外見が人のイメージを作る? 人間心理の不思議
生まれて初めて役職に就いたとき、友人から「肩書きが人を作る」と言われたことがある。「人を外見で判断してはいけない」と「人前では身なりを整えろ」という例え話があるが、どちらが正しいのか僕には未だに分からない。ひとつ言えるとしたら、身だしなみは人のイメージを作るという事実だ。
制服や瀟洒な素材のスーツ、洗練された装いに人はコロッと騙されてしまう。偶然ナチス将校の軍服を手に入れた名もなき一兵卒が豹変していく姿を描いた実話『ちいさな独裁者』(2017年)もその一例だろう。服装だけで相手の態度が変わり、内的な変貌を遂げた小男は行動をエスカレートさせ、遂には自分でも制御できない暴走を始めてしまう。
一方、善なる者が悪意ある告げ口で追い込まれてしまうこともある。マッツ・ミケルセンの代表作『偽りなき者』(2012年)は、小さな嘘が瞬く間に広がり閉鎖的な村で集団ヒステリーを巻き起こす。その時から善なる存在が人間扱いすらされなくなってしまうカオスを描き、世界に衝撃を与えた。
司祭に成りすました青年が主人公となる『聖なる犯罪者』では、「こんな若造で司祭が務まるのか」という人々の懐疑の念が、日々接触する中で聖職者のイメージを作り上げ、いつしか信頼して心を委ねていく様が描かれる。司祭と勘違いされた本人すらも驚くほどの現象が起こったのだ。排他と寛容、相反する二つの行動心理を考えると、やっぱり人間って不思議な生きものだと思う。
教会と町の人々と前科者が“司祭服”によって引き寄せられていく
殺人罪で少年院送りとなった20歳のダニエルが出所日を迎える。聖職者への願望を伝えるが、トマシュ神父から「前科者には無理だが、祈ることはできる」と諭される。酒とドラッグを煽って女と戯れた翌日、就職先となる製材所に辿り着く。だが、所内の光景に冴えない自分の未来が見えるようで、どうにも気が進まない。小高い丘で煙草を吸っていると、どこかから鐘の音が響いてきた。この町にも教会があるのだ。
礼拝堂には村の女性マルタがひとり座っている。ジャージ姿の侵入者に怪訝な顔をするが、ダニエルが「僕は司祭だ」とバッグから聖衣を取り出すや彼女の態度は一変する。
アル中に悩む司祭を抱える教会は、補佐する存在を待ちわびていた。1年前の交通事故で6人の若者を失い、献花台を設置した村の人々は魂の救済を願っていたのだ。そこに聖職者に憧れる青年が現れる。彼は司祭服を持っていた。教会と町の人々と前科者の内なる願いが重なり合ったとき、“聖なる犯罪者”が生まれることになる。
歯に衣着せぬ型破りな聖職者は傷ついた人々の心を変えていくが……
司祭服によって見習いと勘違いされたダニエルは教会の司祭に引き合わされ、咄嗟に少年院でミサを務める神父の名「トマシュ」を名乗る。泥酔した司祭の代理となった彼は、スマホで「告解の手引き」を見ながら懺悔に耳を傾ける。ミサの段取りを間違え、「沈黙も祈りなり」という朴訥で型破りな話しぶりに「?」な空気が漂う。
だが、聖歌が始まるや人々の態度が一変する。美しく澄んだ彼の歌声に惹き寄せられるかのように斉唱が礼拝堂に響き、村人たちの心に新たな司祭への信頼の芽が生まれていく。
村人たちが心を許し始めると、やがて自分の言葉で語りかけるようになるダニエル。経験済みの話を歯に衣着せぬ言葉で伝える。息子に煙草をやめさせたい母に「最も強い煙草を吸わせれば良い」と話しかけ、忌まわしい事故で家族を失った者たちに「哀しみを癒すためには、心の奥底に溜まった重い澱(おり)と嘆きを吐き出すべきだ」と背中をさする。村人の魂を解放しようとするダニエルは、事故を起こしたとされる男が未だに埋葬されていない事実を知り、遺族である妻の元を訪ねるのだが……。
司祭服というベールが暴くのは、人々の奥底にある“澱(おり)”
ポーランドで実際に起こった“成りすまし事件”を基にした『聖なる犯罪者』は、人間の対人心理の機微を露わにする。ヤン・コマサ監督はダークな色彩のフィルターを通して、少年院で日々繰り広げられている理不尽な暴力で物語を立ち上げる。職業訓練に励む青年たちは、教官が目を逸らした隙にダニエルを見張りに立て、華奢な男を羽交い締めにして強姦する。院内では定期的にミサが行われ、聖職者に憧れるダニエルは几帳面に準備を整えている。ダークブルーが効いた画面は、決して感情を露わにしてはならないと命じるかのように凍てついている。
司祭に成りすましたダニエルの新たな日常には徐々に自然光が取り込まれていくが、憎しみのターゲットとなった未亡人の家の中は得も言われぬ色彩に覆われる。強烈な色彩のコントラストに加えて、随所に散りばめられた聖体のイメージが、善と悪の狭間にある人間の業を言葉なく見つめているかのようだ。
ギラギラしたまなざしで、聖職者と犯罪者の狭間で揺れるダニエルを演じたバルトシュ・ビィエレニアは、何をしでかすか分からない複雑なキャラクターを体現する。まさに怪演だ。次に何を語り始めるのか、その瞬間まで本人にすら分からない。いつ自分の素性がバレてしまうのか? 寡黙な人物たちを追う画面には緊張感が漂い続ける。
やがて、司祭服というベールを纏った青年は、人々の心の奥底に隠された澱を暴き出す。その時、観客の誰もがタフな現実に突き当たる。どんなことがあったとしても、誰もが前に進まねばならないのだ、と。
今、ダニエルがどんな道を歩いているのかを僕は知らない。
文:髙橋直樹
『聖なる犯罪者』は2021年1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほか全国順次公開
『聖なる犯罪者』
少年院で出会った神父の影響で熱心なキリスト教徒となった20歳の青年ダニエルは、前科者は聖職者になれないと知りながらも、神父になることを夢見ている。仮釈放が決まり、ダニエルは少年院から遠く離れた田舎の製材所に就職することになった。製材所への道中、偶然立ち寄った教会で出会った少女マルタに「司祭だ」と冗談を言うが、新任の司祭と勘違いされそのまま司祭の代わりを任された。司祭らしからぬ言動や行動をするダニエルに村人たちは戸惑うが、若者たちとも交流し親しみやすい司祭として人々の信頼を得ていく。1年前、この村で7人もの命を奪った凄惨な事故があったことを知ったダニエルは、この事故が村人たちに与えた深い傷を知る。残された家族を癒してあげたいと模索するダニエルの元に、同じ少年院にいた男が現れ事態は思わぬ方向へと転がりだす……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2021年1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほか全国順次公開