「美しくなりたい」という純粋な表現欲求
LGBTQをテーマにした映画は最近増えているものの、とりわけユニークで、エンターテインニングな話題作がフランスから届いた。
『MISS ミス・フランスになりたい!』は、主人公のアレックスが男性であることを隠してミスコンに挑戦する物語。彼の望みは「女性になること」ではなく、あくまで自分の女性的な側面を自由に表現したいという欲求にある。いわば女性と同じように化粧をして、ドレスを着て、美しくなりたい、という純粋な思いだ。
アレックスに扮するのは、自身もジェンダーレス・モデルとしてパリコレなどで活躍し、これが映画初主演となったアレクサンドル・ヴェテール。彼から秘められた才能を引き出し、華やかで感動的なエンターテインメントに仕立てたのは、前作『ラ・カージュ・ドレ/La cage dorée(原題)』(2013年)がフランスでヒットしたポルトガル人のルーベン・アウヴェス監督。ふたりは初期の段階から話し合い、主人公のキャラクターを綿密に形成していったという。
本作の原動力になったヴェテールとの出会いと、この物語に込めた思いを、アウヴェス監督が熱く語ってくれた。
「アレクサンドルが“僕をミス・フランスにして!”と言い、この映画が動き始めた」
―そもそもこのユニークな物語を思いついたきっかけは何だったのでしょうか。
僕はもともと性同一性障害の問題に興味がありました。僕の周りには実際に性転換をした友人もいたので、身近な問題としてあった。でもこうしたテーマはすでに映画で扱われていて、たとえばベルギー映画『Girl/ガール』(2018年)のような素晴らしい作品もある。僕としては、これまで観たことがないようなアプローチをしたかった。
そこで色々と考えているうちに、ソーシャル・メディアを通じてアレクサンドル(・ヴェテール)のことを知り、連絡を取りました。彼と知り合ったことで、このテーマには性転換だけではない、他のディメンションがあると気づいたのです。彼に、男性が男性のまま女性になりすましてミスコンを目指すストーリーを話し、どう思うかと聞いたら、彼は大笑いして「僕をミス・フランスにして!」と言いました(笑)。そこからこの映画が動き始めたのです。
―主人公にとって「女性になること」が大事なのではなく、男性のまま自分のなかのフェミニティを探求するということが、とてもオリジナルだと思いました。この違いを表現することがあなたにとって重要だったのでしょうか。
はい。多くの人がこの映画を表面的に捉えて「トランスジェンダーの話」と思いがちですが、それは違います。これは自分でいることの勇気を描いた話。主人公のアレックスは女性的な面を探求したいだけなのです。人間、誰でも自分のなかに男性的な面と女性的な面を持っているものでしょう。
たとえばアレクサンドルは自分のフェミニンな部分を使って、ファッションやアートを通して表現をおこなっている。つまり女性になることなしに、ただ表現においてそれを探求している。それは興味深いし、とても現代的だと思いました。男性が自分のなかの女性的側面を受け入れる自由、その勇気に心を動かされた。そして、これこそ映画のテーマだと思ったのです。
「人と違うことを受け入れ、自分自身でいることの勇気。そして夢を信じること」
アレックスは少年の頃、ミス・フランスになることを夢見ていたが、その後両親を事故で失い、いつの間にか夢や希望を忘れてしまっていた。そんなとき、幼馴染のボクサーと出会い、彼のサクセスストーリーに刺激を受けて、ミスコンを目指すことを決意する。
一見破天荒に思えるストーリーだが、そこには挫折を超えて夢を叶えること、他人の基準にいかに縛られることなく自由に生きられるか、といった誰もが共感できる要素が散りばめられていると、監督は語る。
僕自身もこの映画を作りながら、ユニバーサルなメッセージを持つことに気づきました。アレックスの場合は女性的な面を探求していますが、他人との違いを意識しながら自分を受け入れ、自分の夢を追求するということは、普遍的です。要するに自分探しの旅。我々の住む社会は因習だらけで、ちょっとでも人と違ったり枠から外れたりすると、それを認識させられる。でも僕は、まさにその違いこそが社会を豊かにすると思う。そしてこの主人公も、彼のジャーニーを通してそういうことを理解していくのです。
―アレクサンドルにとって、これは初めての大役ですね。準備段階から彼は減量をしたりコーチについたりと、とても情熱を注いでいたそうですが、彼との仕事はいかがでしたか。
彼は素晴らしかったですよ。僕にとっても、これは特別の経験になりました。彼はまったく手垢のついていない状態で、いわばダイヤの原石のようだったから。彼のなかにはあふれんばかりの感情が渦巻いていました。僕にとって難しかったのは、そんな彼の感情をいかに誘導していくかということでした。
たとえば彼は、カメラの前でよく涙を流し、ラッシュにはそれがたくさん映っていた。監督はふつう俳優に泣いてと頼むものですが、僕の場合は反対だったんです(笑)。だから全体的に過剰になりすぎないように注意しました。監督がこういうエモーショナルで溌剌とした演技を見られるのは素晴らしいことです。そして彼を囲むベテランの俳優たちも見事で、彼の成長を温かく見守っていました。実際、スタッフ全員が彼に感嘆していましたよ。
―映像的にもきらびやかで、元気が湧くような作品ですが、観客には特にどんなことを感じて欲しいですか。
まさに観た人が元気になって、勇気を持てるようになってくれたらと思います。人と違うことを受け入れ、自分自身でいることの勇気。そして夢を信じること。この映画が、それを少しでも後押しできたら本望です。
取材・文:佐藤久理子
『MISS ミス・フランスになりたい!』は2021年2月26日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国公開
『MISS ミス・フランスになりたい!』
パリの場末にあるボクシングジムの手伝いをしているアレックス。ある日、アレックスの幼馴染であるエリアスがジムを訪問する。エリアスは幼いころからの夢を叶え、自信にあふれていた。両親を事故で亡くして以来自信を失っていたアレックスはそんなエリアスに触発され、自分の夢へ向かうことを決意する。
その夢とは「ミス・フランスになること」。アレックスの下宿先の、母のような存在である家主のヨランダをはじめ、ドラァグ・クイーンのローラやインド人のお針子など個性的な仲間たちに助けられ、挑戦が始まる。ローラに紹介された地区を仕切る“女王陛下”と呼ばれるボスからは「24時間、寝る時もコルセットを着けて、靴のサイズは普段より小さめの25.5センチ。ペタンコ靴は禁止、普段は12センチヒール、疲れたら8センチ(のヒール)。つけまつげと、谷間メイク。水着用に膨らみを隠す技も学んで」と厳しい指導を受ける。スポーツ選手のエリアスからは精神面を鍛えるアドバイスをもらい、めきめきと美しさをましていくアレックス。地区大会でも過酷な競争を乗り越え、夢が少しずつ現実になっていく……。
コンテストでの厳しい戦いの中にも夢だった美しく華やいだ衣装を纏い輝くアレックス。その中でも“真の美しさ”“本当の自分”を見つけようともがき悩んでいく。そして運命を変える時が訪れる。その時アレックスがとった行動とは……。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年2月26日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国公開