コメディでアカデミー作品賞
アカデミー賞を予想することはそんなに難しくない。
過去、結構当てている。
しかし、それが決して私が一番いいと思う作品でなかったりするのが、悲しい。
だから、今回は特別嬉しい。
他のノミネート作品を見る前にすでにこの作品に取って欲しいと願っていました。
本当です。
たまにしか嘘をつきません。
ありそうな話で、笑って、楽しめて、感動しちゃったりして、観ちゃったら忘れられなくなるようなロード・ムービー。
そんな都合のいい話があるか、と思うでしょ。
あったんだよ。
実話。
マフィアとの繋がりもあった血の気の多いイタリア系白人と、「黒人とは思えないほど」繊細で優美、教養と人格も申し分ない天才ピアニストのコンビ。
1962年、アメリカ南部を演奏旅行した時の話。
これで、あらすじ終了。
観ないと人生の楽しみの総量の5%くらい逃すことになるぜ。
アメリカ南部を黒人とアジア人が同じ車に乗っていたら撃たれる、という本当かどうかわからないことが言われていたのは40年くらい前かな。
おっと、この作品の時代とほぼ重なる。
嫌な時代だ。
ん、今も変わってはいないか。
差別を受けた時の感情
最近では日本人が外国で露骨な差別を受けることはないかもしれないが、私はそこそこのジイさんなので、なんとも言えないひどい気分を味わったことがある。
そして、何かのはずみで思い出すと、当時のどう処理していいのかわからなかった屈辱感と怒りが蘇り、全身を震わせ、唸り声をあげてしまう。
40年近くも前のことなのに。
シャルル・ド・ゴール空港のコーヒーショップで、友人のフランス人と日本人の夫婦と私たち夫婦が帰国便を待つ間、コーヒーを飲んでいた。フランス人の夫がトイレに立った後、支払いを済ませようと、カウンターの女性にフランス語で「お勘定を」と声をかけたが、振り向かない。聞こえなかったかと何度も大声で頼んでいるうちに無視をされているのだということがわかった。
友人が帰ってきて、なぜ支払いが済んでいないのかと尋ねられ、事情を話すと、顔を真っ赤にしてウェイトレスを怒鳴り上げ、激しいやり取りの末、彼は私たちを促して、金を払わず立ち去った。その怒鳴り合いの内容を友人は説明しなかったが、雰囲気で彼の妻と私たち夫婦を貶めることを言われたのだとわかった。
背中にウェイトレスの罵声を浴びていたが、周りのフランス人が私たちを止めようとすることはなかった。
厳しい撮影が終わり、ロンドンのパブにカメラマンのアシスタントと入店し、ビールを頼んだが、返事がない。繰り返し声をかけたが、反応ゼロ。
カウンターにいる客も無言で私たちを見ていた。
最後に「ビールはない」と突き放されて、店を出た。
どちらもたわいない外国人、黄色人種に対する差別だと受け流すこともできるのだろうが、差別を受けたことを認めたくない気分とその状況に対してどう腹を立てていいのかわからない、普段は湧いてこない感情に非常に戸惑った。
差別をする人間の下劣さを軽蔑すればいいのだろうけれど、そう合理的には処理できないものである。
私のこんなどうでもいい出来事などあえてここに書く必要もない。
しかし、ストラヴィンスキーをして「他の演奏家と比較するのが馬鹿げているほど上手い」と言わせた黒人ピアニストが、アメリカ南部でひどい差別を受けるであろうことがわかっていながら演奏旅行を続けた理由を想像すると、演奏家としての才能だけでなく、強靭な精神力を持っていたことに感動する。
私は個人的なつまらない出来事を思い出しながら、この映画を心の底から楽しめた。
これを作れるアメリカをリスペクトする。
非常事態を宣言してまで壁を作ろうとする大統領を持つアメリカに同情する。
その大統領をノーベル平和賞に推薦したらしい、どこぞの国の首相をどう思うかは皆さん次第。
文:大倉眞一郎
『グリーンブック』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年4月放送
『グリーンブック』
1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、“黒人用旅行ガイド=グリーンブック”を頼りに、出発するが……。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年4月放送