肉体派アクション・スターが齢70を超えた先にある可能性
【シネマ・タイムレス~時代を超えた名作/時代を作る新作~ 第13回】
前回のコラムでは、前作から相当に長いインターバル期間を経て製作された続編のブームという話をした。そこでは敢えて触れなかったが、1980年代に一世を風靡したアクション映画のシリーズ二つが、2019年に相次いでその最終章として製作され、話題となった。すなわち『ターミネーター:ニュー・フェイト』(2019年)と『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/日本公開:2020年6月)だ。――身体が資本の肉体派アクション・スターが齢70を超えた先にある可能性とは何なのだろうか。
二人の出発点はともに1970年代のネオ・フィルム・ノワールにあった!?
シチリアにルーツを持つイタリア系アメリカ人のシルヴェスター・スタローンと、オーストリアのグラーツ出身のアーノルド・シュワルツェネッガーは、年齢も1歳違い(スタローンが年上)だしハリウッドでのポジションも互角だが、アクション映画のトップ・スターの座に就くまでの道のりは異なるものだった、ということになっている。……若き日のスタローンが生活費を稼ぐためにポルノ映画に出演していたことは有名だし、シュワルツェネッガーが映画俳優になる前にボディビルの世界チャンピオンとして有名な存在だったことも周知の事実。
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極貧生活の中で脚本家として身を立てようとしたスタローンは、自らの書いた『ロッキー』(1976年)の脚本をチャートフ=ウィンクラー・プロに売り込むことに成功し、自分自身が主役を演じるのでなければ脚本は売らないと粘ってチャンスを掴み、映画の世界的大ヒットと自身のアカデミー脚本賞ノミネートというシンデレラ・ストーリーで一躍第一線に躍り出た。それに対しシュワルツェネッガーのほうは、英語があまり喋れなかったハンディもあって『アーノルド・シュワルツェネッガーのSF超人ヘラクレス』(1970年)で映画デビューしてから、15年ほどは『コナン・ザ・グレート』(1982年)のような肉体の存在感だけが必要とされる役柄に限定され、『ターミネーター』(1984年)の出演チャンスを掴まなければそのまま消えていただろう。
しかし、実は無名時代の二人には共通点もある。どちらも己の肉体を筋肉の鎧で固めて生きていくことを決意したのは、スティーブ・リーヴス主演のハリウッド製B級ローマ史劇――『ヘラクレス』(1957年)や『ヘラクレスの逆襲』(1959年)など――に影響されてのことだったというし、俳優としてのスクリーン上の存在感が注目されたのはどちらも1970年代のネオ・フィルム・ノワールの傑作においてだった。すなわち、ともに私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とした、ロバート・アルトマン監督、エリオット・グールド主演の『ロング・グッドバイ』(1973年/日本公開:1974年)と、ディック・リチャーズ監督、ロバート・ミッチャム主演の『さらば愛しき女よ』(1975年/日本公開:1976年)での敵方の用心棒役だ。前者にシュワルツェネッガーが、後者にスタローンが出ているのをぜひ確かめてほしい。
アクション・スターとしての限界? だからこその決算売り尽くし的プロジェクト!
その後の二人のアクション・スターとしての活躍ぶりについては改めて紹介するまでもないが、シュワルツェネッガーが『ツインズ』(1988年)や『キンダガートン・コップ』(1990年)でコメディ俳優としても成功を掴み、2003年からはカリフォルニア州知事となり政治家として表舞台に立つなど順風満帆な人生を歩んでいたのに対して、スタローンのほうは対抗して『オスカー』(1991年)、『刑事ジョー/ママにお手あげ』(1992年)といったコメディに挑戦したものの振るわず、『クリフハンガー』(1993年)でアクション路線に逆戻りした。
シュワルツェネッガーが州知事に専念している間のスタローンは、アクション路線に加えて『コップランド』(1997年)でロバート・デ・ニーロやハーヴェイ・カイテルを向こうに回して役作りのために激太りするなど演技派俳優への意欲を示し、『アンツ』(1998年)や『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』(2011年)ではアニメ声優にも挑戦と、試行錯誤の日々が続く。
さて、アクション・スターとして現役で活躍するにはそろそろ限界が近づいてきた自覚があってのことだろうか、スタローンはキャリアの総決算的な企画として、2010年に自らの脚本・監督で、同じアクション路線の後輩俳優たち――ジェイソン・ステイサム、ジェット・リー、そしてドルフ・ラングレンら――を束ねて私的傭兵軍団の戦いを描く『エクスペンダブルズ』に主演。そこにたった1シーンだけだが、ブルース・ウィリスと共にシュワルツェネッガーにゲスト出演してもらうことに成功する。
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撮影時にまだ現役の知事だったシュワルツェネッガーは、CIAの指令官役のウィリスから打診のあったメキシコ湾の小島での特殊任務の遂行を「俺は忙しいから」と断り、スタローンに「ジャングルでのお遊びは好きなはずだろ?」と『ランボー』シリーズ(1982年~)を意識した台詞で仕事を譲ってその場を去る。――「奴はどうしたっていうんだ?」と訝しむウィリスに対して、スタローンは「大統領の椅子を狙っているのさ」と、当時まことしやかにささやかれていたシュワルツェネッガーの野望をネタに笑わせたのだ。
2年後の2012年には、知事の任期を満了して俳優に戻ったシュワルツェネッガーの出番を増やし、現場復帰させたウィリスとスタローンの三人で撃ちまくるという『ランボー』『ダイ・ハード』(1988年)『ターミネーター』の三役揃い踏みでの『エクスペンダブルズ2』が実現した。ほかに孤高の助っ人チャック・ノリスが出てきたり、悪役がジャン=クロード・ヴァン・ダムだったりと、1980年代のアクション映画ファンには感涙ものの夢の競演だったものの、意地悪な言い方をすれば旬の時期を過ぎて身体のキレもなくなったアクション・スターたちの決算売り尽くしバーゲンセールの趣でもあった。
