ハーモニー・コリンは“過激”か?
自分は音楽でも映画でも、なんでハマれなかったのか? ということをよく考えるタイプの人間だ。ハーモニー・コリンに関して言うと、画の感じや質感はすごく好きだし本当にカッコいいな! と思うのだけど、なんというか底に流れている思想が合わない感じがずっとしている監督である。悲惨さのベクトルがきつすぎるというか、泣きっ面に蜂、死体蹴りをしている感覚というか、そこまでの表現は自分はつらくて見ていられないです! となってしまう。
『ミスター・ロンリー』(2007年)でのそれぞれの自我に対する触れないほうが良さそうな部分への言及、『スプリング・ブレイカーズ』(2012年)での若者の純粋さの揶揄、極めつけは『ジュリアン』(1999年)での辛い境遇での唯一の希望の消失。大体映画が終わると嫌な気分になっている。
と言いつつもほとんどの作品を見ていて、毎回新作を楽しみにしている監督でもあるので、最新作『ビーチ・バム まじめに不真面目』も前のめりで観た。
米アート界の荒廃を突きつける鋭い視線
舞台はアメリカの楽園、フロリダのリゾートであるキーウエスト島。主人公はマシュー・マコノヒーが演じる詩人、ムーンドッグ。かつて彼は最もエッジのある表現で名を上げたが、今は妻の財産で生活している。ひょんなことからムーンドッグはその生活から引き剥がされて、放蕩生活で緩みきった状態から表現者として立ち直ることを余儀なくされる。しかし、それに抵抗する……という映画である。
ムーンドッグは魅力的な人間ではあるのだが、決して善良な人間とは言えない。使い切れないほどの財産を持ち、アーティストとしては他者を魅了する。しかし、普段はセックスとドラッグに溺れ、ひとたびその状況を失うとメチャクチャな暴力や犯罪を行う。
この映画のコメディ的な要素については多くで語られていて、そういうちょっとしたやり取りなど笑える部分が多く、自分もとても楽しめた。ただ、見終わる頃には「アメリカの金持ちなんて大体こんな横暴な人間ばっかりで、それはいかに純粋な表現をするアーティストであっても変わらないし、まともな倫理観は存在しない。ラッパーも同じ。あと自力で這い上がるまともな仕事なんて存在しないくらいの格差社会だよ」ということを、現実世界ではムーンドッグと遠くないコミュニティにいるようなハーモニー・コリンに皮肉な感じで言われているような気持ちにすらなった。
倫理観や才能という言葉を茶化す挑発的な投げかけ
「真面目にやってどうなるのさ?」というのはハーモニー・コリンが今までの映画で繰り返し問いかけてきている内容だと思っていて、今作での娘の結婚相手(真面目に働き一生懸命娘を愛そうとしている)に対するムーンドッグの中傷とも言える言動や、またそれに対する娘の父親を最大限に許容するような「あの人は才能があるから」と言うシーンは、監督が倫理観や才能という言葉を茶化す挑発的な投げかけに思えた。
真面目にやりくりしている若者を端に追いやって、金を持ちかつての栄光で幅を効かせる中年が周囲に迷惑をかけまくって楽しみ、時たま思い出したように詩の中へ感傷的に浸る。Qアノンのような大きな熱狂がなくても、ムーンドッグのような小さなコミュニティで支配力を行使するカルト教祖的存在がやはり変わらずアメリカには無数にいて、沢山のものを壊していくという地獄。「色んな人がいて、それを認めていこうという世の中の動きがあると思いますが、こんな人でも肯定できますか?」とニヤニヤ投げかけてくるような意地の悪さを感じるのである。作品はともかく考え方は合わなさそうだなと、今作でも思った。
ただ自分は、考え続けることでしか前に進めないとも思っているので、「こういう問題がありますけど、どうですか?」というハーモニー・コリンの問いの立て方はいつも意味があるし、凄いなと思ってしまうのである。
ハリウッドの暗部を題材にするような映画は見たことがあったが、芸能とは少し離れた芸術の分野でも結局こうなんです、という暗さが描かれているように感じて、陰謀論の先にあるアメリカのさらなる荒廃した様子を辛辣に揶揄するハーモニー・コリンの視線がしっかりある映画だと思った。直接的でないぶん、しばらく胃の中に何かが残るような、見ごたえのある映画でした。
文:川辺素(ミツメ)
『ビーチ・バム まじめに不真面目』は2020年4月30日(金)よりキノシネマほか全国順次公開
『ビーチ・バム まじめに不真面目』
ムーンドッグは、かつて天才と讃えられた詩人。しかし今は、謎の大富豪である妻ミニーの果てしない財力に頼り、アメリカ最南端の“楽園”フロリダ州キーウエスト島で悪友ランジェリーらとつるみ、どんちゃん騒ぎの毎日を送っている。浜辺でうたた寝し、酒場を飲み歩き、ハウスボートでチルアウトし、時たま思い出したようにタイプライターに詩をうつ……。そんな放蕩生活を自由気ままに漂流していたが、ある事件をきっかけに、ムーンドッグは一文無しのホームレスに陥ってしまうーー。
人生、山あり谷あり。ふと振り返れば、取り返しのつかないこと、もう決して元には戻らない、失われてしまったものばかり。そんな「クロースアップで見れば悲劇」に満ちた世界に、ムーンドッグはルーズな抵抗を試みる。不運には酩酊と爆笑を。不幸には目を伏せたくなるほど下品で、とろけるほどロマンティックなポエムを。
「俺のために世界がある」とうそぶくムーンドッグの、気持ちいいもの、好きなものだけを追い求める超テキトーでポジティブな生き様は、束の間、光を放つ。その光は無類に美しく、思いがけない感動で観客の心を優しくときほぐし、忘れえぬ至福の感情もたらす。映画史上最高にハッピーな、永遠に終わらない夏休み(サマー・ブレイク)が始まる!
制作年: | 2019 |
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出演: |
2020年4月30日(金)よりキノシネマほか全国順次公開