ホームレスではなく、ハウスレス。『ノマドランド』はフランシス・マクドーマンドに3度目のオスカーをもたらすか!?

全米各地で季節労働者として働く“ノマド”の物語

2020年に第77回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲って以来、見たくてたまらなかった『ノマドランド』をやっと見た。評判通りの素晴らしい映画だった。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

映画は、企業城下町として栄えてきたネバダ州エンパイアが不況のあおりで町そのものが閉鎖され、全住民が立ち退きになるところから始まる。亡き夫と社宅に住んでいたファーン（フランシス・マクドーマンド）は、車上生活者となる道を選択し、最小限の家財道具を“先駆者”と名づけた愛車に積んで出発する。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

デザート・ローズのRVパークに車を停め、アマゾン配送センターで季節労働者として働き始めたファーンは、リーマンショックで全財産を失ったリンダ・メイ（本人）と知り合い、先輩である彼女からノマド（原意は遊牧民、転じて放浪者のこと）としての心得を教えられる。アリゾナ州の砂漠で開かれたノマドの賢人ボブ・ウェルズ（本人）の集会に出掛けたファーンは、そこでデイヴ（デヴィッド・ストラザーン）と出会い、交流が始まるが、孫が生まれるのをきっかけにデイヴは家へ帰っていく。

ついに愛車のエンジンが動かなくなったファーンは、仕方なく30年前に家を出たきり会ったことがなかった姉（メリッサ・モリナーロ）に修理費を借りに行くことにするのだが……。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

俳優たちの家族も参加した、自然で無理のないキャスティング

原作はジャーナリストのジェシカ・ブルーダーが書いた「ノマド：漂流する高齢労働者たち」というノンフィクション。アメリカ大陸を車で放浪するといえばジャック・ケルアックの「路上」を連想するが、ケルアックの時代から半世紀を経た現代では、放浪するのは若者でなく高齢者だというところに胸を突かれる。だが『ノマドランド』が描くのは、そういう現代特有の社会問題というよりも、むしろ社会そのもの、社会を構成する人間そのもののように思える。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

映画化は、原作の重要性に注目したフランシス・マクドーマンドとプロデューサーのピーター・スピアーズが映画化権を獲得したところから始まる。2人は『ザ・ライダー』（2017年：Netflixで2021年4月6日まで配信中／Amazon Prime Videoほかレンタル配信中）で注目された新進クロエ・ジャオを監督に抜擢。マクドーマンドとジャオがアイデアを出しあって、主人公のファーンと彼女の物語を作り上げていったという。

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デイヴ役のデヴィッド・ストラザーンの役柄も、実際の彼とマクドーマンドとの関係から発展させたといい、ストラザーン自身の息子や孫も登場させるなど、自然で無理がない。特筆すべきは、ファーンと分かちがたく結びついたマクドーマンドの圧倒的な存在感だ。『ファーゴ』（1996年）と『スリー・ビルボード』（2017年）で2度アカデミー賞主演女優賞を受賞した彼女に、もしかしたら3度目の受賞をもたらすかもしれない。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

我々も人生という時の流れを漂流するノマドなのか？

この映画が素晴らしいのは、高齢者のノマド化という現実の社会問題を描きつつ、移民によって創られてきたアメリカという国の本質的なノマド性を浮かび上がらせているところだろう。家を失ったファーンは自分をホームレスではなく、ただのハウスレスだと言う。家はないが愛車という“ホーム”があり、どこにでも行ける自由があると。それは、自由を求めて新大陸に流れてきた開拓民たちの姿に繋がる。彼らもまた、何らかの理由で故郷を離れ、最低限の家財道具を幌馬車に積んで、荒野を漂流したノマドだった。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

映画にたびたび登場する夕焼けの風景が忘れられない。バッドランズ国立公園の先史時代の奇怪な地形、砂漠の上に広がる降るような星空。その広大な天空を見上げていると、漂流しているのは人類そのものではないかと思えてくる。自分もまた、人生という時の流れを漂流するノマドではないかと。静かに、深く、考えさせられる映画である。

🚛𝙁𝙚𝙧𝙣'𝙨 𝙅𝙤𝙪𝙧𝙣𝙚𝙮
　／バッドランズ国立公園🌎

季節労働をする中で、
ファーンの仕事場の1つとなる
バッドランズ公園のキャンプ場。#フランシス・マクドーマンド#ノマドランド pic.twitter.com/n9sj41LRqu

— サーチライト・ピクチャーズ (@SearchlightJPN) March 19, 2021

文：齋藤敦子

『ノマドランド』は2021年3月26日（金）より全国公開