アカデミー賞受賞の仏映画をNetflixでリメイク
フランスの作家、ロマン・ガリー(ジーン・セバーグの元夫としても知られる)が、エミール・アジャール名義でゴンクール賞を受賞した小説「これからの一生」は、大女優にとって有終の美を飾るにふさわしい題材として興味をそそるようだ。1977年に初めてフランスの大女優シモーヌ・シニョレとモーシェ・ミズラヒ監督によって映画化され(邦題『これからの人生』)、第3回セザール賞の主演女優賞と第50回アカデミー賞の外国語映画賞(現、国際長編映画賞)を受賞している。
そして今日、じつに9年ぶりの現場復帰となるイタリアの大女優ソフィア・ローレンが、Netflixオリジナル作品によるリメイクに挑んだ。監督を務めるのはローレンの息子、エドアルド・ポンティ。母と組むのは、自身の長編デビュー作『微笑みに出逢う街角』(2002年)、短編の『Human Voice(原題)』(2014年)に続き3度目となる。監督の立場から、母の女優としての魅力を最大限に生かす、いわば息子から母への最大のプレゼントとも言える企画だ。ラウラ・パウジーニが歌う主題歌「Io sì(Seen)」は第93回アカデミー賞で歌曲賞にノミネートされている。
ホロコーストを生き延びた老女と身寄りのない孤児が交わす愛情
ナチスによるユダヤ人大量虐殺を生き延びたヒロインと、アラブ系の孤児の少年との交流を描いた原作は、出版当時大きな反響を巻き起こした。それはこの物語が、ナチスのおこなった行為だけではなく、フランス社会に根強く残るユダヤ人排斥の風潮や、アラブ人との確執、人種差別や階級社会の問題を率直に扱っていたことが挙げられる。シニョレ主演のオリジナル版では、舞台がパリということもあり、こうした社会問題をありのままに描いていた。
一方、新作のローレン版では、舞台が南イタリアということもあり、こうした人種問題はソフトになっている。それよりも、かつてホロコーストを生き延びたヒロイン、マダム・ローザが、内面にトラウマを抱えたままどのように人生を終えるかというテーマと、孤児の少年モモとの交流に焦点が当てられている。
海辺の街に住む高齢のローザは、娼婦の子供や身寄りのない孤児を預かり、面倒を見ている。だが彼女はときおり、地下室に降りてはひとりで時を過ごす、奇妙な癖があった。それは彼女にとって、いまだに悪夢として蘇るホロコーストから身を守る、コクーンのような場所だった。
ある日、市場でひったくりに遭ったローザは、知り合いの医者から頼まれ、その犯人である孤児の少年モモをしぶしぶ預かることになる。やがてモモはローザの秘密の地下室を発見し、子供ながらに彼女に何か辛い過去があったことを察する。一方ローザも、親の愛を知らないまま育ったモモに、母性を開いていく。
女優ソフィア・ローレンの年輪が刻まれた深い余韻を残す作品
なんといっても唸らずにはいられないのが、ローレンの女優魂である。86歳という年齢のまま、老いを隠すこともせず、記憶が薄れていくなかで静かに死を待つ者の、せつなくも毅然とした姿を体現している。いかにもイタリア女というイメージそのままに、自己主張が強く頑固で、子供たちにも甘えを許さない。だがそれでいて、人一倍子供たちのことを気遣っている様子を、抑えた演技で表現する。このあたりは、世界的に評価された『ひまわり』(1970年)の名演を彷彿させるかのようだ。
ソフィア・ローレンといえば出演作は100本を超え、20代前半からハリウッドでも活躍した世界的なスターであるが、イタリア国外の受賞歴となると意外に少ない。アカデミー賞の主演女優賞に輝いたのは、『ふたりの女』(1960年)の一度だけ(名誉賞を除く)。だがケーリー・グラント、ジョン・ウェイン、ジャン・ギャバン、グレゴリー・ペック、マーロン・ブランド、ピーター・オトゥールなど、名だたる男優たちと共演を果たしてきた。
https://www.youtube.com/watch?v=dpilKmE68oc
とはいえ最高の名コンビといえば、やはり同郷のマルチェロ・マストロヤンニだろう。彼とはローレンのデビュー当時から14本も共演し、『ひまわり』や『特別な一日』(1977年)などの名作を残した。また2009年には、オールスター・キャストのミュージカル映画、『NINE』で変わらぬ大女優の風格を示したのも印象的だ。
ちなみに日本の往年のファンには、70年代「ラッタッタ♪」で知られるホンダ・ロードパルのCMが懐かしいはず。当時「ラッタッタ」が流行語になるほど、その飾らない魅力でお茶の間に人気が浸透した。
『これからの人生』は、そんな彼女の存在感や、女優としての年輪が刻まれた、深い余韻を残す作品である。
文:佐藤久理子
『これからの人生』はNetflixで独占配信中
『これからの人生』
自宅で子守をしているホロコースト経験者が、自分を襲った家なき子を引き取ることに。反発し合う2人だったが、共に暮らすうちに少しずつ心を開いてゆく。
制作年: | 2020 |
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