マッチョなゴリラとデカいトカゲ
「『キングコング』ってどんな映画?」と、あなたが誰かに尋ねたとする。
「え? デカくてマッチョなゴリラがビルに登る映画でしょ」
このような答えが返ってくるようなら、相手はいたって一般的な知見を持った人だと判断していいだろう。しかし、
「えっと、『キング・コング』は1933年にRKOが制作した特撮映画だね。このときはウィリス・オブライエンのストップモーションアニメ技術が世界に衝撃を与え、あの円谷英二が『ゴジラ』(1954年)を撮るきっかけになったと言われている。その後、派生作品やリメイクが数多く作られたけど、代表的なものとしてはジョン・ギラーミン監督による1976年版『キングコング』、ピーター・ジャクソン監督の2005年版『キング・コング』、最近ではジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督の『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)もあったね。日本でも1962年に『キングコング対ゴジラ』が製作され大ヒットを記録しているよ。他にも色々あるけど、ごめん、あまり詳しくなくて……」
などと語りだすようなら、そいつはオタクだ。今後の対応に少々気をつけよう。
同様に「『ゴジラ』ってどんな映画?」と誰かに尋ねたとする。
「火を吹くデカいトカゲみたいな怪獣が東京を襲う映画、かな」
このような答えが返ってくるようなら、まあ普通だろう。だが、
「えーと、まず第1作『ゴジラ』は1954年に東宝が製作した怪獣映画で、ゴジラというのは原水爆の影響で太古の恐竜が巨大化した怪獣と言われている。ただし、その後30本以上の作品が製作され、ハリウッド版も複数存在し、その都度ゴジラの設定は微妙に変わっているんだ。そもそも近年では<ゴジラとは何なのか?>という命題そのものがテーマになっているような作品も少なくない。ゴジラを一言で語るのは、それだけ難しいんだ。でも外見的な特徴でいえば、真っ黒い皮膚と直立二足歩行型の恐竜的なシルエット、3列の背びれに長い尻尾、口から吐く放射熱線――あれは火ではないよ――といった共通項はある。あ、でも最近はそれも例外が増えているし……この話、もう少し続けていい?」
などと語りだすようなら、そいつはオタクだ。今後の対応に少々気をつけよう。
かくいう筆者も、どちらかというと後者のタイプであることは否めない。だが、もしも「『ゴジラvsコング』ってどんな映画?」と聞かれたら、迷わず「マッチョなゴリラとデカいトカゲがひたすらどつきあう映画。以上だ。絶対観ろ」と簡潔に答えるだろう。
いや、別にこの作品を揶揄して言っているわけではない。『ゴジラvsコング』は、これまで誰もが観てみたかった(けれどなかなか技術的に到達することができなかった)「世紀の怪獣プロレス」というものを、圧倒的な映像のスケールと熱量で描き倒した作品だからだ。細かい予備知識も蘊蓄も、あとからウィキあたりで調べればいい。とにかく最寄りの一番デカくてなるべく音がうるさい映画館へ足を運び、その目で確かめてくれ!!
