「聴力」は爆音バンドマンの泣き所
KING BROTHERSのドラマーである僕は26インチのでかいバスドラムのセットで、映画『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』の主人公ルーベン(リズ・アーメッド)と同じように爆音ドラムを叩いている。映画を観終わった後しばらく放心状態になったのは、ルーベンに自分を重ねていたからだと思う。彼が選んだ結論に何とも言えない感情が湧いてきて、自分の気持ちが分からなくなり、今も考えている。
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リズ・アーメッドが第78回ゴールデングローブ賞の主演男優賞にノミネートされた『サウンド・オブ・メタル』は、爆音のライブシーンから始まる。ドラマーのルーベンは、バンドメンバーであり恋人でもあるルー(オリヴィア・クック)とワゴン車で暮らし、移動しながらライブツアーをしている。しかし彼はライブ後のある朝、目が覚めると耳が聴こえにくくなっていることに気づく。
老化は別として、ミュージシャン以外でも聴力が低下する人はもちろんいるが、爆音を浴びている時間が長いミュージシャンのほうが、その可能性は高い。僕の周りではまったく耳が聴こえなくなったバンドマンは今のところ居ないものの、片耳だけ聴こえなくなった友人は居るし、聴力が衰えたという人は少なくない。
特に1,000人規模以下のライブハウスなどでは、多くのバンドマンが自分たちの演奏を足元のモニターから爆音で聞くことになる。もちろん音楽のジャンルにもよるが、僕が所属しているKING BROTHERSの周りでは、ほとんどそうだ。
そしてドラマーにとって気づかないうちに耳に負担をかけているのが、シンバルの音。またドラマーは、立って演奏しているメンバーに比べてスピーカーの音もすごく良く聴こえる。だから自分の音が聴こえにくくなり、無意識にプレイの音量も上がってしまう。そうなるとボーカルなども聴こえにくくなってくるので、モニターの音量を上げてもらう。……と、爆音の悪循環になることもしばしばだ。
爆音に浸る毎日から、無音を受け入れる人生へ
恋人のルーは、元ドラッグ依存症のルーベンを“ろう者”のコミュニティーに参加させ、再びドラッグに走ることを防ぎ、新しい人生に適応できるよう願う。ルーベンはろう者コミュニティーのおかげでありのままの自分を受け入れられるようになるが、新しい自分とこれまで歩んできた人生の、どちらを選ぶかで葛藤する。
ろう者コミュニティの長であるジョー(ポール・レイシー)は、ルーベンに「朝5時にコーヒーを持って、部屋でじっと座っていること」という課題を与える。それは、耳が聴こえなくなってしまった自分を見つめなおせ、と言っているかのようでもあった。
話は逸れるが、漫画「ONE PIECE」で兄を亡くした主人公ルフィに対しジンベエが言った「失ったものばかり数えるな! 無いものは無い!」というセリフが頭をよぎった。これは音楽の話でもドラマーの話でもない。新しい自分と向き合う“一人の人間”の話だ。
リズ・アーメッドは本作の撮影にあたって、半年間ほどドラムのレッスンを受け、アメリカ英語の手話も学んだという。彼は過去のインタビューで「ドラムを叩くということは、とても心理的なものだった。非常にテクニカルで、運動量が多く、爆発力のある楽器なんだ」と語っている。劇中、耳が聴こえなくなったルーベンが怒りにまかせてドラムを叩くシーンがまさに“爆発”していて、とても印象的だ。
スマホが普及し、指先ひとつで世界中の人と繋がれる今だからこそ、何もない時間や静かな時間を大切にしたいと感じた。Amazon Primeオリジナル作品の『サウンド・オブ・メタル』は自宅で鑑賞する人がほとんどだと思うが、ちょいちょい集中力が途切れてしまったのは僕の修行不足。自然の音や、ルーベンが聴いている音の変化などを大事に捉えながら、いつか映画館のような環境で集中して観てみたい。
文:ゾニー(KING BROTHERS)
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』はAmazon Prime Videoで独占配信中
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
メタルドラマーのルーベンは、聴力を失い始める。医師に今後も悪化すると言われ、ミュージシャンとしての自分も人生も終わりだと考える。恋人のルーは元ドラッグ依存症のルーベンをろう者のコミュニティーに参加させ、再びドラッグに走ることを防ぎ、新しい人生に適応できることを願う。ルーベンはろう者のコミュニテーで歓迎され、ありのままの自分を受け入れるが、新しい自分とこれまで歩んできた人生とのどちらかを選ぶのか葛藤する。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
Amazon Prime Videoで独占配信中