多くの命が失われた2014年の大型旅客船沈没事故
あなたは2014年4月16日に起きた大型旅客船セウォル号の沈没事故を覚えているだろうか。修学旅行中の高校2年生の生徒325人と引率教員14人を含む476人が乗船しており、結果的には乗員、乗客あわせて299人が亡くなる大惨事となった、あの事故だ。
ただの沈没事故にあらず、安全管理を無視した船体の問題や、船員の過失、そして救助の遅れ、あまりにもずさんだったパク・クネ政権(当時)の対応など、韓国の国としての問題点までも浮き彫りになってしまった出来事だった。このセウォル号沈没事故の遺族感情を真正面から描くのが『君の誕生日』だ。
高校生の息子スホをセウォル号沈没事故で失ったスンナム(チョン・ドヨン)は、それから2年経っても哀しみに暮れながら幼い娘イェソルと暮らしていた。いっぽう、スンナムの夫ジョンイル(ソル・ギョング)が長期の海外単身赴任から帰ってくる。しかし、スンナムは“大事なとき”に家族と共にいなかったジョンイルを責めたて、冷たくあしらうばかり。そんななか、遺族支援団体が亡くなったスホの誕生日会を企画するが、息子の死を受け入れることができないスンナムは誕生日会の開催を拒否してしまう……。
映画から逃げ出したくなるほどの圧! チョン・ドヨン&ソル・ギョングの熱演に涙
とにかくツラくてたまらない2時間だ。感情を抑えに抑えて懸命に家族に寄り添おうとするジョンイルと、いらだちを隠さず、ときには娘にさえ八つ当たりしてしまうスンナム。ふたりを対比させながら、本作は遺族が抱える苦悩、直面する苦痛を淡々と描いてゆく。
説明は極力省かれ、なんの前知識もないと観客はセウォル号沈没事故の話ということも途中までわからず、ジョンイルとスンナムの夫婦の関係でさえ曖昧で、しかし徐々にすべてが明確になってゆく脚本はとてつもなく巧妙で、<身近な人物を失った人間たち>という普遍的な物語となっていることに一役買っている。
スンナム演じるチョン・ドヨンは第60回カンヌ国際映画祭で女優賞を獲った『シークレット・サンシャイン』(2007年)の演技を思い起こさせる熱演っぷりで、対するソル・ギョングはもはや鉄板ともいえる不器用オヤジっぷり。ふたりのこってりとした泣きの演技は本当に見ていてツラく、映画から逃げ出したくなるほどの、近年稀に見る尋常でない圧! ラストで炸裂する夫婦の感情の波には誰しもが飲みこまれてしまうはずだ。
監督のイ・ジョンオンは本作がデビュー作で、『シークレット~』のイ・チャンドン監督のもとでスタッフとして経験を積んでいたという。そんな本作は監督自身がボランティア活動を通じて遺族と接するなかで生まれたというから、<国からの多額の補償金をもらうことに対する後ろめたさ>といった、なかなかわかりづらい遺族感情までもを掬い取っている。この映画の存在がどれだけの人の気持ちを救ったか、想像に難くない。
文:市川力夫
『君の誕生日』は2020年11月27日(金)より公開
『君の誕生日』
2014年4月16日――この世を先に去った息子、スホへの恋しさを抱きながら生きるジョンイルとスンナム。やがて、1年にたった1日だけのスホの誕生日が近づいてくる。母スンナムは主役不在の誕生日は息子がいない現実を認めるようで怖くてたまらない。一方、ある事情により息子が亡くなった日に父親としての役目を果たせなかった父ジョンイルは、家族に対して罪悪感を抱えたまま、あの日から2年後に韓国に戻ってくる。彼にとってすべてが見慣れない現実の中、家族と一緒にスホの誕生日を迎えるが……。
制作年: | 2019 |
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出演: |
2020年11月27日(金)より公開