仕舞っていた、かけがえのない題材だ。
オゾンが17歳のときに読み、それ以来自分が映画監督になったらいつか撮りたいと思っていた英国の作家エイダン・チェンバーズの「おれの墓で踊れ」を、フランスに舞台を移し、新進俳優フェリックス・ルフェーヴル(アレックス役)とバンジャマン・ヴォワザン(ダヴィド役)を起用し映画化。思春期の青年ふたりの、ひと夏の出会いと別れを描いた鮮烈な物語を、30年以上を経てついに映画化した彼に話を訊いた。
「白馬の王子などいないことを知る、痛みが伴う物語の美しさ」
―あなたのこれまでの作品と比べてこの新作は、パーソナルなカラーが濃いですね。初めて読んだときの印象をいまでも覚えていますか。
よく覚えているよ。当時は僕自身も青春真っ只中で、恋をしていたから(笑)。僕の心にいつまでも焼きついて離れなかった。でも懐かしいという気持ちとは違う。というのも、80年代は僕にとって、エイズと結びついた暗い時代だったから。当時フランスは若い人がエイズで死んでいて、恋愛をしても「気をつけろ、セックスをしたら死ぬかもしれないぞ」と考えてしまうような恐怖があった。この原作は80年代にフランスで発売されて、多くの若者がエイズ時代のメタファーとして読んで、カルトになったんだ。
―それにしても、映画化するのにこれほど時間を要したのはなぜですか。
それは自分でも考えてみたんだが、この物語を距離を持って見られるようになるには時間が必要だったということだと思う。若い頃にはキャラクターが自分に近すぎた。いまは自分も年齢を経て、もっと理解も深くなったし、冷静にこの物語を語れるようになった。
―原作では、アレックスはもう少しませているような印象がありますが、ここまで純粋なキャラクターにした意図は? アレックスとダヴィドのコントラストを強くするためでしょうか。
思春期の恋愛を美しく描きたかったんだ。初恋は多くの人にとって、イノセントでナイーブなものだと思う。アレックスは初めて恋をして、自分のセクシュアリティに対する感情を発見する。それはとても美しい。
この物語で一番僕が惹かれるのは、ふたりの愛に対する異なるビジョンの対立。アレックスはとても純粋で、いわば白馬の王子を信じている。彼はダヴィドこそがその相手だと思うけれど、やがて理解する。白馬の王子などいないことを。そこに痛みを伴う物語の美しさがある。それはほとんどのティーンが一度は味わうことじゃないかな。
彼らがなぜ、ときに暴力的になるのかと言えば、それは痛みのなかで理解するからだ。世界は親から聞かされているような美しいものではないと。少なくとも僕の場合はそうだった。いまの子供はインターネットがあるから、早くからなんでも知っているかもしれないけれど(笑)。この映画では、そうした幻滅が物語の美しさを織りなしている。
「オートバイの二人乗りは青春映画には欠かせない、避けて通れないものだよ(笑)」
家族とともに海辺の街に越してきた16歳のアレックスは、地元の店を経営する母を手伝う、2歳年上のダヴィドに出会う。純粋なアレックスは、父を亡くしどこか破滅型のダヴィドに恋をする。今を目一杯謳歌するダヴィドとアレックスは急速に親しくなるが、ダヴィドにとってそれは、アレックスが期待するような特別なものではなかった。やがてふたりの考え方の違いが悲劇を生む。
ストレートな青春映画のようだが、構成にはひねりがある。冒頭、カメラに向かって喋るアレックスの語りを聞きながら、観客は一体何が起きたのかと引き込まれ、物語が進むに連れて真相を発見する。そこにオゾン監督の巧みな演出力があると言えるだろう。そしてなんといっても、新人発掘に定評のある彼が白羽の矢を立てた、フェリックスとバンジャマンのコンビが鮮烈な魅力を放っている。
―フェリックスとバンジャマンはどのように選んだのですか。
オーディションで出会ったんだ。僕は何より二人の俳優の相性が大事だと思っていたけれど、合うコンビを見つけるのは難しかった。でもフェリックスに会って、すぐに彼こそアレックスだと思った。彼の持っている純粋な面やフレッシュな魅力がこの役にぴったりだと。一方、バンジャマンはアレックスよりもキャリアがあって、最初はアレックス役のキャスティングで出会ったけれど、アレックスを演じるには彼は成熟して経験がありすぎると思った。それでダヴィドの役を提案した。それからふたりで一緒にリハーサルをやってもらい、すぐに彼らは特別相性がいいと感じた。映画にとって完璧だと思えたよ。
―ふたりが一夜を過ごすシーンもありますが、彼らにとってこうしたセクシュアリティを演じることには抵抗がないようでしたか。