……以上で原稿を終わりたい、というくらいの気持ちなのだが、さすがに怒られそうなのでもう少し解説しておこうと思う。
平成ゴジラ世代の“わかってる”監督が描く怪獣バトル
今作はレジェンダリー・ピクチャーズが製作を手掛ける、“モンスターバース”と呼ばれるハリウッド怪獣映画シリーズの最新作である。モンスターバースは2014年の『GODZILLA ゴジラ』に始まり、『キングコング:髑髏島の巨神』、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019)、そして今作へと続いている。これら4作は一応のストーリー的な連なりはあるものの、各エピソードを異なる監督が描いていることもあって、作品のトーンは必ずしも一貫していない。嬉しいことに、どの監督も少なからず日本の東宝特撮映画に思い入れある人物ばかりのため、それぞれが志向する怪獣映画テイストが作品ごとに滲み出ているのも特徴だ。
とくに今作の監督を務めたアダム・ウィンガードは1982年生まれ。いわゆる“平成ゴジラ世代”で、過去にSNS等でも『ゴジラVSデストロイア』(1995年)を昭和版ゴジラと並ぶフェイバリットに挙げたり、「ミレニアム・シリーズ(※1999年~2004年にかけて製作された日本のゴジラ映画シリーズ)は過小評価されている」と発言したり、『シン・ゴジラ』(2016年)と『新世紀エヴァンゲリオン』(1995~1996年ほか)の共通性について言及したりと、“だいぶわかってる”タイプの人物。だから劇中でも、ゴジラファンなら思わずニヤリとなる描写を端々に見つけられるだろう。そして何よりも、そんな彼が本作に「究極の怪獣プロレス」というアプローチで臨んだことが非常に意義深いのだ。
https://www.instagram.com/p/BYFrVAWBHgV/
歴史的に、怪獣同士のバトルは常に技術的な制約との戦いでもあった。とくに日本において、そういった作品の全盛期であった1960~70年代は着ぐるみ特撮が中心の時代。動きづらいスーツを着たアクター同士がぶつかり合う格闘描写はどうしてもアクションが限定されてしまう。「プロレス」とは言えど、決して大立ち回りが得意ではない“役者”たちにいかに演技をつけ、迫力ある映像に仕立てるか、特撮スタッフ陣はさぞ腐心したと思われる。90年代に入るとその制約から解放されるべく、ビームや熱線など光線技を撃ち合う演出も増えていった。そしてようやくVFXのクオリティが向上した00年代中頃には、もはや怪獣プロレス映画そのものの需要がほとんど失われていた。
それからしばらく続いた氷河期のような時代を、ほんの数年で常夏の怪獣ランドに激変させてみせたのがモンスターバースだ。ファンが狂喜したのも無理はない。ついに最新の映像技術を惜しみなく投じた怪獣プロレスが観られるのだから! しかも実に59年ぶりのゴジラとコングの対峙。これは長年、本当に多くの人が待ち望んでいた、文字通り「王座をかけた世紀の一戦」なのである!!
ところで、その「王座」とはいったい何のことなのか、もう少し詳しく説明しておこう。
モンスターバースにおける「キング」の冠の意味
モンスターバースにおいて非常に秀逸なのが、「怪獣たちは地球の王(=KING)の座を争っている」という大前提があること。そう言われてしまっては「なんで怪獣は戦うの?」という疑問を差し挟む余地はない。
この設定はネーミングにもうまくかかっている。そもそも『キング・コング』に登場するあの巨大な猿は「コング」というのが正式な名前だ。少なくともモンスターバース中において「キングコングさん」と呼ばれることはない。まだ王様になれていないのだから。
ちなみに前作『キング・オブ・モンスターズ』に登場するキングギドラも「ギドラ」というのが通り名。それが劇中、怪獣の王座を奪取したことで「王様ギドラ=キングギドラ」として識別されるようになる、という小粋な演出がなされた。
そして、そのギドラからゴジラが王座を奪還し、文字通りキング・オブ・モンスターズに返り咲いたところで前回のストーリーは閉じられた(ちなみにこの肩書きは、1956年にアメリカに輸出された海外編集版ゴジラ第1作『怪獣王ゴジラ』の原題が元ネタだ)。つまり『ゴジラvsコング』は、コングにとって真の「キング」の称号を獲得するための重要な作品というわけである。
まあ現実の歴史を考えてみても、1933年にキング・コングを名乗って鳴り物入りでデビューしたのに、20年以上も遅れてよその国からやってきた後輩怪獣が勝手に「怪獣王」を自称しはじめ、自分のシマであるアメリカで半世紀以上も挨拶なしだったのだから、コング本人からすれば面白くないはず。そりゃ怒りのメガトンパンチのひとつも飛ぶだろう。
https://www.instagram.com/p/CKb7SpOFjKL/
かくして、ゴジラとコングは殴りあう。そして世界は今「ゴジラ派」と「コング派」に分断されている。いや、分断という言葉は正しくない。この両雄を前にして、人類に為す術などないのだから。ともかく我々にできることは、頭を空っぽにして鑑賞に臨むことだけだ。きっと観終わった頃には大興奮で、過去のゴジラやコングの活躍も観返したくなるはずである。
その時は本作の原典である『キングコング対ゴジラ』や、歴代のキング・コング作品にもぜひ触れてみてほしい(個人的には“青春のリビドーに満ちたマッチョ男子”感あふれるギラーミン版コング推しだ)。
もはや絶叫マシン!? ノンストップ怪獣バトル・アトラクション
多くの作品同様、コロナ禍の影響を受けて何度も公開延期の憂き目にあった今作。またその結果、日本での公開が海外より3ヶ月以上も遅れる状況になり、国内ファンとしては何かと歯がゆい事態になっていることも事実。だが、これだけは断言しておきたい。
「ネタバレなんてひとひねり! 想像を絶する怪獣バトルが待ってるからね? からよ? からさ!!」
そう、本作はちょっとネタバレしたくらいで面白さが半減するような代物ではない。最近ありがちな考察合戦に発展したりイースターエッグ探しに目をこらしたりするヒマさえない、ノンストップの怪獣バトル・アトラクションだ。上映時間1時間53分は最近のハリウッド映画としては短いかもしれないが、絶叫アトラクションにしては十分長い。しかもそこに、とことん怪獣が濃縮されている。覚悟しておいたほうがいい。
https://www.instagram.com/p/CLnBF6hlkY5/
繰り返しになるが、『ゴジラvsコング』は「マッチョなゴリラとデカいトカゲがひたすらどつきあう、その様子を観ているだけで信じられないくらい快感で最高な気分になれる奇跡のような映画」だ。ぜひ劇場の大スクリーンで思う存分堪能して、何かとモヤモヤしがちな昨今の気分をぶっ飛ばしまくってほしい。
文:ナカムラリョウ
『ゴジラvsコング』は2021年7月2日(金)より全国公開
『ゴジラvsコング』
モンスターの戦いによって壊滅的な被害を受けた地球。人類が各地の再建を計る中、特務機関モナークは未知の土地で危険な任務に挑み、巨大怪獣の故郷<ルーツ>の手がかりを掴もうとする。そんな中、ゴジラが深海の暗闇からその姿を現し、フロリダにあるハイテク企業エイペックス社を襲撃、世界を再び危機へと陥れていく。ゴジラ怒りの原因は何なのか。
エイペックス社CEOのウォルター・シモンズはゴジラの脅威を訴える。モナークとエイペックスは対抗措置として、ネイサン・リンド博士やアイリーン博士のチームを中心に、コングを髑髏島<スカルアイランド>から連れ出し、怪獣のルーツとなる場所を探ろうとする。
人類の生き残りをかけた争いは、ゴジラ対コングという最強対決を引き起こし、人々は史上最大の激突を目にすることとなる。
故郷を求めるコングと唯一心を通わせる少女ジア。一方、ゴジラを信じ、その真意を探ろうとするマディソンと級友のジョシュ、そしてエイペックスの陰謀説を唱えるバーニーは行動を共にゴジラを追う。
人類になす術はないのか――。エイペックスの研究員で故・芹沢猪四郎博士の息子である芹沢蓮の秘めた想いや目的とは? 怪獣を取り巻く人間たちの思惑が錯綜する。ゴジラとコング、彼らは人類の味方か、人類の脅威か。自然界最強の力の衝突する、地球の存亡を委ねた壮大な戦いが始まった。彼らはなぜ戦うのか―。果たして、この頂上決戦の勝者は――。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2021年7月2日(金)より全国公開