かくも難しき親と子の関係
親と子の確執なり、互いに相手の事を想っているのにどうしてもすれ違ってしまうもどかしさ、といったテーマは洋の東西を問わず観客の心を打つ。それは取りも直さず、誰しもが多かれ少なかれ自分事として経験してきた“人生の真実”を描いているからだ。
名作映画で、この“親と子の想いのすれ違い”を描いたものは山ほどあるが、たとえば『ゴッドファーザー』三部作(1972~1990年)で描かれたマイケル・コルレオーネの人生にしても、若き日のマイケルが自分への兵役免除の為に陰で奔走する父に反発して自ら軍隊に入り、自分の人生にレールを敷こうとする父に対し「自分の人生は自分で決める」と言い放っていた(もちろん、それはヴィトーにしてみれば自分が味わってきたような苦労を息子にはかけさせたくないからだが)。そのすれ違いがあったからこそ結果的に兄弟の中で自分が父の跡を継ぐことになり、父を見送ったあとに何とか褒めてもらえるような二代目でありたいと願い続けて人生を歩んできた物語と捉えることができる。“親と子”とは映画にとって永遠のテーマなのだ。
ジェームズ・ディーンに代表される、親に対する愛憎を抱えた人物像!
たった三本の主演作だけを残して、ジェームズ・ディーンが交通事故死したのは1956年だから、もう65年も前のこと。ディーンが永遠のスターの座を獲得したのは、もちろん悲劇的な死も大きなファクターだが、三本の映画で彼が演じた役柄というのがすべて“親の愛を求めながら、うまく親とコミュニケートできない若者”だったからだろう。
『ジャイアンツ』(1956年)の場合の彼は孤児だが、満たされない親への思いの代替として、親代わりのマーセデス・マッケンブリッジが遺産として土地を遺してくれたことで運が拓けた。『エデンの東』(1955年)のテーマはそのものずばり“親と子の想いのすれ違い”だったし、一般には青春ドラマとして認識されている『理由なき反抗』(1955年)にしても、主人公ジムのフラストレーションの源というのは、世間体ばかりを考え自分の抱えている問題に向き合おうとしない母親、そしてそんな母親の言いなりになり、自分の求める強い父になろうとしてくれない父親に対する怒りだった。
『理由なき反抗』では相手役のジュディ(ナタリー・ウッド)の場合も父親との関係がすれ違ってばかりいることへのいら立ちがあるからこそ、ジムと心を通わせることが出来た訳だし(映画としては、もう一人の主人公であるゲイのプレイトーのジムに対する想い、という1955年としては革新的な裏テーマもある)、同作では不良一味の一人だったデニス・ホッパーが続く『ジャイアンツ』でディーンの後継者として一躍脚光を浴びたのも、その役柄が強い父親=ロック・ハドソンに対してコンプレックスを抱く息子というもので、その弱さゆえに却って人種差別されるメキシコ人という弱き側を理解する青年、というものだったからだ。
以後、親との関係に悩む若者という役どころでスターの座を掴んだ者は少なくない。『モスキート・コースト』(1986年)と『ジミー/さよならのキスもしてくれない』(1987年)のリヴァー・フェニックスがそうだったし、ちょっと変化球で言えば、『ブレードランナー』(1982年)のルトガー・ハウアーや『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)のケヴィン・コスナーが俄然スターとしての輝きを得たのも、その役柄が“父親への愛を渇望する息子”役だったからだろう。
ケイト・ウィンスレットからシアーシャ・ローナンに至る、親の愛に屈しない女性たち!
女優だと、親との関係という部分よりも自分の愛する相手との関係にフォーカスされることが多いためあまり良い例はないが、たとえば『タイタニック』(1997年)のケイト・ウィンスレットは、安定した人生を送って欲しいという親としての娘への愛から決められた婚約者ではなく、自分への愛の為に生き、そして死んでいったジャック(レオナルド・ディカプリオ)への想いを糧に、自分の思う通りに人生を生きた様子が、エピローグで写されるその後の彼女の軌跡を写した写真の数々によって示されて感動を呼んだ。
最近では、ここ数年でハリウッドのトップ女優の座を不動のものにした感のあるシアーシャ・ローナンの代表作のひとつ、『レディ・バード』(2017年)が、まさしく母と娘の互いに思い合っているのにすれ違う心と心、そしてそうした葛藤を乗り越えて一人の女性として成熟していく主人公を描いた傑作だった。
『レディ・バード』が多くの観客に支持されたのは、自立していく娘としてのレディ・バードことクリスティン(ローナン)だけでなく、そんな娘を誰よりも愛しているのにうまくコミュニケートできない母親(ローリー・メトカーフ)の側も丹念に描いているため、どんな世代の者が見ても感情移入できるからだと思う。文化のある大都会ニューヨークへ出たい娘と、地元の州立大学へ進学させて自分の理解できる範囲の幸せを掴んで欲しいと欲する母親、という対立関係はどこの国でも起こり得る構図だし、ラストに母の想いを理解した上で母への感謝の気持ちを留守電に吹き込み、人生の次のステップへと進んでいくクリスティンには誰もが声援を送りたくなるはずだ。
“親と子の関係の在り方”への示唆に富む仏・英・日の傑作映画
さて、2021年の上半期にはそうした“親と子の関係性のあり方”を見つめた素晴らしい映画三本が相次いで公開される。製作国はフランス、イギリス、そして日本とまちまちだが、いずれ劣らぬ傑作揃いだ。
