二重構造のスリルが巧みな“潜入捜査”劇
原作者であるロン・ストールワースは、1978年にコロラド・スプリングスでアメリカ史上初の黒人刑事として採用された実在の人物である。この地域は早くからリベラル化して今日に至っている。主人公を演じるのは、父デンゼル・ワシントン主演の『マルコムX』(1992年)で映画デビューしたジョン・デヴィッド・ワシントン。無鉄砲な若き黒人刑事を痛快に演じ、父子ともにスパイク・リー作品で主演を飾った。
思わぬ採用にやる気満々の新人刑事に与えられた職場は資料室。白人刑事からの蔑みに嫌気がさした彼は「潜入捜査」を志願する。早速、白人を装ってKKK(クー・クラックス・クラン)に電話をかけるや、まんまと組織幹部と面会の約束を取り付ける。だが、さすがの彼も、黒人廃絶を使命とするKKKに「潜入」はできず替え玉を用意する。
潜入捜査の囮となる刑事フリップ・ジマーマンを演じるのはアダム・ドライバーで、当然白人だが、皮肉にもユダヤ系という裏腹な設定だ。スパイク・リーにとってロン・ストールワースの実体験は、「絵に描いたような取り合わせ」だったことだろう。KKKはキリスト教に固執、ユダヤ教徒にも敵意むき出しなのだから。
案の定、KKKの内陣には、白人国家主義者の先鋭デビッド・デューク(トファー・グレイス)がいて、この人物とストールワースの電話のやりとりをめぐる捜査と、現実に潜入したジマーマンがいつユダヤ系の正体をKKKに多い反ユダヤ主義に凝り固まった手合いに暴かれるのかと、二重構造のスリルが巧みに描かれていく。
醜悪な白人たちの姿に込められた痛烈な皮肉
作品の序盤、ストールワースがブラックパンサーによる黒人集会に隠しマイクをつけて潜入する場面がある。ここには、黒人非暴力活動委員会を率いたストークリー・カーマイケルが「クワメ・トゥーレ」というアフリカ名でアジ演説をぶっている。この時、ストールワースは女性幹部パトリス・デュマス(ローラ・ハリアー)と出会う。
白人警官のジマーマンは、囮となってKKKとのミーティングに出掛けるが、ユダヤ系ではないかと疑う異様に鋭い嗅覚を持つフェリックス(ヤスペル・ペーコネン)が、割礼の痕がないか見せろと迫る。KKKの白人メンバーの不快な姿は圧倒的で、特にフェリックスと肥満した身体の妻コニー(アシュリー・アトキンソン)の執拗さは異常だ。フィリップには夫が詰問を続け、妻はストールワースのガール・フレンドとなったパトリスの爆殺を企んで意気揚々と出かけるのだ。白人側の腐敗は言うまでもないが、醜悪な白人たちの姿の先には、時代を迷走させる人物への痛烈な皮肉が込められている。
一方、KKKの幹部デュークがストールワースとの会話の中で、黒人の口癖について“ARE”を「アー」ではなく「アーラ」と訛ると講釈する箇所では笑ってしまう。この人物が猛烈におしゃれであることは、KKKにはそれなりに不自然な美意識があることになる。その点で、『風と共に去りぬ』(1939年)の挿話が思い出される。若きスカーレット・オハラが近道をしようとして黒人に襲われ、大農園にいた黒人奴隷頭ビッグ・サムに救われる。その後、スカーレットが誘惑し続けた名家出身のアシュリー・ウィルクスがKKKを結成、問題の場所を襲撃する。南部白人社会では、アシュリーこそ「南部紳士」の鑑として描かれているのである。
フランス貴族で政治思想家のアレクシ・ド・トクヴィルは1830年代のアメリカに夢中になったものの、南部の奴隷制が厄介な種を孕んでいると警告しているが、KKKこそまさに「厄介な種」そのものだったのだ。南部白人の病理は根深い。
ビリー・ホリデイの歌で有名だが、白人にリンチされた黒人は「奇妙な果実」と呼ばれた。「果実」とは樹木につるされた彼らの縊死死体をさす。人の身体は、のど仏が砕けるときペニスが勃起する。リンチに関わった白人等は色めき立ち、ペニスを切断する。「この逸物で白人女をやったんだ」という訳である。このリンチを語り聞かせる老人にハリー・ベラフォンテを配する目配りも効いている。
コミカルで痛快な語り口で描かれる『ブラック・クランズマン』には、スパイク・リーが一貫して訴えてきた痛烈なメッセージが詰め込まれている。
文:越智道雄
『ブラック・クランズマン』は2019年3月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
『ブラック・クランズマン』
1979年、街で唯一採用された黒人刑事が、白人至上主義の過激派団体<KKK(クー・クラックス・クラン)>に入団!?悪事を暴くという大胆不敵なノンフィクション小説を映像化。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
脚本: | |
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