北川景子、中村倫也、芳根京子、窪塚洋介ら豪華キャスト集結
『ナラタージュ』(2017年)や『Red』(2020年)など映画化作品も多い人気作家・島本理生氏の直木賞受賞作を、堤幸彦監督が映画化した『ファーストラヴ』が、2021年2月11日(木・祝)に劇場公開を迎えた。「女子大生による父親の刺殺事件」を発端に、4人の登場人物の過去と現在が交錯していくサスペンス・ミステリーだ。
写真家の夫・我聞(窪塚洋介)と暮らす、公認心理師の真壁由紀(北川景子)。事件に興味を抱いた彼女は、担当弁護士である義弟・庵野迦葉(中村倫也)の仲介を経て、容疑者の聖山環菜(芳根京子)への取材を始める。だが、環菜の発言には食い違いが多く、謎は深まるばかり。そして調査を進めるうち、由紀はある衝撃的な事実を知る。それは自らが封印した過去と向き合う発端にもなっていき……。
二転三転するサスペンス・ミステリーの面白さはもちろんあれど、それだけにとどまらない“エグ味”が残る衝撃作。専門用語も多い難役を北川と中村が熱演すれば、カットごとに印象がまるで変わるトリッキーな役柄を、芳根が全身全霊の演技で魅せる。
今回は、メガホンをとった堤幸彦監督に単独インタビューを敢行。キャスト陣にまつわる裏話からシーンの裏側解説、現在の日本映画界への目線も含めて、じっくりと掘り下げていく。
秋元康から学んだ、「なんでもやる」貪欲な姿勢
―堤監督は、これまでにも『悼む人』(2014年)や『人魚の眠る家』(2018年)、『望み』(2020年)等々、シリアスなテーマの人気小説を映画化されてきましたが、『ファーストラヴ』も尾を引く深遠な作品でした。
なぜか難易度の高い原作で指名されることが多いですね(笑)。ただ、僕はあまりシリアスだとか社会派だとか、意識はしていないかもしれません。「これを映画化したい」というプロデューサーや制作会社の想い・狙いをしっかり伺ったうえで、「自分だったら撮影する場所はどこで、役者にどういうスタイルで芝居をさせるのか」といった具合に、現実に落とし込んでいく立場なものですから、特段自分が受けている作品にトレンドがあるとは考えていないんです。どちらかというと、僕じゃなくて世の中が求めているのではないかという風に思います。
―その部分、ぜひ具体的にお伺いしたいです。
映画にも、様々な“流れ”がありますよね。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年)も、世の中に必要だからヒットしているんだと思いますし、その他の笑える映画や青春ものも、要求されているから存在している。「シリアスな映画が続いている」のも、その中のひとつの流れかなと受け止めています。
―堤監督はメジャー作品と並行して、ソリッドなインディペンデント系の企画も進められていますよね。製作発表された『Truth(仮)』は、「精子バンク」と「女の本音」をテーマにした作品です(発起人は出演者の広山詞葉)。その辺りのバランスも、ご自身で調整しつつ活動しているのでしょうか。
いえ、全然です(笑)。たまたまコロナ禍で仕事が全部飛んじゃったこともありますし、それがなかったとしても、『Truth(仮)』のように俳優が熱を持って「このテーマに向き合いたい」と言ってきたら、僕もやっていたと思います。
自主映画でも、ドラマでも、或いは規模の大小も僕には全然関係なくて、その作品にかける熱量や勢いを感じられるかどうか。何億円もかけた作品も、仲間内の雑談の中で生まれた作品も、僕を必要としてくれるなら「自分のスキルでよければ参加したい。ぜひやらせてほしい」と思うし、あんまり分け隔てはないですね。
逆に言うと、もう65歳で「ベテランじゃないか」と思われている節もありますが、僕自身がそう思っていない(笑)。映画を作るたびに賛否両論――特に「否」の部分が非常に多いのですが、それを減らしたいという気持ちはあまりなくて、それよりも「誰も文句が言えない作品」に到達したい。そのための早道は、何でもやることじゃないかと考えているんです。
―なるほど……。堤監督のバイタリティの一端を垣間見たような気持ちです。
20代のころ、バラエティ番組の現場で秋元康さんと出会って、「バラエティだけをやっていると自滅する」と言われたのが大きかったかもしれません。映画をやったり舞台をやったり、ミュージックビデオを撮ってみたり、「何でもやる」ことで次の時代に備える。
監督としての賞味期限があと何年あるかはわからないけど、最後の最後に自分の勝負作をいくつか残したいなと思っていて、作品の大小にかかわらず関わっていくことは、そのためのルートなのだと思います。どんな企画でも、“熱”と“面白味”を感じられたら、喜んで飛び込みますね。周囲に求められるものに参加することが、ひいては時代に求められるものにつながっていくような気もします。
北川景子&中村倫也と共に専門家を取材
―『ファーストラヴ』については、どのような部分に面白みを感じましたか?
