想像を絶する惨劇を生き延びた女性
『ナディアの誓い-On Her Shoulders』は、2018年にノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドの活動に密着したドキュメンタリー映画である。彼女の肩にかかっているあまりにも重いものが示唆されるタイトルだ。
ナディアは1993年、イラク北部にあるヤジディ教徒たちの小さな村に生まれた。ヤジディ教はクルド人の一部で信仰されている宗教で、長きにわたって迫害の対象となってきたという。2014年8月、ISIS(ダーイッシュ/イスラム国)の戦闘員たちが村を訪れて改宗を迫り、応じなかった人々を虐殺。生き残った少女や若い女性たちは自由を奪われ、性奴隷にされてしまった。ナディアはこの悲劇を生き延びたひとりである。
3ヶ月にわたって苦しめられた末、逃亡に成功した彼女は、被害者として公の場で証言をおこなうことを選んだ。いや、選ばざるを得なかった、と言うほうが正しいだろう。
我々の無関心も彼女を苦しめる一因である
このドキュメンタリーには、私たちがニュースで目にするような場面の、もうひと回り外側の様子が収められている。ナディアが支援者たちとスピーチを練習する姿。重要な会議への出席を前に身繕いをする姿。メディアから何度も何度も同じ質問を受け、そのつど思い出したくないであろうつらい経験を語る姿。そうした「人権活動家の作りかた」を見せることで、これが世の人々の関心を奪い合う残酷な闘いの現場なのだということを意識させる。
国連での証言を控えたミーティングで、「自分は活動家というよりひとりの難民と名乗ったほうがいい」と通訳を介して意見を伝えるナディアに、国連の要人は「謙遜もいいことだけどあなたは活動家でもある」と言う。そうした瞬間に彼女が見せるなんともいえない表情はどんな言葉よりも雄弁だ。
彼女はメディアがヤジディ人(およびその他のマイノリティ)を救うために何ができるのかを考えるのではなく、「どのようにレイプされたのですか?」といった個人を傷つける質問ばかりをぶつけてくることに失望をあらわにする。彼女を苦しめているのはISISであり、国際社会であり、遠因としては私たちの無関心でもあるのだ。
公の場での発言を重ねるうちに堂々としたふるまいが板に付くようになり、希望の光としてたくさんの人々に感謝されるナディアだが、「こんなことをせずに済めば良かったのに」という想いは決して消えることがない。村が襲撃されるまでは、将来は美容院を開きたいと夢見る平凡な女の子だったのだ。
死んだ人々は帰ってこない。破壊されたコミュニティも、傷つけられた心と体も二度と元には戻らない。彼女の自伝は、このような経験をするのは自分が最後であってほしいという願いを込めて、『THE LAST GIRL ーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』と題されている。
文:野中モモ
『ナディアの誓い-On Her Shoulders』は2019年2月1日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
『ナディアの誓い-On Her Shoulders』
ノーベル平和賞2018の受賞者、ナディア・ムラドはISIS(イスラム国)による虐殺と性奴隷から逃れた23歳のヤジディ教徒だ。彼女は、普通の女の子のように生きたいと思う時もある。しかし残された同胞のため、国連などの国際的な表舞台で証言を続け、やがては同郷の人々の希望の存在となっていく。
制作年: | 2018 |
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監督: |