迷路の先に
「不思議の国のアリス」のような迷路であれば、どんな映画好きにもお勧めできるのだが、今回紹介する作品は万人向きとは言えないだろうから、あえて全ての人に観てくださいとは言わない。
ところが、私はこの作品の中毒性のある全ての表現に完全に取り込まれ、陶酔し、酩酊してしまった。監督の思い通りの結果なのか、私が勝手に酔っ払っただけなのかは、もやはどうでもいい。
全編を通して、不穏である。
なぜこんなに不安な気持ちになるのだろう、と一瞬見失いかけたが、わかった。
まず、主人公。帽子デザイナーでもあり、職人でもある。
王室が通うブダペストの帽子店のかつての店主の娘である主人公は、その店の椅子に座り込み、店員に次から次に高級帽子を持って来させ、試着したのち、「店員になりたくて」と悪びれず告げて、呆れさせる。
この主人公は作品中ほとんど表情を変えない。
それがひとつ。
『サウルの息子』(2015年)で世界中の主だった映画賞を軒並みかっさらい、映画界を騒然とさせたネメシュ・ラースロー監督は、今回も同じ手を使った。
主人公以外にはピントを合わせない。
しっかり作り込んであるだろうセットの中でも、大通りの雑踏の中でも、主人公以外はボケているので状況が掴みにくい。
これが二つ目。
ストーリーは繋がっているらしいということはわかるが、一つの扉を開いたと思うと、景色が違う。知っていなければいけない「何か」が欠落している。
扉はいくつも用意されているので、開くたびに観ている者が欠けている「何か」を自分で補わなければならない。振り回される。
これで最後。
どう、すごく観たくなったでしょう。
わかればいいのか
マンガは普段あまり読まないが、仕事で年に2回くらいは朝から晩までマンガ喫茶でひたすらマンガを読み続けるということが10年以上続いていた。
そこでわかったのは、マンガ、面白い、だった。
何が起きているのかスイスイ頭に入ってくる。
泣いたり、怒ったり、恋したりしちゃって、感情移入しやすいのね。
大変な発見であったが、頭の中ではマンガの登場人物がちゃんと形になっているので、私が勝手に主人公は本当は鼻水垂らしている、と決めつけたりできないのがちょっと。
映画も似ていて、全てが説明されていると、「あー、面白かった」で、終結宣言となってしまう。
『裏切りのサーカス』(2011年)は名作だと思うが、観た人のほとんどは「ちょっと待って、誰が何してんだかわかんなくなった」ということになり、2度、3度DVDを借りてきてようやく、なんとなく納得する。
そういう映画が私はかなり好き。
ここであれもこれもとタイトルあげてもいいんだけど、後々困ることになりそうだからやめとく。
この作品では、主人公のレイター・イリス(ハンガリーが舞台なので、日本と同じく姓が先)はほとんどのシーンでスクリーン上に現れているが、場面が変わると、ん、どうした、どこへ行くの、と不思議なことが起こっている。
謎を追い続けているのだが、逆に謎を求めている、謎を作っている。
姿を消した兄を追っているのか、自分の影を追っているのか。
さらには最後になってやっと時代が明らかになる。
結果的に観客は常に緊張させられたまま142分を過ごすことになる。
『サウルの息子』と同様、スクリーンに釘付け。一瞬の油断も許されない。
この作品に関しては「わかる」「わからない」の議論は意味がない。
監督が意図的にやっていて、判断を任せているからである。
マンガのわかりやすさは物語を素早く咀嚼できるという意味で非常に貴重である。
が、そこに読み手の想像力を刺激する隙がない。
どちらがいいということではない。
どちらも楽しんでいただきたいだけ。
実は私自身この作品のタイトル、『サンセット』の意味がまだ理解できていない。
いつまでも引きずっている。
えーっと、ちなみにだけど、私は『スター・ウォーズ』の筋が理解できなくなって久しく、観には行くんだけど、4作目くらいからずっと迷路に閉じ込められたままでございます。
悪口じゃないよ。
文:大倉眞一郎
『サンセット』は2019年3月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか公開
『サンセット』
王侯貴族が集う街・ブダペストで伯爵殺しの兄を探すイリスは両親が遺した高級帽子店を訪れる。しかしその帽子店には、大きな闇が隠されていた。
制作年: | 2018 |
---|---|
監督: | |
出演: |