仏映画『海辺の家族たち』 絆を失った家族が、ある出会いによって未来へ踏み出す
フランスのケン・ローチと呼ばれるロベール・ゲディギャン監督による『海辺の家族たち』(2021年5月14日より日本公開)は、海辺の小さな町でレストランを営んでいた父から跡を継いだ長男、仕事をリストラされ若き恋人からも捨てられそうな人生の岐路に立たされている次兄、そしてかつては幸せな家庭を築いていたものの、まさしくその海辺の家で起きた悲劇によって家族との関係を断ってしまった女優の妹の三人の兄妹が、突然の脳梗塞で倒れコミュニケーション不能となってしまった父の許に集まってくるところから物語が始まる。
兄妹それぞれの父に対する想い、そして今ではもの言えぬ父の子供たちへの想いがぶつかり合い、互いに傷つけあうだけだった関係が徐々にほぐれていくさまが丹念に描かれる。そして、その変化のきっかけをもたらすものは、親とはぐれてその海辺の町の海岸に漂着した三人の難民の子供たちなのだが、親との関係性に苦しんで生きてきた者たちが、その親がまさに逝こうとしている状況の中でどう人生に折り合いを付けて行こうとするのか、観る者に考えさせてくれるような傑作に仕上がっている。
英映画『幸せの答え合わせ』 すれ違う夫と妻――その現実に向き合う息子を描いた感動作
イギリスのウィリアム・ニコルソンといえば、『グラディエーター』(2000年)、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007年)、『レ・ミゼラブル』(2012年)といった格調高き大作映画を手掛けた脚本家というイメージが強い。しかし、監督&脚本を務めた『幸せの答え合わせ』(2021年6月4日より日本公開)では、どこにでもある熟年夫婦の日常から、まさかと思った家族の崩壊とそれぞれがその現実を乗り越えていく様を丹念に描き、珠玉の名編の趣だ。
29年間連れ添った夫婦が離婚に至る夫と妻の考え方のすれ違いは、さすがに脚本家出身の監督によるだけあって、どこの家庭でも似た場面が思い当たるような日常の会話の積み重ねでリアルに描かれる。それもそのはずで、監督自身と両親との間で起きた実話に基づいているのだという。
その熟年夫婦を、何といっても『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』(2013年)の父親役が最高だったビル・ナイと、60歳前後あたりからグンと輝きを増した感のある『リヴァプール、最後の恋』(2017年)、『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』(2018年)のアネット・ベニングが演じているだけで、もうこの映画の品質は保証されたも同じだと思うのだが、監督自身の分身でもある二人の息子役を演じるジョシュ・オコナーもしっかりとした印象を残す。
単に熟年夫婦の離婚の話というのではなく、そこに母親と息子の関係性、父親と息子の関係性がきちんと描かれているからこそ物語に真実味と厚みが増している訳で、特に家を出て都会で独立して暮らす息子がいつまでも結婚しない理由を、ゲイだからではないかと密かに疑う母親の様子などが、現代的な親と子の関係をリアルに描いているのが心に残る。
『明日の食卓』 10歳の息子を持つ三人の母親たちの葛藤を描く上半期No.1の日本映画!
日本からは、これまた常に注目すべき作品を放っている瀬々敬久監督が、椰月美智子の原作を映画化した『明日の食卓』(2021年5月28日より公開)が観客の目を釘付けにする。
漢字こそ違えど、同じ「石橋ユウ」という名前を持つ10歳の三人の少年とそれぞれの母親との関係を並行して丹念に描くという構成の本作。閑静な住宅地の庭付き一戸建てに住む専業主婦(尾野真千子)、共稼ぎのフリーライター(菅野美穂)、工場勤めとコンビニのバイトを掛け持ちするシングルマザー(高畑充希)という、置かれた立場も経済的な状況もまるで異なる三人の母親がそれぞれに感じていた息子との幸せな日常が、ちょっとしたきっかけで音を立てて崩れていく様が圧倒的なリアリティで描かれていく。
三人の女優が見事なのは言うまでもないが、それぞれに葛藤を抱える少年たちのリアリティを見事に表現した子役たちがさらに素晴らしい。親の考える幸せな家庭の形と、10歳の子供がこうあってほしいと欲する家庭の在り方とのずれというのは、子供側の目線できちんと描けていなければ絵空事で終わってしまうはずだが、そこをきちんと描き切っているのが見事だ。
加えて、真行寺君江、烏丸せつこといった、1980年代からの往年の邦画ファンならば間違いなく反応するであろう女優たちがそれぞれに年齢を重ねた存在感で登場する感慨、さらにはラストに第四の母親役として思いがけない女優が登場する驚きまで、映画ファンの心をざわつかせずに置かない。
“親と子の関係性のあり方”を見つめた仏・英・日それぞれの傑作を見ずして、2021年上半期の映画は語れない!
文:谷川建司
『理由なき反抗』『レディ・バード』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年5月放送
『海辺の家族たち』は2021年5月14日(金)よりキノシネマほか全国順次公開
『幸せの答え合わせ』は2021年6月4日(金)よりキノシネマほか全国順次公開
『明日の食卓』は2021年5月28日(金)より公開、WOWOWオンデマンド、auスマートパスプレミアム、TELASAにて6月11日(金)より配信開始