アメリカの繁栄から取り残されたド田舎の貧困白人たち
僕のやっているバンド、ミツメは過去に2回アメリカに行きライブをしたことがある。その時に出会った人たちとは、今もSNSで繋がっている。2016年にトランプ政権が誕生した時、彼らの動揺が大きいことは投稿から伝わってきた。それがきっかけでアメリカの抱える問題について関心を持つようになった。
僕たちが行ったのはロサンゼルス、ニューヨーク、テキサスで、地域によって全然雰囲気が違うなと思っていたが、のちのち自分が見たのはアメリカのほんの一部なのだと分かった。
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ドナルド・トランプが大統領に就任した際、彼のどんなところが、どんな有権者に響いたのか、という問いに対して、一つの説得力ある答えとして挙げられたのが、Netflix『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』の原作、J・D・ヴァンスのベストセラー回顧録「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」だったそうだ。
貧困の連鎖から抜け出すことはほぼ不可能――社会への怒りが醸成される土壌
タイトルにもあるように、アメリカは繁栄していく部分がある一方で、そうはならなかった人々も多くいた。そしてトランプは、貧困にあえぐ彼らの怒りを代弁する者として熱狂的に迎えられた側面があった。作者が育ったオハイオ州の辺りも、ヒルビリーと呼ばれる人たちが沢山いる地域だ。
映画では、なぜそういった地域が生まれたのか、昨今の政治的状況を直接語ることはなく、作者の今と幼い頃の生活が中心に描かれている。ガブリエル・バッソ演じるヴァンスは貧困な地域を努力で抜け出そうと懸命に学び、名門イェール大学に通いながら自分で学費なども工面していた。そして、なんとか残ることができたインターンの最終面接という重要な場面で、彼が幼い頃からたびたび問題を起こしていた母親が薬物使用で病院に運ばれた、という連絡を受ける。
ヴァンスが抱える問題は彼自身のせいではないが、母親が問題を起こすようになったのも本人だけに原因があるとは言い切れず、地域の貧困によってもたらされた部分もあったのではないか。そんな社会問題の根深さとのつながりが、シーンを追うごとに明らかになっていく。そしてヴァンスの一家は現在どうなっているのか、という所まで知らされて物語は終わる。
劇中に分かりやすい描写はないが、ヴァンスが育ったのはアメリカの社会や政治に対する怒りが醸成される土壌があるということは伝わってきた。それでも僕には、自分と周囲の限られた人々のためだけに他者を退けることを声高に叫ぶ人に対して、1ミリも共感はできない。ただ、そこにどういった背景があるのか? ということを知る、一つの入り口としては良い映画だと思った。
文:川辺素(ミツメ)
『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』はNetflixで独占配信中
『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』
オハイオ州南部出身の元海兵隊員で、現在はイェール大学ロースクールの学生であるJ・D・ヴァンスは、夢の実現を目前にして、心の奥に追いやった田舎の家族のもとに帰郷せざるを得なくなる。アパラチア山脈の町で彼を待ち受けているのは、薬物依存症に苦しむ母親ベヴとの確執をはじめとする複雑な家族模様。彼を育ててくれた、快活で頭の切れる祖母マモーウとの思い出に支えられ、ヴァンスは己の人生を歩んでいくために、消すことのできない家族の歴史を次第に受け入れ始める……。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
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