彼らはとても自然で屈託がなかった。同性同士の恋愛に対しても、なんの問題もなかった。いまの若者は前の世代と違って、一般的にオープンだと思う。以前なら、男優はこういう役をやるのを嫌がったものだけど。じつはベッドシーンも、リハーサルでは色々な体位を試してみたんだ(笑)。『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)以来、フランス映画では赤裸々なセックスシーンは珍しくなくなっているからね。
それなら、ふたりの青年のカーマスートラ的なラブシーンを定位置から撮影しようと思ったんだが(笑)、実際に試したら滑稽すぎて、みんなで笑ってしまった。だから結局使わなかったんだ。それに結果的にセックスシーンがない方が、観る者がいろいろと想像できていいと思った。
―冒頭のアレックスの語りを聞いて、観客は一挙に物語に引き込まれます。その後、徐々に真相を発見していくスリラーの要素もありますね。
原作自体がパズルのように書かれていて、読み進むに従っていろいろな要素が出てきて、少しずつわかってくる。そういう構成を映画でもキープすることで、スリラーの要素を出したかった。
―少年たちの触れ合い、オートバイの二人乗りのシーンなどは『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)を彷彿させられますが、インスピレーションを受けていますか。
フェリックスとバンジャマンには、撮影が始まる前に観ておくように言った。でもオートバイの二人乗りは、青春映画には欠かせない、避けて通れないものだよ(笑)。
―80年代ニューウェイブ・ミュージックとともに、AIRのジャン=ブノワ・ダンケルのオリジナル・ミュージックを使用されていますが、音楽のコンセプトについても聞かせてください。
音楽は、自分が当時十代だったときに聴いていたものを使った。僕はイギリスのニューウェイブが好きで、ザ・キュアーなどをよく聴いていたんだ。AIRもとても好きで、彼らはフランスの最良のグループのひとつだと思う。それにジャン=ブノワも僕と同じ世代で、80年代から影響を受けている。それで会ってみたくなった。実際に会ってこの企画のことを話したらすぐに乗ってくれて、いくつか見本の曲を送ってくれた。それはメランコリックでセクシーで、ノスタルジックで、時代感を出すのにパーフェクトだった。それで担当してもらうことになったんだ。
取材・文:佐藤久理子
『Summer of 85』は2021年8月20日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開
フランソワ・オゾン監督の新作『Summer of 85』8月20日(金)公開
— 映画評論・情報サイトBANGER!!!【公式】 (@BANGER_JP) July 26, 2021
永遠の別れを知るまでの、
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『Summer of 85』
セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックスは、突然の嵐に見舞われ転覆してしまう。そんな彼に手を差し伸べたのは、ヨットで近くを通りかかった18歳のダヴィド。運命の出会いを果たした二人だが、その6週間後に、ダヴィドは交通事故で命を落としてしまう。
永遠の別れが訪れることなど知る由もない二人は急速に惹かれ合い、友情を超えやがて恋愛感情で結ばれるようになる。アレックスにとってはこれが初めての恋だった。互いに深く想い合う中、ダヴィドの提案によって「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てる二人。しかし、一人の女性の出現を機に、恋焦がれた日々は突如終わりを迎える。嫉妬に狂うアレックスとは対照的に、その愛情の重さにうんざりするダヴィド。二人の気持ちはすれ違ったまま、追い打ちをかけるように事故が発生し、ダヴィドは帰らぬ人となってしまう。悲しみと絶望に暮れ、生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドとあの夜に交わした誓いだった─。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年8月20日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開