ゴールデングローブ賞ノミネート、アカデミー賞も有力!
アカデミー賞の主演男優賞に2度輝き、監督・プロデュース業にも精力的に取り組む名優トム・ハンクス。トム・クルーズやジョージ・クルーニーらとはタイプが異なるものの、“カッコいい役を演じたい”という願望は少なからずあるようで、フィクション/伝記映画を問わず、混迷の世界を生きる指針となるキャラクターを貫禄たっぷりに演じている。「困難な状況におけるリーダーのあるべき姿」を体現した『グレイハウンド』(2020年)に続いて、ハンクスはNetflixオリジナル映画『この茫漠たる荒野で』(2020年)でも、視聴者の心を捉えて放さない名演を見せている。
トム・ハンクスがキャラクターを通して伝えるメッセージとは
本作でハンクスが演じるのは、南北戦争終結後のアメリカで、町の人々にニュース(新聞)を読み伝えながら旅を続ける退役軍人のジェファソン・カイル・キッド大尉。旅の途中でネイティブ・アメリカンに育てられた孤児ジョハンナ(ヘレナ・ゼンゲル)を保護し、成り行きから彼女を親族の元へ送り届けることになり、たった二人で危険な荒野を旅することになる。
「戦争で心身ともに傷ついた(元)軍人」、「危険な子連れ旅」、「圧力に屈せず正しいニュースを人々に伝える男」という『プライベート・ライアン』(1998年)、『ロード・トゥ・パーディション』(2002年)、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)で演じた役にも通じる要素をキッドに投影し、彼がこの役を演じることが必然であったかのような、説得力のあるキャラクターを作り出している。
ハンクスがキッド役を通して訴えかけているのは、「分断から調和へ(=憎しみから和解へ)」、そして「物語には視野を広げる力がある」という普遍的なメッセージである。1870年のテキサスを舞台にした西部劇でありながら、現代社会を反映したテーマが描かれているあたり、『ユナイテッド93』(2006年)や『7月22日』(2018年)などの硬派な社会派映画を世に送り出しているポール・グリーングラス監督の持ち味が出ているように思う。
アカデミー賞ノミネート8回の実力派作曲家が音楽を担当
本作のスコア作曲を手がけたのは、アカデミー賞の音楽部門(作曲賞/主題歌賞)に8回ノミネートされているジェームズ・ニュートン・ハワード。同世代のハンス・ジマーやダニー・エルフマンに比べると少々地味な印象だが、『ファンタスティック・ビースト』シリーズ(2016年~)を筆頭に『ハンガー・ゲーム』シリーズ(2012年~2015年)、『ナイトクローラー』(2014年)、『キング・コング』(2005年)、『シックス・センス』(1999年)、『逃亡者』(1993年)など大作・話題作・ヒット作の音楽を多数作曲している実力派である。
前述のジマーとタッグを組んだ『ダークナイト』(2008年)では、ハービー・デント/トゥーフェイスのテーマを作曲し、重厚かつ悲壮な音楽で“堕ちていく光の騎士(ホワイトナイト)”の姿を描いていたのも印象的だった。映画ファンの間で大々的に語られる機会こそあまり多くないものの、ハワードの数々の音楽を意識せずに聴いていたという方は多いのではないかと思う。
「壊れた世界」における「緊張」と「和解」を表現したエモーショナルな音楽
本作の音楽について、ハワードはグリーングラスから「これは壊れた世界の物語なので、音楽も壊れた感じにしてほしい」とリクエストがあったという。と言っても、もちろん調子っぱずれな音楽を鳴らせばいいというわけではない。そこでハワードはギター、バンジョー、ピアノといった西部劇/フォークミュージックでもおなじみの楽器と、中世の古楽器(ヴィオラ・ダ・ガンバなど)を近代オーケストラ楽器と共演させ、南北戦争後のアメリカを覆う脆さや不安、人間不信などの「壊れた雰囲気」を描くというユニークな手法を編み出している。
最初は緊張感を漂わせていたこれらの楽器の演奏が、次第に美しいハーモニーを奏でていくことによって、「分断から調和へ」という本作のテーマが音楽的にも表現されているのである。さりげなくもエモーショナルな音楽演出と、キッドの善良さを表現したメインテーマの美しいメロディに胸が熱くなる。
グリーングラスは本作のサウンドトラックアルバムに寄稿したライナーノーツの中で、以下のように語っている。
ジェームズの美しいスコアは、まさにそれなのだ。切望する癒やしへと向かう音楽の旅。キッド大尉と彼が途中で見つけた奇妙な迷い子ジョハンナが辿る旅路とぴったり重なり合う。それは同時に、今日私たちがいる場所を完全に表現する音楽でもある。私たちはみな引き裂かれ、分断され、病気でズタズタにされている。しかし遅かれ早かれ、私たちはいつか救済に繋がる道を見つけなければならないのだ。
ハワードは本作のスコアでゴールデングローブ賞の作曲賞にノミネートされた。前述のグリーングラスのコメントのように、ハワードが本作のために書き下ろした音楽は、劇伴の枠を超え、今日の現実世界の姿を示唆したものであり、数々の試練を乗り越えた“その先にあるもの”を示しているようにも感じられる。映画をご覧になった方にぜひ聴いていただきたい、珠玉のサウンドトラックアルバムである。
文:森本康治
『この茫漠たる荒野で』はNetflixで独占配信中
『この茫漠たる荒野で』
ニュースの読み聞かせを生業とし、町から町へと転々としていた退役軍人。孤児の少女を新たな家族のもとへ送り届けるため、テキサスを南下する過酷な旅に出る。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
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