『デモリション・マン』製作時のインタビューで見せたスタローンの冷静な自己分析
ところで、筆者は今から28年前の1993年5月、LAのワーナー撮影所で『デモリション・マン』(1993年)撮影中のスタローンを訪ねてインタビューしている。ほかにウェズリー・スナイプスにもインタビューし、まだ無名だったサンドラ・ブロックにも会った。
ちなみに、同じ日の夜にサンタモニカの映画館でケヴィン・クライン主演のポリティカル・コメディ『デーヴ』(1993年)のプレミア試写会があって、同作のもう一人の主演シガニー・ウィーヴァーと立ち話して握手した(『エイリアン』シリーズ[1979年~]のリプリーとは思えない柔らかい手だった)のだが、話こそしなかったものの、その試写会には『デーヴ』に本人役でゲスト出演していたシュワルツェネッガーも来ていて、なんともゴージャスな1日だった。
さて、スタローンへのインタビューだが、当時46歳だった彼に対して、筆者は「アクション・スターであり続けるには年齢的に見て近い将来限界がくると思うけど、演技派への転身とか、監督業への専念とかを考えていますか?」と、かなり失礼なことを尋ねた。でもスタローンは怒ったりせずに、穏やかな口調でこう答えてくれた。
「確かに、それはそうだね。でも、それはこの歳になったからということじゃなく、俳優としてデビューしてからこのかた、ずっと深みのある人物を演じたいと思い続けてきたということだ。僕の場合、たまたま『ランボー』とかでアクション映画のヒーロー物のイメージで定着してしまったけど、元々は『ロッキー』では脚本を書いていたし、最初からアクション・スターを目指していたわけじゃないしね。
監督業についても、以前『ステイン・アライブ』(1983年)で演出のみに専念したことがあるし、今後もチャレンジしていきたいと思ってるよ。ただし、あの映画を撮った時と今とでは技術面で随分と変わってきているから、今のところは演出術についてもいろいろと勉強しているところだね」
なかなか冷静に自己分析しているのだな、と僕は思ったものだが、どうだろうか?
……その後、前述の『コップランド』でのコンプレックスを抱く平凡な保安官役で批評家をあっと言わせ、2015年の『クリード チャンプを継ぐ男』では癌に侵された晩年のロッキー・バルボアを演じて第73回ゴールデン・グローブ賞助演男優賞に輝くなど、演技派への脱皮はゆっくりとだが着実に見せているスタローン。
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監督業のほうは、質問の意図としてはアクション映画の監督兼主演というのではない形があり得るのかを聞きたかったのだが、『ロッキー』シリーズや『ランボー 最後の戦場』(2008年)、そして『エクスペンダブルズ』と、自らの主演作しかやっていないのはご承知の通り。ただし、プロデューサーとしてはジェイソン・ステイサム主演の『バトルフロント』(2013年/日本公開:2014年)等で製作だけに専念している。
本格共演作『大脱出』が示して見せた可能性
『デモリッション・マン』から28年経ち、74歳になったスタローンが2021年になってもまだ現役のアクション・スターで居続けているのは、ある意味凄いことではあるのだが、マッチョでタフな肉体派スターという看板を脱ぎ捨てるのはなかなか容易なことではないようだ。
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『エクスペンダブルズ』シリーズは好評でとうとうパート3(『ワールドミッション』[2014年])が製作され、シュワルツェネッガーは引き続きゲスト出演、ブルース・ウィリスに代わってCIAの指令官役がハリソン・フォードになり、悪役には『マッド・マックス』シリーズ(1979~1985年)のメル・ギブソンを迎え入れるなど、行きつくところまで行きついた感がある。あとできることとしては、過去のアクション・スターをCGで登場させるくらいのものだろう。
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その意味で、あくまでもスタローンの主演作にシュワルツェネッガーがゲスト出演したに過ぎなかった『エクスペンダブルズ』シリーズと一線を画していたのが、スタローン×シュワルツェネッガーのダブル主演の形で製作された『大脱出』(2013年)だった。
もちろん、脱獄のプロとして刑務所の弱点を発見・指摘するコンサルタント役のスタローン、世界を股にかける義賊のシュワルツェネッガーともにマッチョなタイプの主人公であることには違いはないものの、圧倒的に強いヒーローなどではなく、痛めつけられれば呻き、のたうち回る弱さをも描いていた。
特にシュワルツェネッガーは『ターミネーター:ニュー・フェイト』の時と同様に髪もひげも眉毛もめっきり白くなった面構えで、性格俳優としての可能性を感じさせてくれた。……たとえば、最晩年のスティーヴ・マックィーンがアクション映画とはかけ離れたイプセンの戯曲『民衆の敵』(1978年)に挑戦したように、何かあっと驚かせてくれる役柄を試してみる機は十分に熟したのではないだろうか。
本作の好評を受けてスタローンは『大脱出』もシリーズ化して2、3と同じ役を演じているものの、アクション・スターの枠から敢えてはみ出そうとはしていないし、プロデューサーや脚本家としての活動もアクション映画という領域に留まっているのは、正直いって片腹痛い。コメディ分野で失敗したことがトラウマとなっている可能性はあるが、そろそろ本気で『コップランド』や『クリード チャンプを継ぐ男』の延長上にある、アクションとは無縁の役柄というものにシフトしていかないと、それこそバーゲンセールの売れ残りのようになってしまうぞ!
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文:谷川建司
『デモリションマン』『大脱出』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年1月放送