人気少女コミック×Snow Manラウール
選挙で一票投じたとしても世の中は変わらない。そんなふうに思っている大学生が多いという話を聞いたせいか、自己肯定感について考えていた。そんな矢先に観た少女コミックの映画化『ハニーレモンソーダ』は、まさにそんな感覚を題材にした作品だった。
原作「ハニーレモンソーダ」は、累計発行部数が500万部を突破しているベストセラーコミックだ。一目ぼれした少年・界(ラウール)と再会するため、そしていじめられていた自分を変えたいと願う一心で第一志望校にわざと落ち、自由な校風の高校に入学した少女・羽花(吉川愛)が、少しずつ変化を遂げる物語。
もちろんメインは羽花と界の“恋”の話なのだが、コミックがそこまで支持されたポイントは、自信を持てない羽花に対する界がもたらす全面肯定感なのではないか。
例えば、中学時代にいじめに加担していた学生に再会し、またもや嫌がらせを受けて「石になっていたほうがましなんです」という羽花に界が言う「石でも、おまえは宝石なんだよ」の言葉。胸キュン台詞でもあるが、存在を強く肯定する台詞としても機能している。
「助けて欲しいとき、俺呼べ。飛んできてやるから」
界は、金色の髪の高身長なイケメンで、ケンカも強く、スポーツ万能。髪色と性格から“レモンソーダ”に例えられるが、見た目よりずっと性格もいい。演じているのはアイドルグループ、Snow Manのセンターで現役高校生のラウール。「助けて欲しいとき、俺呼べ。飛んできてやるから」などという、その辺の高校生が口に出したら気恥ずかしくて吹き出してしまいそうな台詞も、ラウールが言うと違和感がない。こんな浮世離れした少年を生身で演じられるのは彼以外に思いつかない。納得のキャスティング。界は羽花だけのスーパーヒーローなのだ。
そんなスーパーヒーローの相手役は、これまでの少女コミックの場合、取柄はなく容姿も十人並みが相場だった。でも羽花は違う。成績優秀、やらないだけでスポーツもでき、飾らないだけで素材は十分にかわいい。羽花を演じるのは子役として活躍し、一時芸能界を離れていた吉川愛。こちらもヒロインでありながら初主演のラウールの演技を受けて情緒に昇華させる、絶妙な仕事を見せてくれる。
界の言う通り羽花は“宝石の原石”みたいな少女であり、その恋は対等に進行していく。原作が受ける理由には、そんな対等な描かれ方も寄与しているのではないか。
こんな時代だからこそ、超ド級の胸キュンを
羽花の自己肯定感の低さといじめの原因を醸成したのは、病的なほど過保護で、遊びも運動もやらせない教育方針の父親だ。2014年の日本家政学会誌の論文には、「女子は自己肯定において、母親よりも父親のほうが影響する」と書かれているが、よかれと考える父親の強硬な指導から娘(こども)は逃れられない。そんな図式も現代的な問題点(テーマ)のひとつだが、“胸キュン”に照準を絞ったのだろう。映画には父親は登場させず、そのあたりはややぼかされている。界は、そんな父親の呪縛を自分の力で解こうとする羽花を、全面肯定で応援する。恋に落ちないわけはない。
少女コミック原作だからこその設定なのだが、界はいつでもスーパーヒーロー然と羽花を支える続ける。そんなに全て背負ってしまったら苦しくなり、早々に破綻するだろうと心配するほど。そう思った矢先、「もうおまえ、俺の心に入ってくんな」と予告編にもある台詞で界は羽花を拒絶する。高校生の少年にひとりの人間を支えさせるのは、いくら少女コミックといえども酷だ。いや、それ以上に『ハニーレモンソーダ』の世界には、ほとんど大人が関与していない。そのことに、当の大人として申し訳なく思う。
もちろん高校生の“胸キュン”を届けるのがこの映画の使命なのだから、その世界に不必要に大人を出入りさせることはない。むしろ新型コロナウイルスの影響で、修学旅行や文化祭、体育祭、授業までも対面では難しいという学生生活をおくる子どもたちに、疑似体験ではあるが、この映画で描かれる海やお祭りへのグループデートやクリスマスパーティなど、さまざまなイベントを十分に味わってほしいと思っている。
一方で、界が羽花を全面肯定するように、子どもたちが自由に生きることを肯定する大人をスクリーンのどこかに存在させられたら、この作品を観るだろう大勢のティーンエイジャーを、映画版として肯定できたらという思いはずっと消えなかった。家庭の金銭的、精神的負荷のとばっちりを、子どもが受ける可能性の高いこんなコロナ禍だからこそ。
逆に言えば、高校生の恋を描く映画としては十分すぎるほど成功しているし、いまだからこそ楽しんでほしいと思うジュブナイルだ。その胸キュン度は超ド級。私は試写室で初めて、年配の男性評論家が「ひゅわっ!」と悲鳴ともつかない声をあげたのを聞いた。
ハッピーエンドの恋愛映画からは、実際の恋とは異なり、副交感神経を優位にさせる幸福感を得ることができるそうだ。リアルを堪能できずにいる中高生の方々にこの映画の、羽花が界によって獲得する全能感と、胸を満たす幸福感を贈りたい。
文:関口裕子
『ハニーレモンソーダ』は2021年7月9日(金)より全国公開