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『マッスル 踊る稲妻』は異形のリベンジ・スリラー・アクション!? 仰天映像を“浴びせる”シャンカル映画の宇宙

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ライター:#安宅直子
『マッスル 踊る稲妻』は異形のリベンジ・スリラー・アクション!? 仰天映像を“浴びせる”シャンカル映画の宇宙
『マッスル 踊る稲妻』© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

下町のボディビルダーとトップモデルとの出会い

「ステキよ(Looking lovely)」――ヒロインのディヤーに向かって投げかけられるこのセリフが、3時間8分の『マッスル 踊る稲妻』(原題は『I』)の幕開けです。

『マッスル 踊る稲妻』
DVD販売:アメイジングD.C.
© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

彼女は花嫁として婚礼に臨むところを短躯で異形の怪物に誘拐され、監禁されます。場面は変わり、チェンナイの下町にあるボディビルのジム。インストラクターのリンゲーサンは、自身もボディビルダーで、州のボディビル・コンテスト優勝を目指して訓練に励んでいます。気のいい独身男リンゲーサンの心を占めているのは、ボディビルのほかに、トップモデルのディヤー。住む世界が全く違うことは理解しつつも、彼はディヤーの出るテレビCMを繰り返し眺め、雑誌の広告を集め、彼女が宣伝するモノならば生理用品やブラさえも買い溜めるという萌えっぷり。ところが込み入った事情から、彼はディヤーと共にカメラの前に立つ男性モデルの代打となり、さらには新作香水「I」の巨大キャンペーンのCMを撮影するため、中国の景勝地に出かけていくことに。

https://www.youtube.com/watch?v=x8ZAVICBwkI

二人の間に何かが起きるのか? そして冒頭の異形の怪物は何者で、なぜディヤーをさらうのか? 息もつかせない愛憎のドラマが3時間をかけて展開します。

「ルッキズム批判」というシンプルなメッセージ

本作は、『ロボット』(2010年)、『ロボット2.0』(2018年)のシャンカル監督が両作の間に発表した作品の一つで、2015年現地公開です。この2作を見ていれば、シャンカル監督のトレードマークの、何もかもが巨大スケールなビジュアルの大盤振る舞いは予想できるでしょう。滝のように流れ続ける仰天映像に身を任せていれば3時間一気見も簡単、そして登場するキャラクターは漫画的なまでに個性的で、ストーリーを見失うおそれもありません。この大盤振る舞いを通して浮かび上がるテーマは実に単純で、「ルッキズム批判」と、ルッキズムと相互補完的にある「消費社会への揶揄」の2つです。

『マッスル 踊る稲妻』© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

「ルッキズム」という言葉は本作公開時にはあまり一般的ではなかったかもしれませんが、簡単に言えば「見た目の美しさで人の価値を決める」「見た目の美しさをもたない人を貶め差別する」発想で、古い時代からあったものです。本作の舞台である広告・モデル業界は、構造的にルッキズムに浸からざるを得ない場。ボディビルダーのリンゲーサンは、筋肉美礼賛という特殊なルッキズムの場から、広告・モデル業界というより多くの人の目を集める場に足を踏み入れます。広告にもヒエラルキーは当然あり、商品を前面に出して商品名を連呼する垢抜けないものから、抽象的なイメージを観客の脳裏に刻むものまで多様です。本作はその底辺と頂点とを、どぎついほどに対比して見せてくれます。

『マッスル 踊る稲妻』© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

空前の大規模中国ロケ

香水「I」のキャンペーンは、商品の性質上、高度に抽象的で贅沢かつ好もしいイメージだけを伝える、クリエイティブ広告の頂点とも言えるもの。クルーは製品としての香水とは無関係な中国に出かけて行き、白昼夢のような美しい風景の中で、美男美女の愛のイメージを撮影します。これらシーンのロケ地は、雲南省昆明の東川紅土地、広西チワン族自治区の漓江(桂林)、遼寧省盤錦市の紅海灘、四川省アバ・チベット族チャン族自治州松潘県の黄龍自然保護区、安徽省黄山市黟県の宏村伝統集落(自転車アクションのシーン)と、広大な中国を股にかけての移動が求められるスポットです。

『マッスル 踊る稲妻』© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

そしてこれは、インド映画のお家芸でもある「劇中で主筋とは全く関係のない土地にパッとワープしてダンスを始める」という手法とも完全に重なります。一般に、テレビであれ雑誌であれ、トップランクの広告製作に投じられる費用は、テレビ番組や雑誌記事などの本体コンテンツよりも、秒あたり、ページあたりではるかに高いものです。一説には総予算10億ルピー(15億円超)を費やしたとも言われる本作、その広告の贅沢さを、数十秒どころか開始から中盤まで、コメディやアクションを挟みながらも延々と続けたところにシャンカル監督の面目躍如です。ただしこの金額は、インドのインフレと映画業界全体の大作志向の流れの中で、現在では歴代ベストテンにも入っていません。

『マッスル 踊る稲妻』© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

ともあれ、シャンカル監督がルッキズム批判のためにルッキズムとコマーシャリズムを極限まで追求した映像の魔術は、公開から5年以上たった現在も全く見劣りするところがありません。本作はスリラーでもあるので、後半のグロテスクかつ笑えるリベンジ・アクション展開についてはここではあえて触れませんんが、そこには「I」という名を持つ“別のもの”が登場しますので、お見逃しなく。

『マッスル 踊る稲妻』© AASCAR FILM (P) LTD. All Rights Reserved.

文:安宅直子

『マッスル 踊る稲妻』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:ハマる!インド映画」で2021年4月放送

https://www.youtube.com/watch?v=2xAzicBDXaM

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『マッスル 踊る稲妻』

ボディビルダー界の頂点“ミスター・インディア”を目指すリンゲーサンの生き甲斐は、スーパーモデルでCM女王、高嶺の花のディヤー。ふたりの華やかで美しい純愛劇と醜怪な風貌をした男が犯し続ける極悪非道な怪事件。この二つの物語がつながったとき、衝撃と感動の渦が巻き起こる!!

制作年: 2015
監督:
出演: