対照的な“2人の女”を的確にあらわす、挿入歌と劇伴
ビデオブロガーのシングルマザーが、セレブなママ友の“ささやかな頼み”を引き受けた結果、思わぬ事件に巻き込まれるサスペンススリラー『シンプル・フェイバー』(2018年)。『ゴーン・ガール』(2014年)や『ガール・オン・ザ・トレイン』(2016年)のように女性のダークな一面を描いた作品ではあるが、それらと並べて語るには、本作は少々異質なテイストを持っていると言えるかもしれない。
サスペンス映画の定番である「巻き込まれ型主人公」のはずのステファニー(アナ・ケンドリック)は、気立てが良すぎてどこかフツーじゃないし、ピュアそうな見た目からは想像もつかない“秘密”を抱えたクセ者キャラ。一方のエミリー(ブレイク・ライブリー)もマニッシュな衣装で颯爽と登場し、ミステリアスでアンニュイな雰囲気を漂わせて男も女も魅了する、「悪女」を超えたパワフルなキャラクター。さらに監督・製作が『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(2011年)や『ゴーストバスターズ』(2016年)を手がけたポール・フェイグなので、意外なところでパンチの効いたユーモアを入れてくる。そんな「オシャレでミステリアス、恐ろしくて同時におかしくもある」という本作の独特な雰囲気は、音楽演出の面でも徹底されている。
まずスタイリッシュなオープニングタイトルで流れるジャン・ポール・ケラーの“Ca S’Est Arrangé”で一気に物語の世界に引き込まれるが、劇中でもフランソワーズ・アルディの“さよならを教えて”やセルジュ・ゲンスブールとブリジット・バルドーのデュエット曲“ボニーとクライド”、ジャック・デュトロンの“Les Cactus”、ザーズの“Les Passants”などのフレンチ・ポップスが多数使われている。これらはエミリーのセンスの良さや豪邸での優雅な暮らしを感じさせるが、本人にとっては「ここではないどこか」への現実逃避のための音楽だというのが面白い。エミリー関連ではLOLOの“I Don’t Want To Have To Lie”の使われ方も鮮烈な印象を残す。
そしてエミリーの失踪事件を通して自信に溢れる女性へと変わっていくステファニーは、マラ・ロドリゲスの“Fuerza”やM.O.P.の“Ante Up (Robbin Hoodz Theory)”などのヒップホップで気分を高揚させ、後者では車を運転しながらキレッキレのラップを口ずさむ奔放さを見せる。映画のラストで流れるオレルサンの“Changement”とノー・スモール・チルドレンの“娘たちにかまわないで”(フランス・ギャルのカヴァー)に至っては、いろんな意味で驚愕のエンディングも相まって、女のタフさとしたたかさに爽快感すら覚えてしまう。
このように既存の楽曲がステファニーとエミリーのキャラクター作りに大きく貢献している一方、映画音楽家セオドア・シャピロが作曲したスコア(劇伴)は、嫉妬・羨望・本音と建前といった女たちのスリリングな心理戦を「オーケストラ+シンセ」の洗練されたサウンドで描き出している。エミリーの登場シーンで流れるミステリアスなテーマ曲も印象的だし、失踪事件の闇の深さを暗示するメインテーマのミニマルなメロディも耳に残る。サスペンススリラーの音楽でありながら重くなりすぎず、さりとて軽すぎず、オシャレに仕上げたサウンドは、「21世紀のサバーバン・ノワール(郊外が舞台の犯罪映画)」を目指したというフェイグの映像スタイルと抜群の相性を見せている。
コメディ映画の仕事が多いシャピロは、かつてサウンドトラックアルバムに自身の曲が収録されなかったり、収録されてもメインテーマが1曲だけだったりすることも多かったが、近年はスコア・アルバムのリリースの機会にも恵まれており、『LIFE!/ライフ』(2013年)、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)、『素晴らしきかな、人生』(2016年)、『ゴーストバスターズ』などで活躍している。
「歌のない曲はあまり食指が動かなくて…」などと言わず、是非本作のスコア・アルバムでシャピロ流のサバーバン・ノワール音楽を楽しんで頂きたいと思う。
文:森本康治
『シンプル・フェイバー』は2019年3月8日(金)より絶賛公開中
『シンプル・フェイバー』
シングルマザーのステファニーと、豪奢な家に住み、華やかなファッション業界で働くエミリー。対照的なふたりだったが、お互いの秘密を打ち明けあうほど親密になっていた。ある日ステファニーは子供の迎えをエミリーから頼まれるが、その後エミリーからの連絡が途絶え……。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |