映画史上に残る屈指の戦争映画
『地獄の黙示録』(1979年)はフランシス・フォード・コッポラ監督の代表作であるばかりでなく、映画史上に残る戦争映画の傑作。可能ならば映画館の大きなスクリーンで見た方がいいが、テレビ画面でも十分に迫力が伝わってくるだろう。
主人公は陸軍空挺団のウィラード大尉(マーティン・シーン)。妻と離婚してヴェトナムに戻ってきた彼は、サイゴンのホテルに滞在中、軍上層部から呼び出しを受け、軍の命令をきかず、カンボジアのジャングルで独立王国を築いた元グリーンベレー隊長のカーツ大佐(マーロン・ブランド)の暗殺命令を受ける。ウィラードは4人の部下と哨戒艇に乗り込み、川をさかのぼっていくのだが、そこに戦争の惨状と狂気が浮き上がってくる。
原作はジョセフ・コンラッドの「闇の奥」で、原作の舞台コンゴをヴェトナム戦争に置き換え、さまざま要素を加えて戦争叙事詩として映像化。もとは南カリフォルニア大学映画科の同窓だったジョージ・ルーカスとジョン・ミリアスが進めていた企画だったが、『スター・ウォーズ』(1977年)を製作することになったルーカスがコッポラに権利を譲ったのが始まり。
当初、ウィラード大尉役はハーヴェイ・カイテルが演じる予定だったが、撮影開始2週間で降板、マーティン・シーンに交代した。その際にハリソン・フォードも候補に挙がったが、『スター・ウォーズ』出演のために叶わず、代わりにウィラードに命令を下す司令部のルーカス大佐役で特別出演したという逸話もある。
ちなみに、黙示録(アポカリプス)とは元はギリシャ語で“覆いを取る”“暴く”という意味。一般には終末を予言した新約聖書のヨハネの黙示録のことを指す。
豪華キャストで描く戦争の狂気
撮影はマルコス政権下、フィリピン軍の全面協力で行われた。画面に登場するヘリコプターや戦闘機はすべて本物で、昨今のCGや模型を使った合成画面には出せない迫力がある。特にキルゴア中佐(ロバート・デュヴァル)がワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音響で鳴らしながらヴェトコンの基地を攻撃する場面ほど、戦争の狂気を見事に表したエピソードはないだろう。
当時フィリピン軍は共産ゲリラの掃討作戦を展開中だったので、来る予定のヘリが来なかったり、あるいは台風襲来でセットが全壊したりと、製作は困難を極めた。その裏話は、コッポラの妻エレノアの手記を基にした『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』(1991年)に詳しい。このドキュメンタリーを見ると、製作自体がヴェトナム戦争さながらの狂気に彩られていたことがよくわかり、本編をもう1度見直したくなるだろう。
主演のマーティン・シーンは1940年生まれ。父親はスペイン系、母親はアイルランド系で12人兄弟の7番目。『地獄の黙示録』の主演に抜擢されたのがキャリアのターニング・ポイントとなり、ヒット・シリーズ『ザ・ホワイトハウス』(1999~2000年)では大統領役まで演じた、今も大活躍中の名優である。『ブレックファスト・クラブ』(1985年)のエミリオ・エステヴェスは長男、数々の奇行で世間を騒がせたチャーリー・シーン(『メジャーリーグ』シリーズ[1989年/1994年]ほか)は次男で、『地獄の黙示録』のマーティンを見ると、息子二人は彼にとてもよく似ていることがわかる。
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カーツ大佐役のマーロン・ブランドは戦後のアメリカ映画を代表する伝説的な名優。過激な発言とトラブルでも知られ、『地獄の黙示録』の撮影でも問題を起こしたが、画面から発散する強烈な存在感は彼以外には出せなかったろう。この後、ブランドの実力を引き出せる作品に恵まれなかったので、『地獄の黙示録』は最後の名演といっていい。
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驚くのはウィラードの部下クリーン役を演じているローレンス・フィッシュバーンで、『マトリックス』シリーズ(1999年ほか)のモーフィアスとは似ても似つかぬ細身の彼は、まだ10代だった。また、監督のコッポラと撮影監督のヴィットリオ・ストラーロも、撮影隊の監督とカメラマン役でカメオ出演しているのでお見逃しなく。
文:齋藤敦子
『地獄の黙示録 ファイナル・カット』は2021年5月30日(日)22時50分よりよりNHKプレミアムシネマ4Kで放送
『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
1960年代末、ベトナム戦争が激化する中、アメリカ陸軍のウィラード大尉は、軍上層部から特殊任務を命じられる。それは、カンボジア奥地のジャングルで、軍規を無視して自らの王国を築いているカーツ大佐を暗殺せよという指令だった。ウィラードは4人の部下と共に、哨戒艇でヌン川をさかのぼる。
制作年: | 2019 |
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2021年5月30日(日)22時50分よりよりNHKプレミアムシネマ4Kで放送