神童・桐畑、大きな壁にぶつかる
子供の頃から私は絵を描くのが好きだった。漫画雑誌コロコロコミックに連載されていたドラえもんをノートに書いたり、怪物くんやパーマンを描いてはお婆ちゃんに見せ、「とおるちゃんは絵が上手ね~」とベタ褒めされたりしていた。
中学に入ると美術の授業で描いたクロッキーデッサンが全国で入賞し、販売されるクロッキー帳の生徒作品に掲載され、体育館の全校生徒の前で表彰されたり、文化祭で展示される先生の似顔絵コンテストでも見事優勝も果たした。しかし、ある一点の才能が無く、私は大好きな絵を描くことに挫折するのだ。
それは“色”を塗ること。風景画や人物画も、下書きまではそこそこ良いのだが、いざ色を塗り始めるとこれが酷い。どうにもならないぐらい下手なのである。果物や建物の影を、コントラストで表現して塗っていきたいのだが、見事なストライプに仕上がってしまう。ストライプのリンゴなど、この世に存在しないのだが、色を塗るとそうなってしまう。
高校に入っても、選択科目で美術を専攻するのだが、色をのせ始めると、必ず美術の先生に注意された。「桐畑は下絵は良いんだけど、色を塗るとな……。お前の塗りかたはベタ塗り! ペンキ塗りだよ!!」と。
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美術の世界で挫折した桐畑青年、塗装の世界で才能を発揮
確かに振り返ると、絵が好きだった私は、漫画をノートに書き写したのも鉛筆。似顔絵コンテストで描いた先生の顔も4Bの濃い鉛筆。クロッキーデッサンに関しては炭の棒のようなもので描いていた。つまり私が評価を受けていたのは、色の無いものばかりだったのだ。高校2年の時に描いた油絵では完全に挫折しており、やはり明暗のコントラストが出せず、見事に成績表で赤点まで取ってしまった。あんなに絵を描く事が好きだったのに……。
そんな私も高校を卒業し、大型計量機器の製造販売の会社に就職した。大型の計量器は本社工場で組み立て、仮の配線を繋いで、正常に動くかの動作チェックをし、出荷して現場に据え付ける。そして現場でまた、かなりの量の配線を繋ぐのだが、現場によって電源盤から操作盤までの距離が違うので、現場に行ってから配線を通す配管を組み立て、機械に据え付ける。その際、配管は現場で色を塗るのだが、大量の配線を繋げるのは上司がやり、入社したばかりのペーペーの私は、その配管に色を塗ることを命じられた。
私は機械と同じ色のペンキをハケで配管に塗り始め、小一時間で塗り終えると上司に報告しに行き、チェックをしてもらった。しかし私の塗った配管を見て、「これ誰が塗ったの?」と上司。「えっ!? 僕が塗りましたが……」と答えると、「マジで!? お前、天才だな! 見事にムラなく塗れてるよ」。――美術の世界では常に注意を受けていたダメな私が、塗装の世界で才能を発揮した瞬間だった。
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海老蔵&團十郎『利休にたずねよ』最後の親子共演に涙!
