パンク!!!
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』の冒頭、スクリーンに現れるテロップがこれ。
「Nothing you’re about to see is true.(これから見るものに真実なんて何もない)」
そして「true」だけ残り、作品タイトル『True history of the Kelly Gang』と続く。
最初からパンク全開である。「嘘」がこの作品の一つのキーワード。真実に何の意味があろうか。俺は俺のやりたいようにやる。俺について他人がどんなことを言おうが、本当のことなんて誰も知っちゃいない。しかし、俺のやりたいことはなんだ。結局、俺は与えられた条件の中でもがいていただけか。
親父は、お袋が警官を納屋に引き入れて身体を売っているのを黙って見ているだけ。仕事が何もないのだから、そうしていなければ飯が食えぬ。親父は赤いドレスを身にまとい、オーストラリアの荒野を馬で疾走する。何をやっているのだ。意味がわからない。
肉が食いたいから牛を殺して太腿を引きずって帰ると、お袋は良くやったと大喜びだ。ところが、どうしてバレたのか母親の身体を求めて通ってくる警官が牛殺しの罪で親父を連れて行き、帰ってきたときには死体となっていた。親父は何もやっちゃいないのに。アイルランド移民はこうやって、ずっとひどい目に遭わされてきた。イギリス人を信用するな。連中は自分のためにはどんな嘘でもつく。
お袋は男を次々と替えて、ようやく多少なりとも笑いのある家庭のようなものを作れる男を捕まえたが、俺はその男に15ポンドで売られた。ブッシュレンジャーだ。街道で人を襲って金を奪う。単純だが効率はいい。人並みと言えるのかどうかわからないが、言うことを聞いていれば豪勢な飯は食える。だが、いいことは続かない。とっ捕まって監獄に入った。そこで俺はひとりの男になった。
イギリス人の金持ちどもに泡を吹かせてやる。ケリー・ギャングの誕生だ。
“the sons of thieves”
この作品の主人公、ネッド・ケリーの人生は繰り返し映画化されていたので、おおよその内容を推測できる人も多かろう。恥ずかしながら私は名前すら知らず、初めてこの愛すべき荒くれ者に魅了された。
ネッド・ケリーについて調べてみると、冒頭のテロップの意味がわかってきた。アイルランド移民、イギリス人警官にしつこく付きまとわれていたこと、ブッシュレンジャーと親しくしていたことは事実だが、作品内ではその他のことは省かれるか、大きく脚色されていそうだ。
貧困層を襲うことは決してなく、紳士的に振る舞い、強盗を繰り返してはいたが、奪った金を分け与えるなどしたため、支援者は増え、義賊とまで持ち上げられる。殺したのは警官と裏切り者だけ。
ネッドの怒りの対象は、支配階級である富裕層だ。冤罪でもなんでもでっち上げ、アイルランド移民、イギリスから送られてきた元囚人、その子孫、貧困層は理不尽な人生を余儀無くされていた。従って、ネッドの行いは階級闘争にも例えられる。
作品の中でケリー・ギャングは、自らを“the sons of thieves”(盗賊の息子たち)と呼ぶ。ネッドは最初“thieves”の意味がわからず、問い返す。「アイルランドのことだ!」と聞かされ、「そうか、俺たちはアイルランドの息子で、盗賊だ」と深く納得する。自分たちの存在意義を言葉で与えられたのである。
ネッドは息子に自分の歴史を伝えようと、毎日ペンを走らせる。行動すること、そしてそれを文字にして残すことが生きている証となる。
映像ファンタジー
物語は美しいものではない、残忍で目を背けるシーンも多い。であるにもかかわらず、この映像美はなんだ。ここがオーストラリアなのかと疑うほど幻想的な荒野を、赤いドレスを着たネッドの父親が馬で駆け抜ける冒頭のシーンの強烈なインパクトに期待が膨らむ。そこからのすべてのカットは綿密に計算され、それがまた作品に重量感を与えている。
この作品内ではケリー・ギャングは強盗の際、全員がドレスを身にまとう。
「これはマスクだ。ドレスはマスクだ。理解できないものは怖い。イギリス人はドレスを着た強盗は理解できない。顔には泥を塗りつける。怖がらせる」
実際に女装していたかどうかは確認できないが、この設定が完璧な画角の中で我々をさらに不安にさせるのである。
英雄か、ただの凶悪な犯罪者か、この作品ではそれは大きな問題ではない。ネッド・ケリーはこう育ち、生き抜くために必死で生き、“Such is life”と呟き、死んでいった。それで十分である。ネッド・ケリーは歴史となった。
ラッセル・クロウ、チャーリー・ハナム、ニコラス・ホルトが脇で重すぎるほどの存在感を見せつけ、『1917 命をかけた伝令』(2019年)で駆け回ったジョージ・マッケイが肉体改造で筋肉を2倍にして吠える。ぜひ劇場でご覧ください。
文:大倉眞一郎
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』は2021年6月18日(金)より渋谷ホワイトシネクイント、新宿シネマカリテほか全国順次公開
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』
19世紀、オーストラリア。貧しいアイルランド移民の家庭に育ったネッド・ケリー。頼りにならない父の代わりに、幼い頃から、母と6人の姉弟妹を支えてきたが、父の死後、生活のため母はネッドを山賊のハリー・パワーに売りとばす。ネッドはハリーの共犯として10代にして逮捕・投獄されてしまう。出所したネッドは、娼館で暮らすメアリーと恋に落ち、家族の元に帰るが幸せも長くは続かない。横暴なオニール巡査部長、警官のフィッツパトリックらは、難癖をつけてはネッドや家族を投獄しようする。権力者の貧しい者への横暴、家族や仲間への理不尽な扱い。自らの正義、家族と仲間への愛から、ネッドは弟らや仲間たちと共に“ケリー・ギャング”として立ち上がり、国中にその名を轟かすおたずね者となっていく……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2021年6月18日(金)より渋谷ホワイトシネクイント、新宿シネマカリテほか全国順次公開