自分と最も遠いところにある「女性の心の闇」をテーマにしているところですね。一筋縄ではいかない話で、ある種の“事件もの”としての見え方もあれば、そこに向き合っていく由紀(北川景子)の心の闇の問題にも踏み込み、様々な人の“心の背景”が多面的・重層的に描かれている。
映画って、大きいテーマであっても最後はシンプルに突き詰めていかなければならないと思うんです。ただこの物語においては、個々のドラマが並行のまま進んでいく。だけれども、最終的には人間的な温かみのようなものに到達する。これまでにあまり経験のない構図の作品だったからこそ、全力で取り組みたいと思いました。
―おっしゃる通り、それぞれの過去が現在に干渉していく、群像劇としての要素もありますね。
公認心理師の由紀は、人の悩める部分と向き合って何らかの道筋を引き出していく仕事の人ですが、万能ではない。むしろ自分も闇を抱えているからこそ、向き合える。迦葉(中村倫也)はイケメンで有能な弁護士と言われているけれども、スムーズにここまで来たわけではない。
その兄で由紀の夫の我聞(窪塚洋介)は写真家ですが、想像を絶する戦火における人間の姿を愛情ある目線で切り取ることで、家族というものを浮き彫りにする。本作の登場人物には皆、様々な闇と、自分なりの「どう生きるのか」という方法論があるんですよね。
それを映画にしていくためには相当準備も時間もかかりましたが、自分にとっても必要なアプローチでした。映画という“仕事”をしている身としては「自分のためになりました」は言っちゃいけないことだと思うのですが(苦笑)、今回は素直にそう思えた作品ではありますね。
―具体的に、どのようなことを学んだのでしょう。
たとえば心理師についてですが、人の話を聞くためには、まず「話の聞き方」という大事な入口があるんです。それこそ「どこに座るか」から始まるんですよ。向き合わないようにL字に座る、といった具合に、細かい作法があることを学びました。それから口調、言葉の選び方、スピード感などですね。
弁護士は、テレビでやっているみたいに一刀両断というわけにはいきません。検事や裁判官、それから最近ですと裁判員との関係の中でどういう展開をしていくか……。テレビドラマなどの悪しき影響で「最後に確信を持っているネタをバンッと出せば勝てる」といったイメージがありますが、現実ではそんなことはない。証拠は事前に提出していて、ちょっと出来レース的な要素もある、というようなことを取材でなぞっていきましたね。
―北川景子さんや中村倫也さんのリアリティある演技や演出の裏には、綿密な取材があったのですね。
彼らもすごく前向きな役者なので、皆さん取材に立ち会われたり、法廷にも行ったりしてくれました。北川さんもモデルにしていた先生と何時間も話し合って、模擬カウンセリングも行っていましたね。皆さん本当に真面目でした。唯一苦労したのは、料理が苦手な窪塚くんを上手く見せるところですね(笑)。
役者はみんな“長回し”が好き
―容疑者の環菜を演じた芳根京子さんの演技がすさまじかったですが、あれも取材でヒントを得る形式だったのでしょうか?
