タラがレオ&ブラピを迎えて描きたかったもの
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)は、1969年8月9日に起こった<シャロン・テート殺人事件>をモチーフにした作品。主演のレオナルド・ディカプリオと共演のブラッド・ピットには、クエンティン・タランティーノ監督作品出演俳優という共通点がある。
ディカプリオは『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)に出演、ブラピは『イングロリアス・バスターズ』(2009年)に主演しただけでなく、タランティーノが脚本を手がけた『トゥルー・ロマンス』(1993年)にも出演している。つまり、ふたりによる夢の共演は、タランティーノが繋いだ縁によるものなのである。同時に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には、“身代わり”を描いた復讐劇という要素がある。しかも、単なる“仕返し”や“敵討ち”とは異なる、クエンティン・タランティーノ監督らしい複雑な構造を持った復讐劇だという点が重要なのだ。
この映画の主人公であるリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は架空の人物で、かつてテレビの西部劇ドラマで人気俳優だったという設定。そこには、1950年代後半から1970年代初頭にかけてのハリウッドにおける映画の歴史が関与している。当時のハリウッドでは、テレビ俳優が映画俳優の格下だと評価されていた時代。昨今、アメリカのテレビドラマには、より自由な現場を求める映画スターたちが出演するようになったが、かつて映画俳優がテレビドラマに出演することは“都落ち”だと認識されていた。同様に、テレビドラマの俳優が映画俳優に転身することも難しい時代だった。
それゆえ、この映画のリックもテレビ俳優から映画俳優への転身が図れず、キャリアの停滞に焦っているのだ。そんな彼を支えているのが、スタントマン兼付き人であるクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。情緒不安定なリックに対して、クリフは沈着冷静という性格の異なるふたりの関係は、ビジネスにおいてもプライベートにおいても一蓮托生なのだ。そんなある日、リックの隣宅に、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)で一躍時代の寵児となった映画監督のロマン・ポランスキー(ラファエル・ザビエルチャ)と、『サイレンサー第4弾/破壊部隊』(1968年)などに出演した女優のシャロン・テート(マーゴット・ロビー)夫妻が転居して来たことから物語が動きはじめる。
リック・ダルトンを通して描かれる当時のハリウッド事情
リックがスターとなった1950年代のアメリカ社会では、一般家庭にテレビ受像機が普及したという時代背景がある。そんな時代に大量生産された番組が、映画の人気ジャンルだった西部劇だった。テレビ製の西部劇は絶大な人気を誇ったものの、やがて食傷気味となった視聴者に飽きられ、西部劇というジャンル自体を駆逐してしまうという皮肉な結果を導いてしまう。
リックの俳優としてのキャリアが停滞している理由のひとつに「西部劇的なイメージを引きずっている」ことが指摘されているが、実際の好例として挙げられるのは、二度のアカデミー監督賞に輝き、現在では名監督という印象のあるクリント・イーストウッドだろう。彼はアメリカで1959年から1965年まで放送されたテレビ製の西部劇『ローハイド』で人気俳優となったが、リックと同様に映画俳優への転身が叶わずキャリアが停滞していたからだ。つまり「リック・ダルトンはテレビ製の西部劇スターである」という設定には、1950年代から1960年代にかけてのハリウッド事情が関係しているのである。
言うまでもなく、クリント・イーストウッドのキャリアを救ったのは、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(1964年)である。<マカロニウェスタン>と呼ばれるイタリア製の亜流版西部劇だった(しかも、黒澤明監督の『用心棒』[1961年]を、時代劇から西部劇へと無許可でリメイクしたことが後に判明し、裁判沙汰になるという曰く付き)。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも、過去の名声にすがり、ドラマのゲストスター扱いに甘んじていたリックが、<マカロニウェスタン>への出演を依頼される場面がある。彼が出演に前向きでないのは、当時、ハリウッドのスターがイタリアへ出稼ぎに行くこともまた“都落ち”を意味していたからだ。
ちなみに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』というタイトルには、クエンティン・タランティーノ監督からセルジオ・レオーネ監督への敬愛が込められている。レオーネが監督した『ウエスタン』(1968年)の英語題『Once Upon a Time in The West』には、“むかしむかし西部では……”という意味があり、1984年には遺作となった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)を監督している。つまり、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はハリウッドのおとぎ話なのだ。
皮肉なことに、亜流と揶揄されたイタリア製西部劇は、衰退の一途にあった本家アメリカ製の西部劇に代わって、西部劇というジャンルを復活させる役割を担った。タランティーノは「ワンス・アポン・ア・タイム〜」という言葉を継承させることで、西部劇の“身代わり”になったマカロニウェスタンへの偏愛を宣言しているのだ。タランティーノが監督した『ヘイトフル・エイト』(2015年)や『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)がマカロニウェスタン的と評される由縁でもある。ついでに、この2本は復讐劇だった。
『ワンハリ』におけるブルース・リーはスタントマンの“仇”だった!?
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には、実在の映画スターであるスティーヴ・マックィーンが登場する。マックィーンもまた、1958年から1961年にかけてアメリカで放送されたテレビ製の西部劇『拳銃無宿』で人気者になったという、クリント・イーストウッドとキャリアの共通点がある。テレビドラマの世界から飛び出し、『荒野の七人』(1960年)をきっかけに映画の世界でもスターとなったスティーヴ・マックィーンは、その代表的な存在なのだ。
そしてもうひとり、テレビの世界から映画スターとなった実在の人物としてブルース・リーも登場する。当時のハリウッドではアジア人に対する人種差別が横行していたため、彼もまた演じる役に対して葛藤を抱いている時期だった。
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ブルース・リーは、1966年からアメリカで放送されたテレビドラマ『グリーン・ホーネット』の準主役に迎えられた。ところが、役名はなぜか“カトー”という邦人名で、肝心のアクション場面ではマスクで顔半分を覆い隠すという不本意な姿で登場。自身の主演ドラマ『燃えよ!カンフー』(1972~1975年)を企画するも原案というクレジットに甘んじ、主役はデヴィッド・キャラダインに譲ってしまう。この顛末に対する、タランティーノによる“仇討ち”と思わせる作品がある。それが、『キル・ビル Vol.1』(2003年)。ユマ・サーマン演じる“ブライド”は、ブルース・リーが『死亡遊戯』(1978年)で着用した黄色いトラックスーツを身に纏い、悪者たちを成敗していた。ちなみに、“カトー”のマスクをした敵が“ブライド”を取り囲むくだりは、映画史に残る名場面のひとつだ。
彼女は「Kill Bill」=「ビルを殺す」という復讐を目的にしている。そして、ビルを演じていた俳優がデヴィッド・キャラダインだった。つまり、ブルース・リーと同じ衣装で“ビル”=“デヴィッド・キャラダイン”に仇討ちすることは、『燃えよ!カンフー』の主役をブルース・リーから奪ったことに対する、タランティーノにとっての“仇討ち”=“復讐劇”でもあるというわけなのである。ところが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、当のブルース・リーがいけ好かないアジア系アクション俳優として登場する。それはなぜなのか?
ブラッド・ピットが演じたクリフは、リックのスタントマンだという設定。彼の仕事は、スター俳優のために危険なアクションを代行することにある。一方のブルース・リーは、自らアクション(格闘場面)をこなすことで新時代のスターとなってゆくのだが、同時にスタントマンの仕事を奪ってしまう存在でもあった。不遜な態度のリーに挑発されたクリフは、リーを叩きのめすことになるのだが、これは転じて、スタントマンの仕事を奪ったことに対する“仇討ち”=“復讐劇”なのだとも解せるのだ。そして、クリフが誰かの代わりに危険な仕事に挑むスタントマンであるという設定にも意味がある。
タランティーノは“正義の代行人”としてクリフ・ブースを描いた
<シャロン・テート殺人事件>は“人違い”だったという経緯があった。首謀者であるチャールズ・マンソンは、ミュージシャンとしてメジャーデビューできなかったことを逆恨みして、音楽プロデューサーのテリー・メルチャーの邸宅を襲撃することを信奉者たちに指示。しかし、メルチャーは既に転居していて、たまたま引っ越してきたロマン・ポランスキーとシャロン・テート夫婦が狙われることになったのである。ポランスキーは自宅にいなかったため難を逃れたのだが、いわば殺害された妻のシャロンはメルチャーの“身代わり”になってしまったというわけなのだ。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では史実が改変され、リックが“身代わり”としてマンソンの信奉者たちを返り討ちにする大胆な展開が話題となった。同様の改変は『イングロリアス・バスターズ』でも指摘されてきたものだ。ここには、クエンティン・タランティーノ監督が歴史的な正確さよりも優先させたものがある。それは、実際には果たされなかった正義を、映画という虚構の中だけでも果たそうとする姿勢。その義憤こそが、タランティーノ作品における歴史改変を生み出す原動力だと解せるのだ。
その点で、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で“身代わり”を引き受けるスタントマン役を演じ、『イングロリアス・バスターズ』ではナチスを殲滅する軍人を演じたブラッド・ピットという俳優は、タランティーノにとって過去の歴史では果たされることのなかった“正義の代行人”なのかも知れない。
文:松崎健夫
【出典】
参考文献
「現代映画用語事典」(キネマ旬報社)
「海外ドラマ超大事典」(スティングレイ)
クエンティン・タランティーノ作品を解説を交えながら名シーンと共に振り返る、日本初の最新ドキュメンタリー『映画監督:クエンティン・タランティーノ』および『ハリウッド・スターの履歴書~レオナルド・ディカプリオ~』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『サイレンサー第4弾/破壊部隊』ほか、『ワンハリ』関連作はCS映画専門チャンネル「超豪華!ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド大特集」で2021年6月放送
https://www.youtube.com/watch?v=_up_nehxJoI
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
リック・ダルトンはピークを過ぎたTV俳優。スターへの道が拓けず焦る日々が続いていた。そんな彼を支えるクリフ・ブースは彼に雇われた付き人でスタントマン、親友でもある。自分たちとは対照的な二人の輝きに触れたリックは、俳優としての光明を求めイタリアでマカロニ・ウエスタン映画に出演する決意をするが―。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル「超豪華!ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド大特集」で2021年6月放送