そんな、芸術には全く縁がなくなった私が今回オススメする戦国映画が、2013年公開の『利休にたずねよ』。この映画は茶道でわび茶を表現、完成させた千利休の物語だ。戦国時代、堺の豪商から織田信長、豊臣秀吉の御茶湯御政道という茶道指導から政治のことまで担った一人の茶人の、波乱に満ちた人生を描いている。
主演の千利休には歌舞伎界のプリンス、市川海老蔵さん。茶道の所作はもちろん、着物での和室の立ち振る舞いは見事で、気持ちが良いぐらい完璧。とくに信長に認められるシーンなどは圧巻。流石、歌舞伎界のスーパースターである。
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物語は千利休が切腹する日から始まるのだが、そこから数年さかのぼってストーリーが展開される。この運び方がスピード感があって、テンポもよく非常に観やすい。しかも、場面場面で時間がゆっくり流れているような描写があり、これまた優雅で心地いい。
さらにこの物語の中で、千利休を中心に織田信長、豊臣秀吉が登場するのだが、私の大好きな合戦のシーンは一切出てこない。その代わり茶の湯を通して、茶器の美しさや茶室の奥ゆかしさ、さらに庭に咲く花々の美しさなどがしっかり描かれており、まさに芸術作品のような映画なのだ。
また、伊勢谷友介さん演じる織田信長が荒々しくもあり、利休の強気な態度や振る舞いに周囲がヒヤヒヤしている中、彼の美的センスを見抜くあたりが観ていて痺れる。そして大森南朋さん演じる豊臣秀吉がこれまた嫌なヤツで、利休の才能に嫉妬し、あれやこれやと難癖を付けてくるあたりも、面白く描かれている。
そして映画の後半、場面は利休の若い頃に戻る。そこで咲く恋の花が観ていてハラハラさせる上に、なんとも切ない。しかも、そこで登場するのが利休の茶の湯の師匠となる武野紹鴎(たけのじょうおう)。演じるは海老蔵さんの実の父、十二代目 市川團十郎さん。この作品は團十郎さんの最後の映画出演作品となり、しかも映画の公開前に亡くなられた。最後の親子共演だけあって、二人のセリフのやり取りには感慨深いものがある。合戦シーンは無くとも、戦国時代真っ只中の映画であり、とても見応えのある作品なのだ。
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武の心を知る茶人・利休! 茶器の価値を高めた功労者・信長!
ちなみに劇中にも出てくるが、利休の茶道の中で革新的な部分が、あの狭い茶室。畳二畳に入り口も狭く、武士には刀を茶室の外に立て掛けさせるのも、利休が考案したものだ。これには身分制度が強かった戦国時代において、茶室の中では全ての人が平等で、どんなに身分が高い武将でも刀を外し頭を下げなければ茶室に入れないようにしたのだ。この辺が一人の茶人でありながら武人としての意志をも感じさせる、利休の格好良さだ。
利休は茶の湯の世界で革新的なことを成し遂げてきたのだが、戦国時代の革新的な武将と言えば、織田信長をおいて他にはいないだろう。利休を通じて茶の湯を配下の武将に広めたりしたのも信長で、「利休七哲」と呼ばれる高弟7人には蒲生氏郷や細川忠興などの有名武将も名を連ねている。
その他にも信長は、茶器の価値も高めている。それまで茶人や商人の間で売り買いされていた名物茶器と呼ばれる茶道具を集めだし、家臣に手柄の代償として茶器を褒美にあげるようになるのだ。もちろん、それまでの褒美は広げた領土の土地であったり、金や銀を与えるのが普通だった時代に、これは価値があるからと、褒美を茶器に変えていくのである。これによって茶器が今まで以上に価値を持ち始め、信長は茶道具という一つの価値観を大きく変えたのだ。
信長配下の滝川一益という武将は関東方面で活躍した際に、褒美は何が欲しいと信長に聞かれ、名物茶器を所望したがもらえず、代わりに山梨や群馬のあたりの領土を貰うのだが、涙を流して悔しがったと言う逸話まで残っている。
さらに信長は戦の面で、足軽の槍をそれまでの長さより倍近くの長さに変えて戦闘を有利にした。有名なところでは「兵農分離」という政策によって、農家の長男を農業に専念させて次男以降を足軽として戦場に借り出し、それまでの戦国武将は田植えや稲刈りの忙しい農繁期には戦ができなくなるという問題を解決し、1年中戦える戦闘集団を作り上げたりもしている。
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他にも、若い頃から相撲が大好きだった信長は、好きが高じて日本初のナイター相撲の興行を開催。安土城を建設した後に、城下町は灯をつけさせず城の天守閣の周りにだけ松明を灯し、本来は敵と戦うための城全体をライトアップして庶民を楽しませたりもしたのだ。
この様に、信長は一般的に知られている破壊的な部分と、革新的で新しいことをする部分を持ち合わせていた。もしかしたら利休にも同じ匂いを感じ取って、共鳴しあっていたのかしれない。というわけで、そんな優雅で雅な戦国映画『利休にたずねよ』の鑑賞をお勧めいたします。
文:桐畑トール(ほたるゲンジ)
『利休にたずねよ』はHuluほか配信中