芳根さんの部分は、取材はほぼなかったですね。心が硬くなったり柔らかく媚びたり、心ここにあらずという距離感が突然出てきたり、何でも分かっているようなことになったり……。行単位で、「このセリフはこういうことなんじゃないか」というのはお伝えしました。
ただ、演技というのは向き合ってしゃべることで生まれるものですから、多少は当初のプランからズレが生じていくわけです。しかし、芳根さんに関してはこちらの想定を超えた強さや哀しみや怖さを表現できる天才的な人でしたね。ちょっとびっくりしました。涙にいたっては、「そんなに流さなくても大丈夫だよ」とこちらが思ってしまうほどで。役に入り込んでいるからこそ、自然に出てくるものなんでしょうね。
―精神を消耗するような過酷なシーンもあったかと思いますが、撮影自体はスムーズに進んだのでしょうか。
そうですね。1、2回現場でリハーサルをして、ちょっと修正を加えるくらいで非常にサクサクと撮影できました。芳根さんの演技を受ける北川さんはものすごく計算してお芝居を作ってこられる方ですが、芳根さんとの相乗効果でこちらが想定した2倍、3倍の感情を撮ることができましたね。すごい対決だったと思います。
―本作では、長回しを多めに取り入れたと伺ったのですが、皆さんの演技に引っ張られてそうなったのでしょうか。
はい。これは切らないほうがいいぞと思う部分が、たくさんあったんです。特に、由紀と迦葉が声を荒らげるところ。あそこにはテーマが3つくらい入っていて、ふたりの過去の話、裁判の話、自分の個人史が入り乱れる。非常に角度が難しいシーンでした。そこに人為的な切り返しのカットが入ってしまうと、生々しさが欠けてしまうと思い、長回しを選択しました。
―北川さんや中村さんの反応はいかがでしたか? やはりスッと対応されたのでしょうか。
そうですね。これはある種の法則で、あらゆる俳優は長回しが好きですね(笑)。感情を出すという意味では、特にけんかをするシーンやなじり合うシーンは、心の奥底を探り合う部分もありますから、長回しのほうが喜ばれます。
―演技が途中で切られないから、エンジンをかけやすい部分もあるのでしょうね。
事前に伝えずに集合して、一回さらっと段取りをやった後に「実は長回しで……」というと、みんな「よし!」と言います(笑)。早く終わるというのもあるかもしれませんね(笑)。『愛なんていらねえよ、夏』(2002年)のときは、広末涼子さんと渡部篤郎さんが10ページくらい語り合うシーンがありましたが、思い切って「長回しでいきたい」と伝えたら快諾されました。
打ちのめされても、映画館通いはやめられない
―堤監督はシリアスなテーマの作品でも、映像的な“遊び”を取り入れてシーンを作るイメージがあります。今回だと、ファーストカットの「カメラが窓にグッと寄っていって、死体を発見する」という演出が印象的でした。
あれはロケハンの賜物ですね。相模女子大学では、いまお話しいただいた部分と、雨の中で由紀が佇む回想シーンを撮影しました。冒頭のシーンにおいては、学内で美術大学的な飾りができる場所を探していたら、トイレに印象的な窓があったので「ここでやってみよう」と、窓越しに死体を見つける演出を思いつきました。このように、ロケハンで気づくことも非常に多いですね。
―堤監督の作品には、太陽の昇り・沈みで時間の経過を示す演出も見られます。
「日替わり」と私たちは呼んでいますが、場面転換としても映えますし、いつの時期のことなのかを示すのに効果的なんです。そのアイデアのもとになっているのは、ドキュメンタリー映画の『コヤニスカッティ』(1982年)です。ネイティブアメリカンのゴッドフリー・レッジョ監督が、アメリカという巨大な資本主義国家を早回しの映像でとらえ続けた作品ですね。その印象が強烈で、いまだに影響を受けています。
―日々精力的に映画館に通っている堤監督が、最近刺さった映画はありますか?
メル・ギブソンとショーン・ペンが共演した『博士と狂人』(2018年)がすごくよかったですね。ふたりのひげがすごく長いのですが、メイクじゃなくて本当にやっているのかな……と思いながら観ていました。そういった史実の再現の凄さも含めて、素晴らしく感動しました。日本映画も結構観ています。観るたびに打ちのめされるから、あまり観たくないけれど……(苦笑)。『サイレント・トーキョー』(2020年)も面白かったですね。
―打ちのめされても映画館に通うのは、ご自身の中でも“習慣”としてあるからなのでしょうか。
それはありますね。あと、家の近くに映画館があって、数時間空いたら行くようにしています。ただその映画館ではあまりマニアックなものをやってくれないから(笑)、K’s cinemaなどのミニシアターに足を延ばすことも多いですね。やっぱり映画が好きなんだと思います。
ただ、僕は映画マニアではないんですよ。何かのヒントや、驚きや喜びが欲しくて通っていて、「ちょっと斜めに観てやるぞ」という気持ちは全くない(笑)。何でも「面白いな」と思って観ていますね。
取材・文:SYO
『ファーストラヴ』は2021年2月11日(木・祝)より全国公開
『ファーストラヴ』
川沿いを血まみれで歩く女子大生が逮捕された。殺されたのは彼女の父親。「動機はそちらで見つけてください」。容疑者・聖山環菜の挑発的な言葉が世間を騒がせていた。事件を取材する公認心理師・真壁由紀は、夫・我聞の弟で弁護士の庵野迦葉とともに彼女の本当の動機を探るため、面会を重ねる 二転三転する供述に翻弄され、真実が歪められる中で、由紀は環菜にどこか過去の自分と似た「何か」を感じ始めていた。そして自分の過去を知る迦葉の存在と、環菜の過去に触れたことをきっかけに、由紀は心の奥底に隠したはずの「ある記憶」と向き合うことになるのだが……。
制作年: | 2021 |
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監督: | |
脚本: | |
出演: |
2021年2月11日(金)より全国公開